第八十二話 Pegasus
午後のガレージには金属と油の匂いが満ちていた。
Jr.は作業台の上に広げた設計図を睨みながら工具を片手にマシンの調整をしている。
少し離れた場所ではポポが壁にもたれて端末を眺め、ロッキーはグレイを足元に座らせたまま、分解されたパーツを興味津々で見回していた。
「これどこの部品?」
「触んなよ、まだ固定してねぇ」
「見てるだけだよー」
「お前、“見てるだけ”って言いながら3秒後には触ってんだよ」
Jr.が呆れたように言うと、ロッキーはえへへと笑った。
その時だった。
ガレージの外から、重低音の効いたエンジン音が響いてきた。
1台じゃなく複数、しかもやたら派手だ。
ロッキーがぱっと顔を上げる。
「来客ネ」
ポポは音だけで誰か察したらしく、特に驚きもせず肩をすくめた。
次の瞬間、ガレージのシャッター前で甲高いブレーキ音が鳴る。
Jr.は露骨に嫌そうな顔をした。
「…面倒な奴が来た」
「知り合い?」
ロッキーが聞くと、Jr.は工具を置きながら鼻を鳴らした。
「ライバル気取りの厄介女だよ」
シャッターの向こうからブーツの音が近づいてくる。
最初に入ってきたのは、黒髪のウルフカットに毛先だけ白を入れた女だった。
目元は濃いゴスメイク、耳にはピアスがいくつも光っている。
チョーカーに革ジャン、細身の革パンツ、ブーツ。
堂々とした足取りのままガレージの真ん中まで進み、ふっと口元を歪めた。
「よう、Jr.。相変わらず小せぇとこでこそこそやってんだな」
その後ろからピンク髪を編み込んだ男が気だるげに続く。
さらに黒髪ボブに赤いインナーカラーの女が一歩遅れて入ってきた。
無表情寄りの顔立ちだが、胸ポケットがわずかにもぞもぞ動いている。
ロッキーは一瞬で目を輝かせた。
「すごい」
「…あ?」
Jr.が眉をひそめる。
「ほんもののギャングだ!」
ロッキーの感想にポポが吹き出しそうになる。
フランキーは一瞬ぽかんとして、それからニヤッと笑った。
「悪くない第一声だな、田舎者」
「…たしかに田舎者だけど」
「褒めてんだよ、見たまんま言うやつ嫌いじゃない」
Jr.が舌打ちする。
「フランキー、用がねぇなら帰れ」
「つれねぇな。顔見に来てやったのに」
「誰が喜ぶかよ」
そう言う2人の間には火花が散っていた。
どう見ても初対面ではない。
いつもの調子、というやつだ。
「おっと紹介が遅れたな、私の名前はフランキーだ。Pegasusのマスターやってる。こっちのピンクいのがDJ、赤いのがライリーだ」
紹介、と言うには雑な紹介をされた2人は軽く手をあげて挨拶をする。
「雑すぎんだろ」
「かまわねぇだろ、別に馴れ合うつもりもねぇ」
「相変わらず勝手なやつだな」
Jr.は呆れたようにため息をつく。
「Jr.、新しい四輪の調整してるって聞いたぜ」
フランキーは未完成のマシンに視線を向けた。
「JMC用か?」
「だったら何だ」
「やめときな、お前みたいなチビが出るレースじゃない」
「俺の走り見てから言えよ」
「言うねぇ」
2人がバチバチと睨み合う横で、ロッキーの視線はもう別のところに釘付けだった。
黒髪ボブの女ーーライリーのポケットから、小さな白い生き物が顔を出したのだ。
「…っ!!」
ロッキーの目がさらに輝く。
「かわいい…」
勢いよく身を乗り出したロッキーに、ライリーがびくっと肩を揺らす。
白い生き物はフェネックにも似ているが、それよりもっと小さくてふわふわの毛並みをしていた。
つぶらな黒色の目が、きょとんとこちらを見ている。
「ねぇその子、名前なんていうの」
「…コットン」
「コットン?ふわふわだね、かわいい」
ロッキーは一気に距離を詰めかけて、はっと止まる。
「あ、触っていい?だめなら見るだけでもいいけど…」
ライリーは少しだけ目を丸くしたあと、小さく頷いた。
「…大丈夫、噛まないし」
「やった!」
ロッキーは嬉しそうにそっと手を差し出した。
コットンはくんくんと匂いを嗅ぎ「きゅきゅっ」と鳴く。
「うわ、ちっちゃい…やわらかい…」
「わふ」
足元のグレイも興味を示して鼻を動かす。
