第六十六話 ポポvs
第三試合、中堅戦。
現在1勝1敗。
Aster CrownとNachtmusikの勝敗は並んだ。
ステージへ向かうポポの背中はいつも通り大きかった。
今のポポは笑っているようで笑っていない。
ビアンカの腕を脅しに使ったガンターの勝ち方。
それをポポは許していなかった。
「ポポ」
ビアンカが呼ぶ。
ポポは振り返る。
「ん?」
「無理しないでね」
ポポは一瞬だけ目を細め、それからいつものように笑った。
「それはこっちのセリフネ。ビアンカはちゃんと休んでるヨ」
「…えぇ」
ポポは拳を軽く鳴らした。
「じゃ、行ってくるネ」
ーーーーーーーーーー
ステージ中央に立つポポの前に現れたのは小柄な女だった。
黒いフードを深く被り、長い黒髪が顔の半分を隠している。
手には古びた杖、彼女の周囲だけ光が少し暗く沈んで見えた。
Nachtmusik中堅、ミリアーナ・ノックス。
魔術使い。
大型モニターに2人の名が映る。
Aster Crown
中堅 Pedro Paulo Pereira Paulo
Nachtmusik
中堅 Miliana Knox
ミリアーナはフードの奥からポポを見上げた。
「…大きい人」
小さな声だった。
「よく言われるネ」
ポポは軽く笑う。
「あなた、小さいネ」
「…よく言われる」
「じゃあお互い様ネ」
そのやり取りだけなら穏やかだった。
だが、ミリアーナの杖の先にはすでに黒紫の魔力が揺れている。
開始の合図が鳴った。
先に動いたのはミリアーナだった。
杖の先が床を叩く。
ステージ一面に、黒い紋様が走った。
次の瞬間、ポポの足元から影の鎖が伸びる。
「おっと」
ポポは一歩下がるが、鎖は足首へ絡みついた。
さらに左右から黒い刃のような魔力が飛ぶ。
ポポは腕で受けた。
鈍い音が響き、黒い魔力が弾ける。
ミリアーナは表情を変えない。
「硬い」
「鍛えてるからネ」
ポポは足首の鎖を引きちぎろうとする。
しかし、鎖は力で伸びるほど締まっていく。
ミリアーナの杖がまた床を叩いた。
ポポの周囲に、黒い影がいくつも立ち上がる。
人の形。
獣の形。
ビアンカの姿。
ロッキーの姿。
グレイの姿。
控え室でロッキーが息を呑んだ。
「俺…?」
ターニャが眉を寄せる。
「幻影ね」
Jr.が吐き捨てる。
「趣味悪ぃな」
ステージ上。
ポポの前で幻影のグレイが銃で撃たれ倒れる。
幻影のロッキーが槍に貫かれる。
そして、幻影のビアンカが腕が切り落とされ倒れる。
ミリアーナの声が響く。
「怒ると、動きが単純になる」
ポポは黙っていた。
幻影が揺れる。
グレイ、ロッキー、ビアンカ。
リアルなその姿にポポの拳がゆっくり握られる。
けれど、振り回さない。
怒りに任せて突っ込まない。
「…確かに」
ポポが低く言った。
「少し怒ってるネ」
ミリアーナの杖が光る。
「なら、そのまま沈んで」
影の鎖が一斉にポポの体へ巻きついた。
腕。
足。
胴。
首。
その上から、黒い魔力の棘が突き刺さる。
ミリアーナは杖を構えたまま淡々と言う。
「負けを認める?」
ポポは少しだけ顔を上げた。
「…女を殴るのは趣味じゃないが」
鎖がぎしりと鳴る。
「勝負なら仕方ないネ」
次の瞬間、ポポの腕が動いた。
影の鎖が、1本、2本と音を立てて千切れる。
腕に棘が刺さり、血が滲む。
ミリアーナの目がわずかに見開かれた。
「…力だけで?」
「鍛えてるからネ」
ポポは片足を踏み込む。
床が低く鳴った。
全部の鎖を無理に引きちぎったわけではない。
締まる方向と逆にほんの少し体をずらす。
結び目のように絡む魔力の弱い部分を拳で叩く。
拘束が崩れる。
ポポは前へ出た。
ミリアーナがすぐに後退する。
杖の先から黒い魔弾が連続で放たれる。
ポポは避けない。
腕で弾く。
肩で受ける。
胸で受ける。
