第八十三話 誤解
Pegasusがガレージに来た日の夜。
ロッキーは本当にライリーのxNestをフォローした。
そして数分後、ライリーからもフォローが返ってきた。
「わ、相互になった」
ロッキーはベッドの上で端末を見ながら嬉しそうに呟いた。
「コットンの写真、いっぱいある」
画面には白い小さな狐のような生き物が映っていた。
布の上で丸くなっているコットン。
ライリーの肩に乗って眠そうにしているコットン。
果物を手に持って小さく齧っているコットン。
ロッキーの目が輝く。
「かわいい…」
そのまま、最新の写真にコメントを打った。
ライリーの肩にのってカメラ目線のコットン。
《可愛い!! また会いたいです!》
何の迷いもない、素直なコメントだった。
もちろん、ロッキーの中では100%、コットンに対する言葉だった。
だがーー。
みんなは、そうは受け取らなかった。
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『え?』
『ロッキーがライリーに可愛いって言ってる?』
『また会いたいです!?』
『Pegasusのライリーと相互になってる』
『待って新展開?』
『ヴィオロキ民、息してる?』
『いやコットンの写真にコメントしてるからコットンでは?』
『でも文面だけ見るとライリー宛てに見える』
『ロッキーだから天然説ある』
『ロッキーだからな…』
『でもライリーかわいいしな…』
『PegasusとAster Crownで何かある?』
『てか、どうしてここ繋がったんだ』
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そのざわつきはすぐにAster Crownにも届いた。
最初に気づいたのはターニャだった。
「あら」
ラウンジで端末を見ていたターニャが、小さく声を漏らす。
隣にいたビアンカが覗き込む。
「何?」
「ロッキーが誤解されそうなコメントをしてるわ」
「あぁ…」
ビアンカは内容を見てすぐに納得した。
「これは燃えるわね」
「燃えるでしょうね」
そこへバイオレットが通りかかった。
「何の話?」
ターニャとビアンカは、ほんの一瞬だけ目を合わせた。
隠すほどでもない。
でも、見せると面倒な気もする。
その一瞬の間が、逆にバイオレットの疑念を誘った。
「何」
バイオレットが端末を見る。
そこには、ライリーの投稿。
黒髪ボブに赤いインナーカラーの少女が肩に白い小さな生き物を乗せている写真。
そして、その下。
《可愛い!! また会いたいです!》
バイオレットの表情は変わらなかった。
変わらなかったが、空気が少しだけ止まった。
「……」
ビアンカが小声で言う。
「多分、コットンのことよ」
「コットン?」
「ライリーが連れてた白い子。ロッキーめちゃくちゃ食いついてたらしいから」
「…そう」
バイオレットは端末を見たまま短く返す。
ターニャが穏やかに補足する。
「ロッキーならほぼ間違いなくコットンの話ね」
「そう」
返事は同じ。
でも、視線はまだ画面にある。
ライリーという少女は確かに整った顔立ちをしている。
赤いインナーカラーも似合っている。
肩に乗ったコットンも可愛い。
バイオレットはもう一度、コメントを見る。
《可愛い!! また会いたいです!》
「……」
しばらくして、バイオレットは端末から目を離した。
「別に」
誰も何も聞いていないのにそう言った。
ビアンカが口元を押さえる。
「まだ何も言ってないわよ」
「言わなくていい」
「あら、どこいくの?」
「散歩」
バイオレットはそのままラウンジを出ていった。
ターニャとビアンカはしばらく黙って見送る。
「…揺れてるわね」
「揺れてるわね」
ーーーーーーーーーー
一方その頃、何も知らないロッキーはグレイを撫でながらライリーの過去投稿を見ていた。
「グレイ見て。コットンいちご食べてる」
「わふ」
「かわいいねぇ」
「わふ」
「グレイと仲良くなれるかな」
「わふっ」
「なれるといいねぇ」
