第六十一話 ギルドバトル③
ギルドバトルまでAster Crownが依頼を控えることにしたのは自然な流れだった。
ポポは打撃を磨き、ビアンカは打ち込み台相手に間合いを詰める動きを繰り返し、ソロは音もなく刃を振るう。
バイオレットはただ立っているだけで近づき方が分からない。
ロッキーはその横で剣を振っていた。
踏み込み。
回避。
足運び。
体勢を崩す動き。
いつものようにひとつずつ確認する。
けれど、何度も繰り返すうちに分かってしまった。
このままでは足りない。
全力の四人には今の自分では混ざれない。
邪魔にならないように横で訓練しているだけではNachtmusikに届かない。
剣を握る手に力が入る。
負けたらバイオレットはNachtmusikへ行く。
その条件が、何度も頭の奥で鳴った。
「…だめだ」
ロッキーは小さく呟いた。
怖いから頑張る、では足りない。
勝つために足りないものを埋めなければならなかった。
ーーーーーーーーーー
その日の夕方、ロッキーはダンに連絡した。
返事はすぐに来た。
『じゃあ、うち来なよ』
軽い文面だった。
けれど、Ophiuchusのギルドハウスへ向かう途中ロッキーの胸は少しだけ緊張していた。
門の前で待っていたダンはいつもの赤いバンダナ姿で片手を上げる。
「来たね」
「うん」
「本気でやる?」
ロッキーは頷いた。
「鍛えてほしい。今のままだと全然足りないと思う」
ダンは少しだけ目を細めた。
それから笑う。
「いい顔してる」
そのまま訓練場へ案内された。
広い石畳のフィールド。
壁際には武器が並び、奥ではOphiuchusのランカーたちがそれぞれ訓練している。
そこに、ジャック=ポットとリナリーもいた。
「やあ、ロッキーくん。全世界配信前の青春特訓だねえ」
ジャック=ポットは弓を肩にかけ、いつもの調子で笑っている。
リナリーは腕にバンテージを巻きながら、短く言った。
「…よろしく」
「お願いします!」
ロッキーが頭を下げると、ダンは双剣を抜いた。
「じゃあ、最初からいこうか」
「え?」
「俺とリナリーとジャック、3人相手」
ロッキーの目が丸くなる。
「3人?」
「Nachtmusikが1対1できれいに戦ってくれるとは限らないでしょ」
ダンは軽く笑った。
「それに、3人相手でも自由に動けるようになれば強いよ」
ジャック=ポットが弓を構える。
「俺は遠距離」
リナリーが拳を握る。
「私は近距離」
ダンが双剣を回した。
「俺は、その間」
ロッキーは息を呑み、剣を抜いた。
「…お願いします」
次の瞬間、矢が来た。
速い。
ロッキーは横へ跳ぶ。
だが避けた先にリナリーがいた。
「っ!」
魔力のこもった拳が容赦なく腹を狙う。
ロッキーは剣の柄で受けようとして、受けきれずに後ろへ流れる。
そこへダンの双剣。
右から来る。
左も来る。
避ければ、後ろから2本目の矢。
ロッキーは咄嗟に膝を落とし石畳を蹴った。
山で猿型の魔獣に囲まれた時と同じ。
高い場所に逃げるのではなく、低く潜る。
ダンの剣が髪をかすめ、リナリーの蹴りが空を切る。
「いいね」
ダンが笑う。
だが、次の瞬間にはもう詰められていた。
「でも遅い」
双剣の腹がロッキーの肩を叩く。
「ぐっ……!」
体勢が崩れる。
リナリーが踏み込む。
拳ではなく、足払い。
ロッキーは跳ぼうとして、足元に矢が突き刺さる。
逃げ場を潰された。
背中から地面に転がる。
喉元にダンの剣先。
「まずは1本」
ロッキーは息を切らしたまま、天井を見た。
「……今の、何もできなかった」
「できてたよ」
ダンは剣を引く。
「最初の矢は避けた。リナリーの入りにも反応した。問題は、その後に“次”を見る余裕がなくなること」
リナリーが腕を組む。
「焦ると足が浅くなる。踏み込む前に逃げる癖が出る」
ジャック=ポットは矢筒を指で叩いた。
「あと遠距離を忘れすぎ。目の前が怖いのは分かるけど、俺を忘れると撃たれるよ」
「はい……!」
「相手が弓と双剣と拳で同時に攻撃してくるやつかもしれないしな」