傷ができても、血が出ても足は止めない。
1歩。
2歩。
3歩。
小柄なミリアーナにとってその前進は壁が迫ってくるようだった。
「…来ないで」
ミリアーナが呟き杖が強く光る。
今度はポポの足元が沈んだ。
黒い沼のような魔法。
踏み込んだ足を吸い込み、動きを奪う。
ポポの巨体が止まる。
ミリアーナは即座に杖を振り上げた。
上空に黒い槍が何本も現れる。
「落ちて」
槍が降る。
ポポは両腕を交差させて受けた。
爆音、そして黒い煙が広がる。
観客席が息を呑む。
しばらくして煙の中からポポの声がした。
「魔法使いは距離が命ネ」
煙が割れる。
ポポはまだ立っていた。
腕から血が流れている。
肩も裂けている。
それでも立っている。
「だから」
ポポは黒い沼から足を引き抜いた。
「距離がなくなったら困るネ」
ミリアーナが初めて後ずさった。
ポポは走らない。
ただ、大きな歩幅で近づく。
ミリアーナは魔弾を撃つ。
幻影を出す。
鎖を伸ばす。
だがポポは止まらない。
幻影は見ない。
魔弾は受ける。
鎖は砕く。
そしてついに間合いに入った。
ミリアーナが杖を突き出す。
ポポの拳が振り上がる。
会場中の誰もが殴ると思った。
ミリアーナもそう思った。
けれど、ポポの拳は振り下ろされなかった。
代わりに、ポポの大きな両手がミリアーナの体をそっと持ち上げた。
「…え」
ミリアーナが小さく声を漏らす。
ポポは彼女を肩に担いだまま静かに歩き出す。
「…はなして」
ミリアーナも暴れるが、鍛えられたポポの体はびくともしない。
そしてステージの端に着く。
ミリアーナは一瞬、叩きつけられると思ったのか身を固くした。
しかし、ポポはそうしなかった。
ステージの外側、敗北判定のラインの向こうへミリアーナをそっと下ろした。
まるで壊れ物を置くように。
会場がしんと静まる。
審判が声を上げた。
「ミリアーナ・ノックス、場外判定!勝者、ポポ!」
会場が大きく沸いた。
「まさかの場外」
「投げないの!?」
「ポポ紳士すぎる」
「力の差えぐい」
「ガンター見てるか?これが強者だぞ」
ステージの外でミリアーナは呆然としていた。
ポポは彼女を見下ろす。
「怪我はないネ?」
ミリアーナはフードの奥からポポを見た。
「…どうして」
「勝ったからヨ」
ポポは当たり前のように言った。
「それ以上はいらないネ」
ミリアーナは何も言えなかった。
ポポは踵を返し、Aster Crown側へ戻る。
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控え室では、ロッキーが思わず立ち上がっていた。
「勝った…!」
ビアンカが小さく息を吐く。
「ポポらしい勝ち方ね」
Jr.が腕を組んで鼻を鳴らす。
「ガンターとは大違いだな」
ターニャが静かに頷く。
「強さの見せ方が違うわ」
ソロも短く言った。
「流れ戻したな」
バイオレットはモニターを見つめていた。
「えぇ」
ポポが控え室に戻ってくる。
扉が開くなり、ロッキーが駆け寄った。
「ポポ、すごかった!」
「ありがとネ」
ポポは笑う。
ビアンカが腕を組んで見上げた。
「私の分、少しは返してくれた?」
「もちろんヨ」
ポポはにっと笑った。
「でも、あいつにもいつか返すネ」
ビアンカも笑う。
「そのつもり」
Jr.が端末を見ながら言った。
「これで2勝1敗」
控え室の空気が変わる。
次は副将戦。
ロッキーの番が近づいていた。
ポポはロッキーの肩に大きな手を置く。
「ロッキー」
「…うん」
「俺たちは繋いだヨ」
ロッキーは息を呑む。
「次は、ロッキーの番ネ」
足元でグレイが小さく鳴いた。
「わふ」
ロッキーはその頭を撫でゆっくり頷く。
「…うん」
Aster Crown、2勝1敗。
戦いは、副将へ向かう。