ライリーがようやくロッキーを見る。
「…その子は?」
「この子はグレイだよ、シルバーウルフ」
「狼?」
「うん。まだ小さいけどね、すっごくいい子なんだよ」
「へぇ…」
ライリーの表情がほんの少しだけ和らいだ。
「xNestにその子の写真あげたりしてる?」
「…え?」
「コットンの写真、あげてるならフォローしたい」
ライリーは少し照れたように目を逸らす。
「…たまに」
「ほんと?教えてよ」
「…別にいいけど」
ロッキーはさらに興味を広げる。
「髪の色すごいね、どうやってるの?」
「これ?」
「うん、赤いとこかっこいい」
「…染めてるだけ」
「似合ってる」
あまりにもまっすぐ言うものだから、ライリーはわずかに耳を赤くした。
ポポは心の中でひっそりと思う。
ヴィオがいなくてよかったネ。
いたら空気がややこしくなる。
こそこそとやってるその横で、DJがポポに視線を向けた。
「そっち調整終わりました?」
「もう少しネ、そっちは?」
「最終試走終わって最終調整中っす」
「へぇ、早いネ」
「まぁ、いつものことっす」
軽く言葉を交わしながら、ポポは2組の様子を見比べる。
Jr.とフランキーは相変わらず火花を散らしている。
「お前、どうせまた無茶な走りして途中でエンジン焼くんだろ」
「そっちこそ、スタートで置いてかれんなよガキ」
「はっ、誰に言ってんだ」
一方そのすぐ横では、ロッキーが完全に別世界だった。
「コットンって何食べるの?」
「果物…あと仲間少し」
「へぇー、グレイと仲良くできるかな?」
「…たぶん?」
「今度一緒に遊ぼうよ」
ライリーは困ったような、でもまんざらでもなさそうな顔をしている。
フランキーがその様子に気づき、片眉を上げた。
「おいライリー、お前何でそんな普通に馴染んでんだよ」
「…そっちが勝手に喧嘩してるから」
「喧嘩じゃねぇよ」
「十分そう見えるヨ」
ポポが笑いながら挟む。
Jr.はロッキーの方を見てげんなりした顔になる。
「おいおい、お前なにPegasusのやつナンパしてんだ」
「してないよ!コットンがかわいいの!」
「そこかよ」
「だってかわいいじゃん!」
グレイも「わふ」と鳴いて賛同した。
フランキーは呆れたように笑う。
「変なやつ飼ってんな、お前んとこ」
「飼ってねぇ、仲間だ」
「へぇ」
フランキーはロッキーを一瞥した。
「最近話題のロッキーだな」
「そうだけど?」
「写真で見るよりずっと気の抜けた顔してんじゃん」
「よく言われる」
フランキーが吹き出す。
「ははっ。お前、面白ぇやつとつるんでんな」
「別につるんでねぇ、たまたま同じギルドなだけだ」
「ふぅん?」
フランキーは意味ありげに笑って踵を返した。
「ま、今日は顔見せだ。JMC、せいぜい無様晒すなよJr.くん」
「そっくりそのまま返す」
「楽しみにしてるぜ」
DJが肩をすくめ、ライリーはコットンを肩に戻す。
ロッキーが名残惜しそうに手を振った。
「ライリー、コットン! またね!」
「…うん」
「グレイもまた会いたいって!」
「わふっ」
ライリーは少しだけ口元を緩めて、控えめに手を振り返した。
3人が去っていきエンジン音が遠ざかっていく。
しばらくして、Jr.が大きくため息をついた。
「…何しに来たんだあいつら」
「挑発半分、偵察半分ってとこネ」
ポポが言う。
ロッキーはまだシャッターの方を見ていた。
「すごかったなぁ」
「どこがだよ」
「全体的に」
「全体って何だよ」
「コットン、めちゃくちゃかわいかった」
「…やっぱそこか」
Jr.は頭を抱えたがポポは笑いを堪えきれなかった。
「でも、ライリーもちょっと嬉しそうだったヨ」
「そうかな?」
「そうネ、ライリーに対してあそこまでぐいぐいいくタイプ、あんまりいなそうだし」
ロッキーはきょとんとしていたが、グレイは満足そうに尻尾を振っていた。
その様子を見ながら、ポポはもう一度だけ思った。
ーーほんと、ヴィオがいなくてよかったネ。
もしこの場にいたら、Jr.とフランキーの火花とは別の意味で、もっと面倒なことになっていたに違いない。




