第七十六話 2号機
ギルドバトルから1ヶ月が経った。
ロッキーの怪我は少しずつ良くなっていたがまだまだ本調子には遠い。
右腕は固定こそ外れたものの無理は禁物。
長時間の外出も禁止。
依頼復帰など、もちろん論外。
ターニャからは毎日のように言われていた。
「焦らない」
「はい」
「痛みが出たらすぐ言う」
「はい」
「勝手に訓練しない」
「…はい」
「今、間があったわね」
「気をつけます」
そんなある日、Jr.からガレージに呼ばれた。
「ロッキー、来い」
「え、俺?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
Jr.はそっぽを向いたまま言う。
「歩けるなら来い。無理ならポポに運ばせる」
「歩けるよ!」
ロッキーはグレイと一緒にゆっくりガレージへ向かった。
ガレージの前にはAster Crownのみんなが集まっていた。
ポポ。
ビアンカ。
ソロ。
ターニャ。
バイオレット。
みんなが何となく、いつもより少し静かだった。
「何?」
ロッキーが首を傾げると、Jr.がガレージの奥を指差した。
そこには布をかけられた1台のマシンがあった。
ロッキーの足が止まる。
胸の奥が、きゅっと鳴った。
「…まさか」
「見りゃ分かる」
Jr.はそう言って布を引き剥がした。
暗い青の車体。
シルバーの差し色。
wildfoxのオレンジ色のロゴ。
そして、グレイが乗るためのサイドカー。
tiny ride model G。
けれど、前とまったく同じではない。
風防の形が少し変わっている。
サイドカーのフレームは前より頑丈そうだった。
車体のラインも少し鋭くそれでいてロッキーとグレイの雰囲気に合う柔らかさが残っている。
tiny ride model G 2号機
ロッキーは声が出なかった。
グレイが横で「わふ…」と小さく鳴いた。
Jr.は少しだけ頭をかく。
「tiny rideの受注分も制作してたからな、遅くなっちまってすまん」
「……」
「めちゃくちゃにやられてたから元には戻せなかったけどよ」
Jr.は車体を軽く叩く。
「使えるデータは全部使った。サイドカーの安全性は上げてある。グレイの固定具も改良済みだ」
「…Jr.」
「前よりいい」
Jr.ははっきり言った。
「壊されたやつより、ずっといいはずだ」
ロッキーの目にじわっと涙が浮かぶ。
「でも…俺、まだ乗れないよ」
「知ってる」
「練習もまだ先だよ」
「知ってる」
「なのに…」
「お前が治った時に乗るもんがなかったら困るだろ」
Jr.は視線を逸らした。
「だから、先に作った」
その言葉でロッキーはもう限界だった。
ぽろぽろ涙が落ちる。
「ありがとう…」
「泣くなよ」
「無理…」
「泣くなって」
「嬉しい…」
グレイがサイドカーの周りをくるくる回る。
「わふっ、わふ!」
「…グレイも分かる?」
「わふ!」
「また乗れるよ」
「わふっ!」
ロッキーは泣きながら笑った。
ポポが腕を組んでにこにこしている。
「よかったネ」
ビアンカも微笑む。
「前よりかっこいいじゃない」
ソロは短く言う。
「ちゃんと治してから乗れよ」
「うん」
バイオレットは少し離れた場所から静かに見ていた。
ロッキーが涙を拭きながらtiny ride model G 2号機の横に立つ。
グレイもサイドカーの前で誇らしげに座った。
ターニャが写真を撮る。
泣きながら笑うロッキー。
その隣に、新しいtiny ride model G。
足元には胸を張ったグレイ。
その数分後、xNestに投稿された。
ターニャ・モロゾーヴァ
@m_tanya
#本日のロッキー
まだ乗れないけど、また一緒に出かける日まで。
#wildfox
#tinyrider
#modelG
#本日のグレイ
投稿はすぐに伸びた。
『泣いてるロッキー』
『model G 2号機きた!!』
『Jr.仕事した』
『帰ってきた、って言葉が泣ける』
『グレイも嬉しそう』
『また一緒に走ってね』
『壊されても終わらなかった』
『wildfox最高』
『泣き顔かわいいけど泣かないで』
『これは宝物だね』
ーーーーーーーーーー
ーーその日の夜。
ロッキーの部屋には、新しいものが増えていた。
棚の一角。
ロッキーがひそかに“宝物ゾーン”と呼んでいる場所。
祖父の形見のナイフ。
何度も読み返して角が擦れた薬草図鑑。
Mr.Zからもらった3冊のサイン本。
Mr.Zと撮ったツーショット写真。
そして、その隣。
壊されたtiny ride model Gのwildfoxのロゴ入りの外装片。
割れて焦げ跡が残っている。
ロッキーにとっては捨てられないものだった。
怖い記憶でもある。
痛い記憶でもある。
それでも、初めて自分が買ったもの。
Jr.が作ってくれたもの。
グレイが無事だったこと。
みんなが怒ってくれたこと。
Jr.が「また作る」と言ってくれたこと。
バイオレットが勝ってくれたこと。
全部につながっている。
ロッキーはその破片をそっと撫でた。
「1号も、ありがとう」
グレイが足元で「わふ」と鳴く。
「2号に乗れるようにちゃんと治さなきゃね」
その時、部屋の扉が少しだけ開いた。
Jr.が顔を出す。
「おい、ちゃんと寝ろよ」
「うん」
Jr.の視線が棚に向く。
ロゴの破片。
それを見て、少しだけ黙った。
「…そんなもん飾ってんのか」
「うん」
「壊れた部品だぞ」
「でも、俺の宝物だよ」
Jr.は何か言いかけて、やめた。
少しだけ顔を逸らす。
「…変なやつ」
「Jr.が作ってくれたから」
「だから寝ろって」
「ありがとう、Jr.」
「何回言うんだよ」
「何回でも」
Jr.は露骨に照れた顔をして扉を閉めた。
「寝ろ!」
「うん」
ロッキーは笑った。
ベッドに入ると、グレイがそっと隣に丸くなる。
まだ体は完全には治っていない。
まだ走れない。
まだ乗れない。
でも、ガレージには新しいtiny ride model Gがある。
壊されたものは元には戻らなかった。
けれど終わりではなかった。
また一緒に出かける日が来る。
ロッキーはそのことを思いながらグレイの背中を撫でた。
「楽しみだね」
「わふ…」
小さな返事を聞きながらロッキーはゆっくり目を閉じた。




