第七十話 勝者
バイオレットの勝利が告げられても、会場の熱はしばらく収まらなかった。
Aster Crown、3勝2敗。
Official20の一角、Nachtmusikを下した。
その事実が、会場中を揺らしている。
ステージ上ではディルベールが医療スタッフに運ばれていく。
観客席には歓声とどよめきが入り混じっていた。
「Aster Crown勝った!」
「マジで勝ったぞ」
「Nachtmusik負けた?」
「ロッキー大丈夫なのか」
勝者紹介のため、Aster Crownのメンバーが呼ばれる。
最初に姿を現したのは、ソロだった。
その姿がモニターに映った瞬間観客席から歓声が上がる。
続いてビアンカが出てくる。
そしてポポに背負われロッキーが姿を見せた。
一瞬、会場がどよめいた。
右腕はしっかり固定されている。
額には包帯。
頬にも傷。
肩、脇腹、脚にも治療の跡が見える。
それでも、ロッキーはステージへ戻ってきた。
負けを認めず、最後まで立とうとした副将が。
今度は勝者の1人として。
会場のざわめきが、少しずつ別の音へ変わっていく。
「ロッキー!」
誰かが叫んだ。
それをきっかけに、声が広がる。
「ロッキー!」
「ロッキー!」
「ロッキー!」
ロッキーコールが、競技場全体に響いた。
ロッキーは目を丸くする。
「え…?」
ビアンカが横で笑う。
「手、振ってあげたら?」
「でも俺…負けたのに」
「それでもあなたを呼んでるのよ」
ソロが短く言う。
「振ってやれ」
ロッキーは戸惑いながら、動く方の手を少しだけ上げた。
ぎこちなく、遠慮がちに。
けれどその瞬間、歓声がさらに大きくなった。
「ロッキー!!」
「よく立った!」
「副将!」
「弱き者じゃなかったぞ!」
「Aster Crownの副将だ!」
ロッキーの目が少し潤む。
でも、泣く前にステージの向こうから歩いてくる人影があった。
バイオレットだった。
剣を収め、いつものように静かな顔で歩いてくる。
けれど、ロッキーには分かった。
少しだけ、いつもより柔らかい。
バイオレットはロッキーの前で足を止めた。
「待たせたわね」
その一言に、ロッキーの顔が一気に崩れた。
「…勝った」
「えぇ」
「バイオレット、勝った」
「…えぇ」
「Aster Crownが勝ったんだ」
「そうよ」
「…ポポ、おろして」
そして、ロッキーはポポの背から降りた。
「おい、無理すんな」
ソロが言うより早く、ロッキーはバイオレットに抱きついていた。
会場が黄色い歓声に包まれる。
バイオレットは本当に、少しだけ固まった。
ロッキーは片腕しか使えない。
だから、しがみつくような抱きつき方だった。
それでも必死で、嬉しそうで、安心したようで。
バイオレットは目を瞬かせる。
「…ロッキー」
「よかった…」
ロッキーの声が震えている。
「バイオレット、行かなくてよかった…」
バイオレットの表情がほんの少しだけ変わった。
観客の声も遠くなる。
ロッキーの言葉だけがまっすぐ届いた。
「みんなでまた一緒にいられる」
バイオレットは少しだけ視線を落とす。
そして、ゆっくり手を回した。
怪我に触れないように。
折れた腕に当たらないように。
そっと、ロッキーを抱きしめ返す。
「…えぇ」
声は小さかった。
「また一緒にいられるわ」
ロッキーはバイオレットの肩に額を押しつけたまま、何度も頷いた。
ポポがサングラスを外し目元を抑えている。
「青春ネ」
ビアンカは口元を押さえて笑う。
「いいじゃない」
ソロも呆れたようにしながら、少しだけ笑っていた。
会場には、Aster Crownの名を呼ぶ声が響いていた。
モニターには、勝者として並ぶ5人。
傷だらけのロッキー。
そのロッキーを抱きしめ返すバイオレット。
隣で笑うビアンカ。
静かに立つソロ。
腕を組むポポ。
壊されたバイク。
晒された動画。
“弱き者”という言葉。
Nachtmusikの挑発。
そのすべてに、Aster Crownは勝った。
ロッキーは少しだけ顔を上げる。
「バイオレット」
「何?」
「ありがとう」
バイオレットは静かに答えた。
「こちらこそ」
そして、ほんの少しだけ笑った。




