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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第五十六話 nachtmusik



渓谷の光は少しずつ柔らかくなっていった。

白く輝いていた岩肌は薄い金色を帯び、谷を抜ける風も朝より穏やかになっている。


「そろそろ帰りましょうか」


「うん」


ロッキーは名残惜しそうに景色を眺めてから、tiny ride model G の横にしゃがんだ。


「グレイ〜帰るよ〜」


「わふ」


グレイはまだ草の匂いを嗅いでいたが、ロッキーが呼ぶと素直に駆け寄ってくる。

ロッキーはサイドカーのシートにグレイを乗せ、ヘルメットとゴーグルの位置を直した。


「きつくない?」


「わふ」


「よし。じゃあ固定するね」


落下防止のベルトを手に取り、グレイの体に合わせようとした、その時だった。

風の音に混じって別の音がした。


低く、重く、腹に響くような魔導エンジン音。


ロッキーが顔を上げるより早く、バイオレットの目が動いた。


「…ロック、下がって」


声が低い。

さっきまでの穏やかな空気が、一瞬で冷える。


「え?」


高台へ続く道の向こうから、黒い車が現れた。

大きい。

普通の車ではない。

装甲車のように分厚い車体。

艶のない黒い外装。

窓は暗く内側は見えない。

側面には夜を裂くような銀色の紋章。

そのマークをバイオレットは知っていた。

黒い車は、道を塞ぐようにゆっくり停止する。

重い扉が開き、まず最初に降りてきたのは、黒い服に身を包んだ若い男だった。

黒髪の前髪、その一部だけが白く抜けている。

冷たい赤い瞳。

腰には、細身の剣。

整った顔立ちをしていて表情には温度がなかった。

続いて降りてきたのは黒いフードを深く被った小柄な女だった。

長い黒髪が顔の半分を隠している。

手には古びた杖。

何も言わずに立っているだけなのにその周囲だけ影が濃くなったように見えた。

最後に、運転席から大柄な男が降りてくる。

褐色の肌。

白い髪。

獣のように鋭い目。

大きな剣を背負い、ただ立っただけで空気が重くなる。


「……誰?」


ロッキーが小さく漏らした声にバイオレットが答える。


「Nachtmusik」


赤い瞳の男が軽い調子で笑った。


「久しぶりじゃん、バイオレット」


その声だけで、バイオレットの表情が消える。


「相変わらずつれない顔してるなぁ」


ロッキーはグレイのベルトを握ったまま、男とバイオレットを見比べた。


「知り合い…?」


「知り合いじゃない」


バイオレットは前を見たまま答える。


「前からしつこいだけ」


「ひっでえ」


男は肩をすくめた。


「せっかく誘ってやってんのに。うちに来ればもっと面白い舞台を用意してやるって言ってるだろ?」


「断った」


「何回もな」


「なら分かるでしょう」


「分かっても、諦める理由にはならないんだよな〜」


男の視線がロッキーへ移る。

それからサイドカーに座るグレイ。

さらにtiny ride model G へ。


「へえ」


男がにやりと笑った。


「何、今日はデート?」


ロッキーの手が一瞬止まる。

バイオレットは表情を変えなかった。


「関係ないでしょ」


「あるよ。バイオレットが誰かと2人でいるなんて珍しいからさ」


男はわざとらしくロッキーを見る。


「しかもAster Crownのロッキーだろ?最近やたらうるさい新人」


ロッキーは眉を寄せた。

何かを言い返すほどではない。

けれど、その言い方が嫌だった。


「そうだ、自己紹介しなくちゃなあ。俺の名前はディルベール・オリオン。nachtmusikのメンバーだ。」


ディルベールと名乗ったその男は、腕を組み車にもたれかかる。


「ほら、お前らもやれよ」


その言葉に白髪の男とフードの女が続く。


「エルヴィン・ボードだ」


「…ミリアーニャ・ノックス」


女は杖をぎゅっと握り、自信なさげにボソボソと名乗っていた。

相手の自己紹介が終わり、ロッキーがどうしようか迷っていると、ディルベールが口を開いた。


「そっちの紹介はいいや知ってるし。初登場でメレーを優勝して先日連覇も果たしたルーキーマントのロック・レオンハートくん。最近だと非公式でOphichusのダンと試合したんだよね」


