第八十一話 maverick
ーー翌日。
ロッキーがリハビリを終えてグレイと一緒にラウンジで休んでいると、ガレージの方からJr.が顔を出した。
「ロッキー」
「ん?」
「ちょっと来い」
「え、俺?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
いつもの調子でそう言うと、Jr.は親指で外を指した。
「車の調整に付き合え」
「調整?」
「試走だ。乗り心地とか揺れ方とか、外からじゃ分かんねぇとこ見る」
ロッキーは少し驚いて、それからぱっと顔を明るくした。
「いいの?」
「無理に決まってんなら呼ばねぇよ。近場だけだ、ターニャにも許可取ってる」
「ほんと?」
ロッキーがターニャを見ると、ターニャは少しだけ呆れた顔で頷いた。
「短時間だけよ。痛みが出たらすぐ戻ること」
「はい!」
「あと、Jr.」
「あ?」
「無茶な走りはしない」
「分かってるって」
「その返事が一番信用できないのよね」
Jr.は不満そうに顔をしかめたが反論はしなかった。
ロッキーは立ち上がり、足元のグレイを見る。
「グレイもいい?」
Jr.は一瞬だけグレイを見て、それから肩をすくめた。
「いーぜ」
「やったね、グレイ」
「わふっ」
「ただし暴れんなよ。まだ仮調整中だからな」
「わふ」
「分かってんのか?」
「分かってるって」
「グレイじゃねぇよ、お前に聞いてんだよ」
ロッキーは笑った。
ーーーーーーーーーー
ガレージの外には、JMC用の四輪マシンが置かれていた。
低く構えた車体に無駄を削ったフレーム、太いタイヤ。
まだ塗装は完全ではないが、それでも走るための形はもうはっきり見えている。
ロッキーは思わず目を輝かせた。
「すごい…」
「まだ完成じゃねぇ」
「でも、かっこいい」
「…まあな」
Jr.は少しだけ口元を緩める。
ロッキーは助手席に乗り、グレイは後ろの簡易固定席に収まった。
「グレイ、大丈夫?」
「わふ」
「よし」
Jr.は運転席に乗り込み、ゴーグルを下ろした。
「行くぞ」
エンジンが唸る。
tiny rideの静かな浮遊音とは違う、低く荒い音。
車体が震え、ロッキーは思わず座席の横を掴んだ。
「おぉ…!」
「怖いなら言えよ」
「怖いというか、すごい」
「それはいい」
マシンが走り出す。
ギルドハウスから遠ざかっていく。
整備された道から、少し荒れた土の道へ。
タイヤが石を弾き車体が細かく揺れる。
「結構揺れるね」
ロッキーが言う。
「車体軽くしたいからな」
Jr.はハンドルを切りながら答える。
「乗り心地は完璧とは言い難い」
「でも、思ったより怖くない」
「そりゃ俺が運転してるからな」
「うん、Jr.運転上手いもんね」
「…当たり前だろ」
Jr.は運転やマシンのことを褒められるとちょっと照れることがロッキーにも最近分かってきた。
グレイは後ろでしっかり座り、風に耳を揺らしている。
「グレイ、大丈夫?」
「わふっ!」
「楽しそう」
「こいつ意外と度胸あるな」
「グレイは強いから」
「お前より強えかもな」
「もう!」
Jr.は軽く笑い、速度を少しだけ上げた。
マシンは土の上を滑るように走る。
大きな段差の前でJr.が速度を落とし、角度を調整する。
車体が跳ねる。
けれど着地は思ったより安定していた。
「今のは?」
「ちょっと腰に響いたかも」
「座席の支え変えるか」
「長く乗るなら大事かも」
「だな」
Jr.はすぐに端末へメモを飛ばした。
走って確認して直す場所を決める。
その横顔は真剣で、やっぱりJr.は技術者なのだとロッキーは思った。