そこへJr.が通りかかった。
「おい」
「ん?」
「お前、燃えてるぞ」
「えっ、何が?」
「xNest」
ロッキーは端末を見直す。
通知がすごいことになっていた。
「え、なんで?」
「自分のコメント見ろ」
ロッキーは首を傾げながら自分のコメントを読む。
「《可愛い!! また会いたいです!》しかしてないけど」
「それだよ」
「コットンのことだよ?」
「俺に言われても知らねぇよ。世間はそう見てねぇんだよ。側から見りゃライリーにそう言ってるように見える」
「えぇ…」
ロッキーは本気で困った顔をした。
「ライリーさんに迷惑かかるかな」
「もう既にかかってるかもな」
「配信で言った方がいい?」
「短くな、長く喋るとまた余計なこと言うから」
「はい…」
Jr.はため息をつく。
「ったく、何でお前は毎回毎回、無自覚に火種を投げ込むんだよ」
「投げてないよ」
「投げてんだよ。強火をな」
ーーーーーーーーーー
その夜。
ロッキーは短い配信をした。
タイトルは、
《少しだけ訂正です》
開始直後から、人が集まる。
『来た』
『例の件?』
『可愛い!!また会いたいです!事件』
『ロッキー説明して』
『震えてます』
『ライリーちゃんかわいいよね』
『いやコットンだろ』
『本人待ち』
ロッキーは画面の前でぺこりと頭を下げた。
「えっと、こんばんは。今日は少しだけです。今日、ライリーさんの投稿に俺がコメントしたことでちょっと誤解させちゃったみたいなので」
コメント欄が一気に流れる。
『はい』
『聞きます』
『正座』
『正直に吐いちまえよ』
『謝らなくていいよ』
ロッキーは困ったように眉を下げる。
「俺が言った“可愛い”は、コットンのことです」
一瞬、コメント欄に妙な静寂が走った。
そしてすぐにすごい勢いでコメントが流れ始める。
『知ってた』
『でしょうね』
『ロッキーだもんね』
『解散』
『いや分かってたけど草』
『コットンかわいいもんね』
『ロッキーはそういう子』
『むしろ安心した』
『また会いたいですもコットン?』
ロッキーはこくこく頷く。
「また会いたいですもコットンのことです。もちろんライリーさんにもまた会えたら嬉しいですけど、あの、コットンとグレイが仲良くなれたらいいなって思って」
「わふ」
「グレイも会いたいって」
『グレイ公認』
『コットンとグレイの交流会希望』
『かわいい同士』
『ライリーさんにも会えたら嬉しい。は残ります』
『また火種出すなw』
『でもロッキーならそういう意味じゃない』
ロッキーはさらに頭を下げた。
「ライリーさんに迷惑がかかってたらすみません。あと、勘違いさせてすみません」
その時、コメント欄にライリー本人のアカウントが現れた。
ライリー / Pegasus
コットンのことだと思ってたから大丈夫。
ロッキーの顔が明るくなる。
「あ、ライリーさん!よかった…」
続けてもう1つ。
ライリー / Pegasus
コットンもまた会いたいと思う。たぶん。
「ほんとですか!?グレイ、よかったね!」
「わふっ!」
コメント欄が再び盛り上がる。
『平和』
『コットン本人の意志たぶんw』
『ライリーちゃん優しい』
『グレイ嬉しそう』
『かわいい世界』
「じゃあ、訂正できたので今日はここで終わります!今日はお騒がせしてすみませんでした。おやすみなさい」
「わふ」
配信はそこで終わった。
ーーーーーーーーーー
ーー同じ頃。
バイオレットは自室でその配信を見ていた。
「俺が言った“可愛い”は、コットンのことです」
ロッキーが真面目な顔でそう言っている。
隣でグレイが真面目に座っている。
その様子が、あまりにもロッキーだった。
バイオレットはしばらく黙って画面を見ていた。
そして、そっと端末を伏せる。
「…でしょうね」
小さく呟いた。
分かっていた。
たぶんコットンのことだろうとは思っていた。
思っていたけれどーー。
胸の奥にほんの少しだけ残っていた妙な引っかかりが、静かに消えていく。
その代わりに別の感情が残った。