思ってたより知られていたことにロッキーは身構える。


「なぁ、バイオレット」


男が車にもたれながら口を開く。


「ギルド試合しようぜ。Aster Crown対Nachtmusik」


「嫌」


バイオレットは即答した。


「即答かよ」


「する理由がない」


「最近話題なんだろ?ちょうどいいじゃん。勝った方が全部持ってく。分かりやすい」


「断る」


バイオレットの返事は変わらない。

けれどロッキーには、その静けさが逆に怖かった。


「ロッキー」


バイオレットが小さく言う。


「グレイを連れて後ろに」


ロッキーは素直に頷いた。

けれど、まだグレイのベルトは固定途中だったので外さなきゃいけなかった。


「ちょっと待って」


「早く」


バイオレットの声が鋭くなる。

その瞬間、Nachtmusikの男が笑った。


「本当に大事にしてるんだな」


その言葉にロッキーの背筋がぞくりとした。

男の目は、ロッキーを見ているようで、見ていなかった。

バイオレットを揺さぶるためのものを探している目だった。


「壊したくなるね、そういうの」


そう言って車から大きな魔導銃を取り出す。

肩にかつぎ、銃口が宙を彷徨い、ロッキーたちの方を向く。

バイオレットが叫ぶ。


「ロック!」


狙いはロッキーではない。

サイドカー。

グレイが座っているtiny ride model G。


「グレイ!!」


ロッキーは固定しかけていたベルトを引き剥がし、グレイの体を抱き寄せそのまま走る。

次の瞬間、赤黒い魔導弾がサイドカーを撃ち抜いた。


 暗い青の外装が弾け飛ぶ。

 透明な風防が粉々に砕ける。

 シルバーのフレームがねじ曲がる。

 wildfoxのオレンジ色のロゴが入った部分が、地面へ転がった。


ついさっきまで1人と1匹をここまで運んできたバイクが。

ロッキーとグレイのためにJr.が作ってくれた1台が。

目の前で、壊れていった。


「……は」


声が出なかった。

ロッキーはグレイを腕の中に抱きしめたまま、地面に膝をついている。

グレイは怯えていた。

けれど、怪我はない。

それだけは分かった。


「…グレイ」


ロッキーは震える手で、グレイの頭を撫でる。


「よかった…無事で、よかった」


「わふ…」


小さく鳴いたグレイの声に、ロッキーは胸が締めつけられた。

黒い車の男は、悪びれもせず笑っていた。


「ごめんごめん。手が滑ったよ」


明らかな嘘だった。

バイオレットが一歩前へ出る。

その背中から、冷たい殺気が滲む。


「今すぐ消えなさい」


「怖いなあ」


男はゆっくり車に戻りながら、片手を上げる。


「気が向いたら連絡しろよ、バイオレット」


扉が閉まる。

黒い車は重い音を立てて方向転換し、そのまま山道を下っていった。




ーーーーーーーーーー




しばらく、風の音だけが残った。

ロッキーはグレイを抱きしめたまま、ゆっくり顔を上げる。

目に入るのは、青い破片。

割れた風防。

曲がったサイドカー。

焦げた匂い。


「…バイク」


かすれた声が出た。

ロッキーは立ち上がろうとして、膝に力が入らず、もう一度地面に手をついた。


「壊れた…」


 バイオレットがそばへ来る。


「ロック」


「Jr.が…作ってくれたのに」


ロッキーの声が震える。


「俺、やっと…グレイと一緒に乗れるようになって……今日、初めて遠くまで来て……」


そこまで言って、喉が詰まった。

涙が落ちる前に、ロッキーはグレイを強く抱いた。


「でも、グレイが無事でよかった」


それは心から思った言葉だった。

バイオレットの目が揺れる。


「…ごめんなさい」


低い声。

ロッキーが顔を上げる。


「え?」


「私のせい」


バイオレットは壊れたバイクを見ていた。


「前からしつこかった。ずっと断っていた。でも、ここまでするとは思っていなかった」


「バイオレットのせいじゃ…」


ロッキーは言いかけて、止まる。

違う。

そう言いたい。

でも、今はうまく言葉にならない。


 ショックだった。

 悔しかった。

 怖かった。

 グレイが無事でよかった。

 でも、バイクが壊れたのも悲しかった。

 Jr.に何て言えばいいのかも分からなかった。


胸の中がぐちゃぐちゃで、どの感情から外に出せばいいのか分からない。


「…とりあえず帰りましょう。ポポに連絡する。迎えにきてもらう」


バイオレットが言った。

静かな声だった。

怒鳴らない。

震えもしない。


「Jr.、怒るかな」


「怒るでしょうね」


「…だよね」


「でも、あなたには怒らない」


その言葉にロッキーは少しだけ目を伏せた。

グレイが腕の中で小さく鳴く。


「わふ…」


「大丈夫だよ、グレイ」


ロッキーはグレイの額に自分の額を寄せる。


「大丈夫、グレイも誰も怪我してない。よかった」


その声は、自分に言い聞かせているようでもあった。

バイオレットは壊れたバイクの破片をひとつ拾い上げる。

wildfoxのロゴが割れていた。

それを見た瞬間、バイオレットの目がまた冷える。



初めての遠征は、痛い終わり方になった。

けれど、ロッキーはグレイを抱きしめながら、ひとつだけ確かに思っていた。

みんな無事でよかった。

そして、その次に思った。

このままでは終わらせたくない。

壊れたtiny ride model Gの破片が、夕方の光を受けて、草の上で小さく光っていた。




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