しばらく走ったあとロッキーがふと聞く。
「この車、なんて名前?」
「……」
アクセルを踏む足が一瞬だけ止まりかけた。
「何だよ急に」
「いや、tiny ride model Gみたいに名前あるのかなって」
「ねぇよ」
「ないの?」
「JMC用の四輪試作機、現状それだけ」
「それ、呼びにくくない?」
「呼ぶ必要ねぇだろ」
「でも、2週間一緒に走るんでしょ?」
「…まぁ」
「名前あった方がよくない?」
Jr.は少し黙った。
それから、急に力が抜けたように笑った。
「たはっ」
ロッキーが目を瞬かせる。
「え?」
「お前といると、ほんと力抜けるわ」
「そう?」
「そうだよ」
Jr.は前を向いたまま、少しだけ笑う。
「俺が、優勝するとか1万kmだとか燃料効率だとか耐久性だとか色々考えてんのに」
「うん」
「お前はまず名前かよ」
「大事じゃない?」
「…大事かもな」
Jr.は少し考え、それから言った。
「名前ねぇからさ」
「うん」
「つけてくれよ」
ロッキーは目を丸くした。
「俺が?」
「お前が言い出したんだろ」
「でも、Jr.の大事な車だよ?」
「だからだよ」
Jr.は照れ隠しみたいに少し乱暴にハンドルを切る。
「変なのつけたら却下するけどな」
「責任重大だ…」
ロッキーは真剣に悩み始めた。
グレイもなぜか一緒に考えるように首を傾げる。
「うーん…速そうで、強そうで、でもJr.っぽいやつ…」
「俺っぽいって何だよ」
「かっこよくて、ちょっと生意気で」
「おい」
「でも優しくて」
「……」
「自分の道を走る感じ」
Jr.は何も言わなかった。
ロッキーはしばらく考え、ぱっと顔を上げる。
「あ!」
「何だよ」
「Maverickは?」
Jr.が一瞬だけ横目でロッキーを見る。
「マーベリック?」
「うん!」
ロッキーは嬉しそうに言う。
「型破りでさ、速くて、誰も追いつけない!って感じ」
「……」
「Jr.にも、この車にも合ってる気がする」
Jr.は少し黙った。
Maverick
型破り。
異端。
群れに従わないもの。
勝者になるためにつけられた名前が嫌いだった。
父の言う道を歩くのも嫌だった。
祖父の工房に残り、自分の手で機械を作り、自分の名前ではなくJr.として走ってきた。
そんな自分に、ロッキーは何の気なしにそれを選んだ。
Jr.は口元をゆっくり上げる。
「…まんま俺じゃねぇか」
「え、嫌だった?」
「逆だ」
Jr.は前を見て、アクセルを踏む。
マシンが一気に加速した。
「わっ」
「気に入った!」
「ほんと?」
「こいつは今日からMaverickだ」
ロッキーの顔が明るくなる。
「Maverick号!」
「号はつけんな、ちょっとダサい」
「えー、Maverick号かわいいのに」
「かわいさはいらねぇ」
「グレイはどう思う?」
「わふ!」
「グレイもMaverick号がいいって、勝ち」
「勝手に多数決すんな」
Jr.はそう言いながらも笑っていた。
心から楽しそうに。
山の向こうで、夕陽が低くなり始めている。
Maverickは土を蹴り、軽く跳ね、まだ荒削りな音を響かせながら走った。
Jr.の手で確かに生きているみたいに。
「ロッキー」
「ん?」
「名前、悪くねぇ」
Jr.は前を向いたまま言った。
「ありがとな」
ロッキーは少し驚いてそれから笑った。
「どういたしまして」
「わふっ」
グレイも鳴く。
Jr.は小さく舌打ちした。
「グレイにも礼言うべきか?」
「一緒に考えたからね」
「わふ」
「…ありがとな、グレイ」
「わふっ!」
ロッキーは嬉しそうに笑い、Jr.は照れ隠しのようにもう一度アクセルを踏んだ。




