第五十七話 ごめん
ギルドハウスに戻った時、ラウンジにいた全員が言葉を失った。
ポポが迎えに出した車から降りたロッキーは、腕の中にグレイを抱きしめたままだった。グレイは怪我こそしていないものの、小さな体を震わせ、ロッキーの服に顔を押しつけている。小さいなりに自分の身に起きたことを理解しているんだろう。
その後ろから、ポポが壊れた車体を台車に載せて持ってきた。
暗い青の外装。歪んだフレーム。そして、wildfoxのオレンジ色のロゴが入った破片。砕けたサイドカー。
ポポの車の音を聞いてガレージから出てきたJr.の足が止まる。
「…何だよ、それ」
バイオレットはテーブルの上に破片を置いた。
「Nachtmusikのディルベールに壊された」
ラウンジの空気が、一瞬で冷えた。
ターニャがすぐにロッキーの前にしゃがみ込む。
「ロッキー、怪我は?」
「…俺は大丈夫。グレイも、怪我はしてないと思う」
「見せて」
ターニャの手から淡い光が広がる。ロッキーの腕や膝の擦り傷を癒し、続いてグレイの体にもそっと回復魔法をかける。
「大きな怪我はないわ。2人とも大丈夫」
「よかった…」
ロッキーは力が抜けたようにグレイを抱きしめた。
「ごめんね、グレイ。怖い思いさせてごめんね……」
グレイが小さく「くぅん」と鳴く。いつもピンと立っている耳が垂れ、体の震えがまだ収まっていないのを見て、ロッキーの目から涙が落ちた。
「私への当てつけだった。グレイがシートに乗っているところを狙われた」
「…最低ね」
ビビが冷たく言う。
ポポも笑っていなかった。
「正面から勝負できないやつのやり方ネ」
ソロは舌打ちした。
「グレイごと狙うなんてふざけてる」
「ただじゃ済まさないネ」
「ギルド試合やろうって言ってんでしょ?受けてたとうじゃないの」
「あぁ」
ロッキーはみんなの怒りに戸惑うように、少しだけ身を縮めた。
「でも、Nachtmusikって強いんでしょ。上位ギルドだし…バイクが壊れたのは悔しいけど俺は大丈夫だから、グレイも無事だったし…だから気にしないで…」
「気にしないで?」
Jr.が遮った。
「お前、本気で言ってんのか」
「……」
「強けりゃ何してもいいのかよ。壊された側が黙って小さくなってりゃ丸く収まるって?」
ロッキーは言葉を失う。
Jr.は深く息を吐いた。怒りを飲み込むように、拳を握る。
「俺が作ったのは、お前が欲しがって、ちゃんと金を貯めて、ちゃんと手に入れたもんだ」
ロッキーの目が揺れる。
「グレイと遠出したいって、毎日働いて、やっと買ったんだろ」
「…うん」
「だったら、壊されて悲しいって言えよ。悔しいって言え。一方的に奪われといて何でお前が我慢すんだよ」
ロッキーの口元が震える。
「…悔しい」
小さな声だった。
「怖かった。グレイが無事でよかった。でも、悔しい。すごく…悲しい」
ターニャがそっとロッキーの肩を撫でる。
「それでいいのよ」
ロッキーは涙を拭きながら、Jr.を見る。
「でも、もう…」
「また作る」
Jr.が即答した。
「え…?」
「機械はな、作り直せばいいんだよ」
Jr.は壊れた破片を持ち上げ、ロッキーとグレイを見た。
「フレームも、サイドカーも、外装も、全部また作れる。前より丈夫にしてやる。ディルベールの野郎が悔しがるくらい良いのを作ってやる」
「Jr.…」
「でも、お前とグレイは違う」
Jr.の声が少しだけ震えた。
「お前らが無事でよかった」
その言葉に、ロッキーの顔が崩れた。
グレイを抱きしめたまま、堪えきれずに泣き出す。
「…うん」
「だから謝るな」
「うん…」
「次謝ったら怒る」
「…もう謝らない」
Jr.は小さく舌打ちして、テーブルの破片を見下ろした。
「Nachtmusikがギルド試合を申し込んでくるなら受ける。来ないなら、こっちからでもいい」
ポポが頷く。
「Aster Crown、舐められっぱなしは嫌いネ」
「同感」
ソロが短く言う。
ビアンカも腕を組んだ。
「ヴィオやロッキー個人の話じゃないわ。これはギルドへの喧嘩よ」
バイオレットは何も言わず、ただ静かにロッキーとグレイを見ていた。
その目には、冷たい怒りが宿っている。
ロッキーは涙を拭き、グレイの頭を撫でた。
「グレイ、また乗れるって」
「わふ…」
「Jr.が、また作ってくれるって」
グレイはまだ少し震えていたけれど、ロッキーの腕の中で小さく鳴いた。
Jr.は割れたwildfoxのロゴを握りしめる。
「俺の仲間と、俺のバイクに手ぇ出したこと、後悔させてやる」
その声に、ラウンジの空気が変わった。




