第四十二話 非公開試合
ーー10日後、ランキング協会所有の試合場
観客席には誰もいない。
公式記録には残らない。
それでも、ロッキーの胸はいつもみたいに高鳴っていた。
「緊張してる?」
ターニャが声をかける。
「少し」
ロッキーは剣の柄を握り直した。
「でも、楽しみです」
その言葉に、Jr.が鼻を鳴らす。
「楽しめる余裕があんなら、ちっとは粘れよ」
「はい!」
「返事だけはいいな」
バイオレットは何も言わず、ロッキーを見ていた。
視線に気づいたロッキーが笑う。
「頑張ります」
「…えぇ」
反対側では、ダンが双剣を手に軽く肩を回していた。
褐色の肌に赤いバンダナ。
いつもは少し気の抜けた雰囲気なのに、剣を持つと空気が変わる。
「ロッキー、準備いい?」
「うん」
「じゃ、やろうか」
応援に来ていたターニャ、Jr.、バイオレットは上にあがり、ステージには2人だけになる。
そして審判の合図とともに、試合が始まった。
最初に動いたのはダンだった。
軽い踏み込み。
けれど速い。
双剣が左右から交互に滑り込む。
ロッキーは剣を立てて受けようとして、すぐに思い直す。
受けきれない。
左へ流れ、片方だけを剣の腹で逸らす。
もう片方は身をひねってかわした。
「おっ」
ダンが楽しそうに笑う。
「やるじゃん」
「たくさん転がされたので!」
「いいギルドだ」
観客席でJr.が顔をしかめる。
「なんだその言い方」
ターニャが笑う。
「事実じゃない」
ダンの剣を避けた後、ロッキーは攻めに転じる。
山で覚えた動き、獣の足元を崩すための低い姿勢。
距離を詰め、剣を振るというより、相手の進路を削るように動く。
ダンはそれを双剣で受け流した。
軽く、速く、柔らかい。
ロッキーの剣が届く寸前、ダンの体はもうそこにない。
「速い…!」
「君も十分速いよ」
ダンの右剣がロッキーの肩をかすめる。
それでもロッキーは踏み込む。
相手は両手に剣を持っている。
間合いを離せば負ける。
なら、近づく。
ダンの左手首を狙い、剣を跳ね上げる。
ダンは一瞬だけ目を細めた。
「へぇ」
双剣の片方が弾かれる。
ロッキーはその隙に体を入れた。
肩で押し崩す。
メレーで何度も使った動き。
だが、ダンは倒れなかった。
体を沈め、軸をずらし、ロッキーの力を横へ逃がす。
「っ!」
ロッキーの体勢が崩れた。
次の瞬間、首元に冷たい感触。
ダンの剣先が、ぴたりと当たっていた。
審判の声が響く。
「そこまで!!!」
ロッキーは息を切らしながら、少しだけ目を丸くした。
そして、ぱっと笑った。
「すごいなー」
心からの声だった。
「今の、俺が押したと思ったのに」
ダンは剣を下ろして笑う。
「結構危なかったよ」
「ほんと?」
「ほんと」
「でも負けた」
「俺も強いからね」
ロッキーは悔しそうに、でも嬉しそうに笑った。
「ありがとうございました!」
深く頭を下げる。
観客席からみんなが降りてきていた。
その中の1人、Ophiuchusの青髪の青年ーージャック=ポットが拍手した。
「いや〜面白かった!ロッキーくん、噂以上だね」
その隣で茶髪の女性ーーリナリーも小さく頷く。
「ちゃんと強かったわ」
「…あ、ありがとうございます!」
ロッキーは嬉しそうに笑う。
笑顔を真正面から向けられ、リナリーの肩がぴくっと揺れた。
その様子をチラッと見て、ジャック=ポットがひょいと端末を出す。
「ねぇねぇ、記念写真撮ろうよ。せっかくだし」
「写真?」
「うん、ダンとロッキーくんで」
ロッキーはダンを見る。
「いい?」
「もちろん」
2人は並んだ。
ロッキーは少しぎこちなく笑い、ダンは余裕そうに肩を組む。
ぱしゃり。
「次、俺らも入っていい?」
ジャック=ポットが笑う。
「もちろんです」
ジャック、ダン、ロッキー、リナリーが並ぶ。
「ターニャさん、撮ってもらっていい?」
「いいわよ」
ターニャが端末を構える。
リナリーはロッキーの隣に立つことになり、内心固まっていた。
近い。
思っていたより近い。
配信でずっと見ていたロッキーが、今隣にいる。
