第五十三話 バイク⑧
遠出ができるようになるための練習は、ギルドハウス近くの平原で行われた。
広くて見通しがよく、多少ふらついてもぶつかるものが少ない。
Jr.は腕を組んでtiny ride model G の横に立っていた。
「まずはグレイなしだ」
「え、グレイ乗せないの?」
「いきなり乗せるわけねぇだろ。転んだらどうすんだ」
「たしかに…」
Jr.はサイドカーに布で包んだ重しを乗せる。
「こいつが今のグレイと同じ重さだ」
「グレイの代わり」
ロッキーは少し残念そうにサイドカーを見る。
「本番はグレイも乗るんだからな」
Jr.は真剣な声で言った。
「お前1人で乗れるだけじゃ意味がねぇ。サイドカーに重さがある状態で、曲がって、止まって、避けられなきゃダメだ」
ポポも隣で頷く。
「ロッキーは体で覚えるの早いから大丈夫ネ。でも油断はダメヨ」
「はい!」
ロッキーはヘルメットを被り、バイクに跨った。
エンジンを始動すると青白い浮遊機構が低く唸り、車体がふわりと浮く。
「うわ、やっぱり不思議…」
「足で踏ん張るな。腰と視線で曲げろ」
「腰と視線…」
「行きたい方向を見るネ」
ポポが言う。
「怖くなって足元見ると、そっちに崩れるヨ」
「わかった」
ロッキーはゆっくりと走り出した。
最初はぎこちなかった。
曲がる時に肩に力が入りすぎ、止まる時に前のめりになる。
「力抜け!」
「はい!」
「目線が近い!もっと先見ろ!」
「はい!」
「腰を浮かせるな!バランスが崩れる!」
「はい!」
「今のブレーキ雑!」
「ごめん!」
Jr.の怒鳴り声が平原に響く。
ポポは時々笑いながら、実演して見せた。
「旋回はこうネ。怖がらずに流す」
「すごい…」
「ロッキーもできるヨ」
何度も走り、何度も止まり、何度も曲がった。
昼を過ぎる頃にはロッキーの動きから余計な硬さが少しずつ抜けていった。
Jr.が目を細める。
「…だいぶマシになったな」
「ほんと?」
「調子乗るな。マシって言っただけだ」
「でも嬉しい」
「チョロいな」
ポポが笑う。
「そろそろグレイ乗せてみないネ」
「まぁ、大丈夫だろう」
ロッキーの顔がぱっと明るくなる。
「グレイ!」
少し離れたクッションで待っていたグレイが、耳を立てた。
グレイ用の小さなヘルメット。
ゴーグル。
軽量ジャケット。
全部装着すると、あまりにも可愛かった。
「グレイ、かっこいい…!」
「わふっ!」
Jr.が腕を組む。
「浮かれる前に確認しろ。固定具、風防、姿勢」
「はい」
ロッキーは真剣にグレイを座らせ、固定具を確認した。
「きつくない?」
「わふ」
「怖くない?」
「わふっ」
「じゃあ、ゆっくり行くね」
最初の走行は本当にゆっくりだった。
グレイは風を受けて、最初だけ目を丸くした。
けれどすぐに慣れたのか、しっぽを揺らし始める。
「グレイ、大丈夫?」
「わふ!」
「楽しい?」
「わふっ!」
ロッキーの顔が綻ぶ。
「Jr.!グレイ楽しそう!」
「前見ろバカ!」
「はい!」
何度か走るうちにロッキーはすっかり感覚を掴んだ。
小さな起伏を越え、緩いカーブを曲がり、風の中を走る。
ロッキーの服が風になびき、サイドカーではグレイが誇らしげに座っている。
ポポが腕を組んで笑った。
「いい感じネ」
Jr.は端末で撮影しながら満足げに頷く。
「…悪くねぇ」
ロッキーは少し遠くまで走ってから、くるりと戻ってきた。
停車も、今度は滑らかだった。
「できた!」
グレイが隣で「わふ!」と鳴く。
Jr.は口元を少しだけ上げた。
「ようやく乗り物らしくなったな」
ロッキーはヘルメットを外し汗だくの顔で笑った。
「ありがとう、Jr.!ポポ!」
「これだけ乗れりゃ1人でも大丈夫だろう、まだ練習は続けろよ」
「うん!」
「無茶な道には入るな。グレイが乗ってる時は特にな」
「はい!」




