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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第七十九話 JMC②



翌日、wildfox公式のした投稿は記者会見のような大げさなものではなかった。

長い説明もなければ立派な壇上もない。

記者を集めた発表会でもない。

ガレージの中で撮られた短い動画だった。

背景には、整備途中の四輪マシン、工具、燃料タンク、まだ塗装前のフレーム。

その前に、飛行帽とゴーグルをつけたJr.が立っている。

いつも通り、少し偉そうに腕を組んで。


「wildfoxの代表、Jr.だ」


短い自己紹介。


「wildfoxは今年のJMCに出る」


一拍置いて、Jr.はまっすぐカメラを見る。


「俺がずっと出たかったレースだ」


その目はいつもの生意気な少年のものではなかった。

レーサーの目だった。


「アナログ燃料四輪クラス。オキムムからアルテアまで1万km。大変過酷なレースだがーー」


Jr.はにやっと笑う。


「俺が優勝する」


迷いのない声だった。


「みんな見てろ、応援よろしく」


動画はそれだけで終わった。

短すぎるくらいの参加表明。

けれど、xNestはすぐに騒がしくなった。




ーーーーーーーーーー




『wildfox、本気だ』


『1万km走破のやつだろ?』


『4年ぶりのJMCでこれは熱い』


『アナログ燃料四輪とか渋すぎる』


『ポポがサポートなの強い』


『俺が優勝する、かっこよ』


『Jr.らしいな』


『いやいや、JMCは子どもの遊び場じゃねぇぞ』


『マシンレース常連でも、さすがに危なくない?』


『12歳でドライバー側は無謀だろ』


『調子のりすぎ』


『ナビならまだしもメインドライバー?』


『話題性狙いじゃないの』


『wildfoxの宣伝としては強いけど、子供が命かけるなよ』


『でもJr.ならやりそう』


『Aster Crown次から次へと事件起こすな』




ーーーーーーーーーー




応援もあった。

期待もあった。

けれど、それと同じくらい疑問の声もあった。

JMCは普通のマシンレースではない。

1万kmを走破する長距離ラリー。

砂地、荒野、岩場、湿地、山岳地帯。

国境を越え、天候も路面も読めない中を2週間近くかけて走る。

出場条件は12歳以上。

だが、それはあくまで最低条件だった。

12歳で出場する者がまったくいないわけではない。

けれど、そのほとんどは軽量化目的で乗せられるナビ役や補助担当だ。

ドライバーとして参加する12歳などほとんど前例がなかった。




ーーーーーーーーーー




投稿後、ガレージにはいつも以上に通知音が鳴っていた。


wildfoxの公式アカウントにも、Jr.個人のアカウントにも、コメントやメッセージが押し寄せる。

Jr.はそれをちらりと見てすぐに端末を伏せた。


「うるせぇな」


そう言って工具を手に取る。

けれどポポは見ていた。

Jr.の指先が、いつもよりほんの少しだけ落ち着かないことを。

ボルトを締める手は正確だ。

手順も間違えない。

でも、いつもより作業の切り替えが速い。

考えすぎないようにしている時の動きだった。


「Jr.」


「何だよ」


「楽しいネ」


ポポはそれだけ言った。

Jr.は一瞬手を止める。

そして、すぐに鼻を鳴らした。


「当たり前だろ。ずっと出たかったレースだ」


「そうネ」


「JMCだぞ、4年ぶりだぞ、アナログ燃料四輪、こんなの燃えないわけねぇだろ」


「うん」


ポポは穏やかに頷いた。

それ以上聞かなかった。

怖いか、とは言わない。

不安か、とも言わない。

Jr.がそれを言われたくないことくらい、ポポには分かっている。

Jr.は生意気で、口が悪くて、誰より自信家だ。

けれど若干12歳の少年でもある。

初めてのJMC。

1万km。

世界中が見ている。

wildfoxの名前を背負っている。

Aster crownの名前を背負っている。

楽しみじゃないはずがないが怖くないはずもない。

だからポポはただ隣にいた。


「サポートの準備は?」


Jr.が聞く。


「進めてるヨ。応急整備の部品、予備工具、交渉用の書類も」


「食糧と水、運搬役との調整は?」


「2週間分+αで用意してあるネ、ザッカリーには前日に現地入りするよう調整したよ」


「たすかる」


「どこ置く?」


「えっと、奥の台」


「了解ネ」


Jr.は工具を回す。

その横顔は、少しだけ笑っていた。




ーーーーーーーーーー




一方、ロッキーはリハビリ室でJr.の動画を何度も見返していた。

ターニャの監視つきで、動く練習。

軽い屈伸、肩周りの可動域の確認。

無理のない範囲での体幹トレーニング。


「ロッキー、動画は休憩中だけ」


「はい」


「さっきから何回も見てるわ」


「5回だけです」


「十分多いわ」


ロッキーは少し照れながら端末を伏せる。


「でも、Jr.すごいなぁって」


「えぇ」


ターニャも否定しない。


「すごいわ」


「1万kmって全然想像できないです」


「私も実際に走ったことはないわね」


「怖くないのかな」


ぽつりと出た言葉に、ターニャは少しだけ目を細めた。


「怖いと思うわ」


「えっ」


「怖いから、準備するのよ」


ロッキーは黙った。

ターニャは穏やかに続ける。


「怖くない人が強いんじゃない。怖くても立つ人が強いの。あなたも、そうだったでしょう」


ロッキーは少しだけ照れたように目を伏せる。


「…うん」


「Jr.も同じよ、言わないだけ」


ロッキーは端末の伏せた画面を見る。

動画の中のJr.は、いつものように強気だった。


俺が優勝する。

みんな見てろ。


かっこよかった。

でも、その裏に怖さもあるのだと思うとロッキーは胸の奥が少し熱くなった。


「見送り行きたい」


「そのためにも無理しないこと」


「リハビリ頑張ります」


「頑張りすぎない」


「はい」


ロッキーはゆっくり立ち上がる。

まだ体は重い、腕も完全ではない。

長く動けば疲れる。

それでも、Jr.の出発の日にちゃんと立って見送りたい。

その目標ができただけで足に少し力が入った。


「もう1周だけ歩いていいですか?」


ターニャは時計を見る。


「本当に1周だけ」


「はい」


「走らない」


「走りません」


ロッキーは笑いながら、ゆっくり歩き出す。

グレイが隣を歩く。

端末の中ではJr.の短い参加表明が何度も再生されている。

俺が優勝する。

みんな見てろ。

ロッキーは小さく呟いた。


「見てるよ、Jr.」


その声は、本人には届かない。

でもきっと出発の日には直接言える。

頑張ってね。

見てるよ。

帰ってきたらまたtiny rideのこと教えてね。

そう言えるように、ロッキーはゆっくり一歩を踏み出した。



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