「…どんな化け物よ、それ」
ロッキーは起き上がった。
肩は痛い。
息も苦しい。
でも、胸の奥に火がついていた。
「もう1回お願いします」
ダンが笑う。
「いいよ」
それから何度も倒された。
矢に足を止められ、リナリーに間合いを潰され、ダンに逃げ道を塞がれる。
剣を弾かれた。
殴りとばされた。
背中を打った。
膝をついた。
それでもロッキーは立った。
5回目でジャックの矢を剣の腹で逸らした。
8回目でリナリーの足払いを読んだ。
11回目でダンの二本目の剣をぎりぎりで避けた。
そして13回目。
ロッキーはあえてリナリーへ踏み込んだ。
近距離の相手に近づくのは危険。
けれど、逃げればダンに狩られる。
リナリーの拳を肩で受け、痛みを無視して体を入れる。
背負うように崩す。
「っ」
リナリーの体勢が一瞬だけ浮いた。
そこへ矢。
ロッキーはリナリーを盾にしない。
即座に手を離して横へ転がる。
矢は空を切る。
ダンが笑った。
「今のいい」
ロッキーは息を切らしながら立つ。
「まだ、倒せてない」
「倒す練習じゃない」
ダンの声が少し低くなった。
「生き残って、繋ぐ練習」
その言葉でロッキーの胸が熱くなった。
副将。
大将のバイオレットへ繋ぐ位置。
「……うん」
ロッキーは剣を握り直した。
「もう1回」
ーーーーーーーーーー
休憩中、ロッキーは訓練場の隅で水を飲んでいた。
グレイは今日はAster Crownで留守番だ。
まだNachtmusikの1件から完全には落ち着いていない。
1匹にするのは不安だが、ターニャとJr.に託している。
今は強くなるのが1番だ。
ロッキーがぼんやりしているとジャック=ポットが隣に座った。
「バイオレットのこと、気になる?」
「……え?」
「負けたらNachtmusikへ行くって条件」
ロッキーの手が止まった。
「気にしてる顔してる」
ジャックは軽く言う。
でも声はふざけていなかった。
「Nachtmusikは昔からバイオレットにしつこかったんだよ」
ロッキーが顔を上げる。
「昔から?」
「バイオレットがメレーで優勝した時、いろんなギルドから勧誘が来た。そりゃそうだよね。ルーキーでメレーを勝つような子、どこだって欲しい」
リナリーも近くに来て壁にもたれた。
「でも、バイオレットは全部断った」
ダンが双剣を手入れしながら続ける。
「その中で一番しつこかったのがNachtmusik」
「……ディルベール?」
「ディルベールじゃなくて、その父親」
ジャック=ポットが言った。
「モーリス・オリオン。Nachtmusikのマスター。ディルベールの父親だよ」
ロッキーはその名前を反芻する。
「モーリス・オリオン…」
「6人いる子どもたちに英才教育を施してギルド内で幅利かせてる。ディルベールは5番目」
ジャックは肩をすくめた。
「親子揃って、欲しいものには手を伸ばすタイプ」
リナリーの目が少し冷える。
「Nachtmusikは強い。でも、目的のためなら手段を選ばない。強引な勧誘、圧力、挑発、情報操作…素行の悪さは前から問題視されてる」
「Official20なのに?」
ロッキーが小さく聞く。
「Official20だからよ」
リナリーが答えた。
「強いし実績もある。だから簡単には落とせない。でも、評議会では何度も問題になってる」
ダンがロッキーを見る。
「Official20の地位を賭けたのも、それだけ自信があるってことじゃないかな」
「…バイオレット、そんなにずっと断ってたんだ」
「そう」
ジャックが頷く。
「だから向こうは余計に欲しがる。手に入らないものほど、壊したくなる人間っているからね」
ロッキーの胸が冷えた。
「嫌だな」
ぽつりと出た。
「バイオレットがそんなところに行くのは嫌だ」
ダンは少しだけ笑った。
「じゃあ勝たないとね」
「…うん」
「そのために、もう1本」
ダンが立ち上がる。
リナリーも拳を鳴らす。
ジャック=ポットが弓を取った。
「休憩短い?」
「大丈夫」
ロッキーは剣を握った。
「お願いします」




