第五十四話 バイク⑨
Jr.から正式に合格をもらってから、ロッキーは少しずつ行動範囲を広げていった。
最初はギルドハウスから10分ほどの川沿い。
次は15分先の丘。
その次は街道沿いにある小さな花畑。
どこも30分以内で行ける場所ばかりだったが、ロッキーにとっては十分すぎるほど特別だった。
「グレイ、風気持ちいいね」
「わふ」
tiny ride model Gのサイドカーで、グレイはすっかりくつろいでいた。
最初こそ耳をぴんと立てて緊張していたが、何度か乗るうちに安全だと分かったらしい。
今では透明な風防越しにのんびり外を眺めている。
ロッキーも少しずつ慣れてきた。
急な旋回はしない。
速度を出しすぎない。
景色よりまず進路を見る。
Jr.に散々叩き込まれたことを守りながら、それでも楽しそうに走っていた。
ーーーーーーーーーー
ロッキーのxNestには、tiny ride model Gの写真が少しずつ増えていった。
《今日は川沿いまで行きました!グレイ、風に慣れてきました!》
《花畑を見に行きました。グレイがずっと匂いを嗅いでました。》
《まだ遠出は練習中だけど、少しずつ行ける場所が増えて嬉しいです!》
添えられるのは暗い青の小型バイクとサイドカーで誇らしげに座るグレイ。
そして、嬉しそうなロッキー。
配信でも、ロッキーは隠しきれない笑顔で報告した。
「Jr.が作ってくれたんです。すごく乗りやすくて、グレイも安心して乗ってくれて」
「わふ」
「ね。楽しいよね」
コメント欄はすぐに盛り上がる。
『かわいい』
『グレイ乗ってるの天才』
『これ欲しい』
『サイドカーなしでもいいから欲しい』
『中型反重力バイクいいな』
『俺もバイク欲しいかも』
『wildfox販売しないの?』
『tiny ride市販化希望』
そうした声を、Jr.が見逃すはずがなかった。
ーーーーーーーーーー
ーー数日後
wildfox公式アカウントが新しい投稿を行った。
tiny ride first lot
limited order : 10 units
中型反重力バイク tiny ride 受注販売決定
一人旅にちょうどいい、軽量・安定型モデル
color:sun yellow
sidecar:none
order starts tonight.
#wildfox
#tinyride
公開された画像にはロッキーのmodel Gとは違う、可愛らしい黄色の中型バイクが写っていた。
黄色をメインにして差し色にwildfoxのカラーでもあるオレンジが使われ可愛らしくまとまっていて、サイドカーがない分コンパクトに見える。
丸みのあるフォルムで、街乗りにも短距離移動にも使いやすそうなデザインだった。
ビアンカはそれを見て笑った。
「仕事が早いわね」
Jr.は端末を見ながら鼻を鳴らす。
「何事も旬がある。スピードが命だ」
「もう市販モデルまで作ってたの?」
「model Gを作った後、サイドカーなしでバランス調整した試作機は済ませてた」
「抜かりない」
「当たり前だ」
wildfoxはまだJr.が1人で回している小さな会社だ。
だから最初の受注は10台。
生産力を考えればそれが限界だった。
それなりの金額もする。
すぐに完売するとは、さすがのJr.も思っていなかった。
だが、
受注開始から数分。
10台は消えた。
「……は?」
Jr.が端末を二度見する。
コメント欄と問い合わせが一気に流れ込む。
『買えなかった』
『10台は少なすぎる』
『追加お願いします』
『黄色かわいい』
『おしゃれすぎる』
『ロッキーとグレイ効果すごい』
『wildfox、もっと作って』
『次いつ?』
『受注拡大してほしい』
ビアンカが驚いた顔をしている。
「完売ね」
「見りゃ分かる」
「嬉しそう」
「うるせぇ」
ーーーーーーーーーー
Jr.はすぐに動いた。
知り合いの工房に連絡を入れ、部品供給の確認を取り、組み立てを任せられる職人を当たる。
「フレームは外注。浮遊機構はこっちでチェックする。信用してねぇわけじゃねぇが制御核は絶対に俺が見る」
端末を片手に、次々と指示を飛ばす。
「品質落としたら意味ねぇ。数だけ増やして事故でも起きたら終わりだ」
その声はいつもの生意気な少年のものではなく、完全に経営者であり技術者のものだった。
ーー翌日。
wildfox公式から追加発表が行われた。
tiny ride first lot - expanded
limited order:1,000 units
第一弾受注、1000台まで拡大。
その発表もまた、すぐに拡散された。
ーーーーーーーーーー
ラウンジでJr.は端末を見ながら小さく息を吐いた。
「思ったより話題になったな」
ターニャが隣で微笑む。
「よかったわね」
「……まぁな」
Jr.は短く答えた。
けれど、その口元は少しだけ緩んでいた。
ロッキーはグレイを撫でながら嬉しそうに言う。
「Jr.のバイク、いろんな人が乗るんだね」
「そうなるな」
「すごいね」
「…まだ始まったばっかだ」
「うん。でも、すごい」
素直な言葉に、Jr.は少しだけ目を逸らした。
「…ありがとな」
「え?」
「お前とグレイが乗って宣伝したからだろ」
「俺たち?」
「そうだ。だから壊すなよ、広告塔」
「…気をつけるよ」
グレイも「わふ」と鳴いて返事した。
tiny rideはロッキーの願いから始まった。
そして今、wildfoxの名前を世界へ広げる最初の一歩になろうとしていた。




