第六十五話 ビアンカvs
第二試合、次鋒戦。
ステージに上がったビアンカは槍を片手に軽く肩を回した。
黒髪を高く結び、細身の体に合わせた戦闘服。
華奢に見えるが立ち姿に隙はない。
対するNachtmusik側の選手はガンター・ウルクス。
ガタイのでかい男だった。
厚い胸板に太い腕、肩には刃だけで人の胴ほどもある巨大な斧を担いでいる。
モニターに2人の名が映る。
Aster Crown
次鋒 Bianca Cruz
Nachtmusik
次鋒 Gunter Ulx
ガンターはビアンカを見下ろして鼻で笑った。
「ずいぶん細い体だな、折れちまいそうだ」
ビアンカは槍の穂先を床へ向けたまま、静かに返す。
「触れられると思ってるの?」
「小娘が」
ガンターが斧を肩から下ろす。
刃が床に触れ、重い音が響いた。
「折ってやるよ。槍も、体も」
ビアンカの目が少しだけ細くなる。
「品がないわね」
開始の合図が鳴った。
先に動いたのはビアンカだった。
踏み込みは軽い。
槍の穂先がまっすぐガンターの喉元へ伸びる。
速い突き。
ガンターは斧の刃で受ける。
金属音。
ビアンカはすぐに槍を引き、今度は足元を払うように低く振った。
ガンターが一歩下がる。
その瞬間にはもう次の突きが胸元へ飛んでいた。
「ちっ…!」
ガンターの肩口が裂け血が滲む。
ーーーーーーーーーー
控え室でロッキーは画面に見入っていた。
「ビアンカ、すごい…」
ポポが頷く。
「ビアンカは近づかせなければ強いネ」
Jr.は腕を組んだまま言う。
「問題はあの斧を1回でもまともに受けたら終わるってことだな」
バイオレットは黙ってモニターを見ていた。
ステージ上、ビアンカは無理に攻め込まない。
突く。
引く。
払う。
避ける。
巨大な斧の間合いには入らず、槍の先だけで削っていく。
ガンターの腕、肩、脇腹に浅い傷が増えていった。
「ちょこまかと…!」
ガンターが斧を振り上げる。
それだけで空気が重くなる。
叩きつけられた斧が地面を抉った。
ビアンカは大きく後ろへ跳ぶ。
砕けた床材が飛び散り、頬をかすめた。
「力任せね」
「効くだろ」
「当たればね」
ビアンカはそう言って再び踏み込んだ。
槍が走る。
今度はガンターの右手首。
斧を持つ手を狙った一撃だった。
ガンターは避けきれず、手首に傷が入る。
「ぐっ…!」
斧の握りがわずかに緩む。
ビアンカはその隙を逃さなかった。
槍の柄を回し、ガンターの膝を打つ。
巨体が沈む。
「もらったわ」
穂先がガンターの首元へ向かう。
だが、その瞬間。
ガンターが笑った。
「軽いんだよ」
膝をついたまま、ガンターは左手で槍の柄を掴んだ。
ビアンカの目が見開かれる。
引こうとする。
だが動かない。
「っ…!」
次の瞬間、ガンターの斧が横から振るわれた。
ビアンカは槍を手放すしかなかった。
刃が空を裂き、髪を数本飛ばす。
ビアンカは床を転がり距離を取った。
槍はガンターの手の中。
「武器取られたな」
ガンターが笑う。
ビアンカはすぐに腰の短剣へ手を伸ばす。
「まだ終わってないわ」
「あぁ、今終わらせてやる」
ガンターが槍をへし折った。
乾いた音がステージに響く。
ビアンカは短剣を構える。
表情は崩れていない。
しかし、間合いは完全に変わった。
槍なら届いた距離がもう届かない。
ガンターの斧の間合いに入らなければならない。
ビアンカは一息で踏み込んだ。
斧の振り下ろしを紙一重で避け懐へ入る。
短剣がガンターの脇腹へ走る。
浅くない、ガンターの顔が歪む。
「てめぇ…!」
ビアンカはさらに下へ潜ろうとした。
だが、ガンターの腕がそれを許さなかった。
太い手が、ビアンカの右腕を掴む。
「っ!」
骨が軋む。
ビアンカは短剣を持ったまま、体勢を崩された。
ガンターが斧を持ち上げる。
刃の先が、ビアンカの腕へ向けられた。
会場が静まり返る。
「負けを認めろ」
ガンターの声は低かった。
「さもないと、この腕を切り落とす」
控え室で、ロッキーが立ち上がりかけた。
「ビアンカ…!」
ターニャが息を呑む。
ポポの顔から笑みが消える。
Jr.が低く吐き捨てる。
「クソ野郎が」
ステージ上、ビアンカはガンターを睨んでいた。
悔しさがある、怒りもある。
「…本当に品がないわね」
「認めろ」
斧の刃が少し下がる。
腕に鋭く冷たい感触がして血が流れる。
ビアンカは一瞬目を伏せた。
それからはっきりと言った。
「負けを認めるわ」
審判が即座に声を上げる。
「ビアンカ・クルス、敗北を認めたため試合終了! 勝者、ガンター・ウルクス!」
Nachtmusik側の歓声が上がる。
ガンターはようやく手を離した。
ビアンカは腕を押さえながら立ち上がる。
ガンターが低く笑った。
「賢いじゃねぇか」
「……」
ーーーーーーーーーー
控え室へ戻ってきたビアンカを最初に迎えたのはポポだった。
「ビアンカ」
「大丈夫よ」
ビアンカは右腕を軽く振ろうとして、痛みに眉を寄せた。
「…たぶん」
ターニャがすぐに手を取る。
「見せて、骨まではいってないと思うけど無理しないで」
淡い回復魔法の光が、ビアンカの腕を包む。
ロッキーは悔しそうに唇を噛んでいた。
「ビアンカ、大丈夫?」
ビアンカは目を丸くして、それから笑った。
「何であなたが悲しそうな顔するの」
「でも…」
「ロッキー」
ビアンカは回復中の腕とは反対の手で、ロッキーの額を軽く弾いた。
「痛っ」
「私は負けちゃったけど…信じてるわよ、副将さん」
ロッキーは目を上げる。
ビアンカは笑っていた、悔しそうに。
「次、ポポでしょ」
ポポが静かに頷く。
「任せるネ」
声はいつもより低かった。
Nachtmusik1勝。
これで1勝1敗。
最低でも副将戦まで回ることが確定した。
Aster Crownの控え室に熱が満ちていく。
ポポはステージへ向かう前にガンターが映るモニターをちらりと見た。
「女の腕を脅しに使うなんてだいぶ趣味が悪いネ」
それから笑う。
いつものポポの笑みだった。
けれど、目だけは笑っていなかった。
「次は、俺の番ヨ」




