第六十八話 ロッキーvs②
試合終了後、ロッキーは担架で医務室へ運び込まれた。
意識はある、けれどそれだけだった。
視界はぼやけ音は遠い。
体中が熱くて、痛くて、どこが1番痛いのかも分からない。
流れた血が服を赤黒く染める。
肩も、脇腹も、背中も、脚も、何度も打ちつけられていた。
そして最後に踏み砕かれた腕は腫れ、息が詰まるほどの痛みを返してくる。
「動かさないでください」
医療スタッフの声がする。
「骨折あり、出血も多い、輸血準備をしてください。意識レベルの確認、回復魔法と固定を並行します」
白い光がロッキーの腕を包む。
別のスタッフが傷口を押さえ、別の者が呼吸を確認する。
ロッキーは何か言おうとした。
でも、声にならなかった。
「ロッキー!」
最初に駆け込んできたのはターニャだった。
目が赤い、泣いたのか、泣きそうなのを堪えたのか分からない。
「……っ」
「喋らなくていいわ、今は何も言わないで」
ターニャはロッキーの無事な方の手にそっと触れた。
「大丈夫、治療してるから」
ポポも来た。
グレイを抱っこして、大きな体を小さくするみたいにベッドのそばに立つ。
「ロッキーよく立ったネ」
声はいつもより低い。
「本当によく頑張ったヨ」
「くぅん…」
ポポの腕の中でくんくんと部屋の匂いを嗅いで、グレイが鳴く。
ビアンカは唇を噛んでいた。
「馬鹿ね…」
そう言いながら涙を堪えるように笑う。
「でも、すごく格好よかったわ」
ソロは少し離れた場所に立っていた。
拳を握ったまま静かに言う。
「頑張ったな」
Jr.は医療スタッフの邪魔にならないぎりぎりの場所でずっとロッキーを見ていた。
顔は怒っている、けれど目だけは少し揺れていた。
「…全部見た」
Jr.は低く言った。
「お前が立ったところ全部見たからな」
ロッキーのまつ毛がわずかに震える。
聞こえている。
でも、返事はできない。
痛みと疲労で意識が波のように遠のいていく。
その時、ロッキーの視線が部屋の入り口へ向いた。
バイオレットがそこにいた。
何も言わずにロッキーを見ている。
いつもと同じ静かな顔。
けれど、その目の奥にあるものは誰も見間違えなかった。
ロッキーの唇がかすかに動く。
「……」
声にならない。
バイオレットが近づく。
「ロッキー」
ベッドのそばまで来て少しだけ身を屈めた。
ロッキーは必死に息を吸う。
喉が痛い、言葉が引っかかる。
それでも、どうしても言いたかった。
「……ごめ……」
かすれた声。
バイオレットの目が揺れる。
「……負けて……」
無理に言葉を続けようとして、ロッキーの顔が痛みに歪む。
ターニャが小さく息を呑んだ。
「ロッキー、もう喋らないで」
医療スタッフも言う。
「会話は控えてください。意識が不安定です」
それでもロッキーはバイオレットを見ていた。
負けた。
勝つと言ったのに。
渡さないと言ったのに。
その全部が、言葉にならないまま目に滲んでいた。
バイオレットはゆっくり手を伸ばした。
ロッキーの髪に触れ、優しく頭を撫でた。
「…また後で話しましょう」
静かな声だった。
怒りも、悲しみも、焦りも、全部奥に沈めた声。
ロッキーはぼんやりと彼女を見る。
バイオレットはほんの少しだけ微笑んだ。
ロッキーの目が揺れる。
「だから、今は休みなさい」
その言葉を聞いた瞬間ロッキーの体から少し力が抜けた。
まだ痛い、まだ悔しい。
でも、バイオレットがそう言った。
だからもう目を閉じてもいい気がした。
ロッキーの瞼がゆっくり落ちる。
ターニャがその手を握ったまま、小さく息を吐いた。
バイオレットはもう一度だけロッキーの頭を撫でた。
そして、立ち上がる。
その瞬間彼女の表情から微笑みが消えた。
静かに、冷たく、研ぎ澄まされるように。
ターニャは目元を赤くしたままバイオレットを見る。
「ロッキーのことは私たちが見てるわ」
バイオレットは頷いた。
「お願い」
それだけ言って医務室を出る。
廊下の向こうから会場の歓声が聞こえていた。
2勝2敗。
すべては大将戦へ。
彼女は振り返らなかった。
ただ、ステージへ向かって歩いていく。
その背中にもう迷いはなかった。




