第四十四話 悔しいと悔い
試合から数日が経っても、ロッキーはまだ少しだけ気持ちを引きずっていた。
悔いはない。
そう思っている。
でも、ふとした瞬間に思い出す。
ダンの双剣。
最後に首元へ止まった刃。
何もできなかったわけじゃない。
けれど、届かなかった。
「…グレイ、今日は少し遠く行こうか」
「わふ」
気分転換も兼ねて、ロッキーはグレイを連れてお気に入りの場所へ向かった。
街から少し離れた丘。
街が一望でき、近くには川が流れ、遠くの方には白い岩山が見える。
風が気持ちよく、草の匂いがした。
ロッキーは敷物を広げ、グレイと並んで座る。
「えっと、こんにちはロッキーです」
「わふ」
「グレイです」
配信が始まると、すぐにコメントが流れた。
『グレイきた!』
『景色きれい』
『ピクニック配信助かる』
『ロッキー元気?』
『ダン戦お疲れさま』
『試合のこと聞いてもいい?』
ロッキーは少しだけ目を瞬かせた。
それから、グレイの背中を撫でながら笑った。
「試合のこと?えっと、たまたま知り合って、そこから一度戦ってみようってなって」
『たまたまから試合になるの草』
『相手ダンだぞ』
『非公開戦なのに噂すごかった』
『負けたって聞いたけど大丈夫?』
「負けちゃいました」
ロッキーは素直に言った。
「でも、楽しかったです。あんなに全力で戦ったの、ギルドのメンバー以外で初めてだったかも」
風がマントを揺らす。
グレイがロッキーの膝に顎を乗せた。
「…だから悔しいです。すごく」
コメント欄の流れが少しだけゆっくりになる。
「でも、悔いはないです。今の俺ができることは全部やったと思うから」
ロッキーは少し照れたように笑った。
「なのでまた頑張ります。頑張るって言ってももう試合の予定とかないけど…そうだ、シルバーランク目指します!最近はやってなかったけど、依頼の合間にコツコツ挑戦してて今40勝くらいなんです。ギルドのみんなが鍛えてくれたのを無駄にしないためにも挑戦します!」
『いい子すぎる』
『応援してる』
『次は勝とう』
『悔しいって言えるの偉い』
『ルーキーマントまだまだ強くなるじゃん』
『泣いちゃう』
『目指せ、シルバーランカー!』
グレイがちょうど「わふ」と鳴いた。
「応援してくれてる?」
「わふ」
「ありがとう」
その瞬間、投げ銭が流れた。
1,000X unknown『お疲れさま』
500X wackm『次も応援してる』
800X rinam『グレイのおやつ代』
2,000X 3otono『ロッキーも美味しいもの食べて』
「ありがとうございます」
ロッキーは頭を下げた。
「グレイのおやつ代と…俺も美味しいもの食べます」
『ちゃんと自分のも食べて』
『グレイだけじゃなくてロッキーも食え』
『よしよし』
『ターニャ姉、見てる?この子ちゃんと休ませて』
ロッキーはくすっと笑った。
「今日は休んでますよ。ほら、天気も良いし景色きれいだし」
そう言って、端末のカメラを少しだけ景色に向ける。
青い空。
白い雲。
風に揺れる草。
隣で丸くなるグレイ。
ロッキーはそのまま話しながら、持ってきたパンをちぎって食べた。
「このパン、昨日買ったんですけどね、中にチーズが入ってて…」
『飯レポ始まった』
『平和』
『グレイ寝そう』
『ロッキーも寝そう』
「はは、俺は寝ませんよ」
そう言った数分後。
ロッキーの声が少しずつゆっくりになった。
「風が…気持ちよくて…」
グレイは完全に丸くなっている。
ロッキーもその横に肘をつき、草の上へ少し傾いた。
『あれ?』
『まさか』
『寝る?』
『配信中だぞw』
『ロッキー?』
『グレイと一緒に寝落ちしてるw』
ロッキーは一度だけ目を開けようとした。
「ん…起きてる」
起きなかった。
数秒後、完全に寝息が聞こえた。
『寝たwww』
『ピクニック配信で寝落ち』
『かわいい』
『誰か回収して』
『ターニャ姉ーーー!』
『誰かーーーーー』
寝落ちしたのが広まったのか何故かジワジワと閲覧者が増える中、しばらくして画面の端に銀髪が映った。
ターニャだった。
「本当に寝てる」
小声。
ターニャは端末を覗き込み、画面を確認する。
コメント欄は大騒ぎだった。
『ターニャ姉!』
『回収班きた』
『保護者』
『寝かせてあげて』
『かわいいからこのままでも』
ターニャはくすっと笑い、人差し指を唇に当てた。
「しーーっ」
その仕草で、コメント欄がまた沸く。
『シーいただきました』
『了解』
『静かにします』
『寝顔助かる』
『タニャロキ尊い』
『お姉さま』
ターニャは小声で言った。
「今日はここまで、ロッキーもグレイも休ませるわ」
そして、もう一度カメラに向かって微笑む。
「いつもロッキーの応援ありがとう」
配信はそこで切れた。