「撮るわよ〜」
ぱしゃり。
「ありがとう!」
ジャックが端末を受け取る。
「後で送るよ、俺もxNestフォローしていい?」
ロッキーはぱっと笑う。
「嬉しいです!」
その横で、ダンがリナリーの腕をつんつんと突いた。
「リナリーは?」
「わ、私は…」
リナリーが言いかけると、ロッキーが口を開く。
「…リナリーさんって、もうフォローしてくれてますよね」
「えっ」
リナリーの顔が止まる。
「配信、いつも見てくれてありがとうございます」
「…っ!」
リナリーは一瞬呼吸を忘れた。
しかし必死に言葉を繋げる。
「グ、グレイくんのファンで」
「そうなんですね」
ロッキーは嬉しそうに笑う。
「今度、グレイと遊んでください」
「…予定が合えばね」
「はい!」
リナリーは平静を装って頷いた。
だが頭の中は、完全にそれどころではなかった。
(認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた認知されてた)
ジャック=ポットが肩を震わせて笑っている。
ダンもにやにやしていた。
「じゃ、俺ら帰るわ。Aster crownのみなさんもありがとうございました」
「こちらこそ、いい経験になったわ」
ダンが手を振る。
「また遊ぼうぜ」
「うん、今日はありがとう。また」
ロッキーも手を振った。
3人が立ち去った後、ロッキーはターニャたちの方に振り返る。そして困ったように眉を下げていう。
「ごめんなさい、負けちゃって」
「ううん、かっこよかったわよ」
「動きも悪くなかったしな。あのダン相手によくやったぜ」
「そうですかね」
「よくやったわ」
「…ありがとうございます」
「疲れたろ、帰って飯食おうぜ」
「はい!」
ーーーーーーーーーー
Aster Crownのギルドハウスに戻ると、ラウンジではポポ、ソロ、ビアンカが待っていた。
「おかえりネ」
「おつかれさま」
「どうだった?」
「負けました!」
ロッキーは笑って、そして正直に言った。
Jr.が後ろから補足する。
「でも結構粘ったぞ、10日前よりはマシだった」
「Jr.が褒めたネ」
「褒めてねぇ」
ソロが頷く。
「ダン相手に粘ったなら十分だ」
ビアンカも笑う。
「怪我は?」
「大丈夫です」
ロッキーはそう言って、ソファに座った。
グレイがすぐに膝へ飛び乗る。
「グレイ、ただいま」
「わふ」
「俺、負けちゃったよ」
「わふ?」
ロッキーはグレイを抱きしめ、もふもふと顔を埋めた。
最初は普通に見えた。
けれど、しばらくして肩が小さく震えた。
「…悔しい」
声が、少し掠れていた。
ラウンジが静かになる。
「みんながせっかく鍛えてくれたのに……負けちゃった」
グレイの毛に顔を埋めたまま、ロッキーは泣いていた。
「ダンは強いって知ってたし、実際戦ってすごいなって思ったし、楽しかったけど…でも、やっぱり悔しい」
ポポが少し困ったようにビアンカを見る。
ビアンカもどう声をかけるか迷う。
ソロは腕を組んだまま、静かに目を伏せた。
Jr.とターニャが目を合わせる。
そして同時に、バイオレットを見る。
「…何」
バイオレットが警戒する。
ターニャがにこっと笑った。
「こういう時は、あなたでしょう」
「なぜ」
Jr.が小声で言う。
「お前が一番効く」
「意味が分からない」
「行け」
「お願い」
2人が左右からバイオレットの背を押した。
「ちょっと」
ロッキーの前まで来る。
振り返るが、ターニャとJr.は「隣に座れ」とジェスチャーしてくる。
戸惑いながらもロッキーの隣に座り、少し考えて口を開く。
「大丈夫?」
ロッキーはグレイに顔を埋めたまま答える。
「…ごめん、ヴィオも時間たくさん使ってくれたのに」
バイオレットは少しだけ息を詰めた。
それから、ぎこちなく手を伸ばす。
ロッキーの頭に、そっと触れた。
「…よく戦ったわ」
「でも、負けた」
「負けたわね」
「…はい」
「なら、次は勝てるようにすればいい」
バイオレットの声は淡々としていた。
けれど、手は離れなかった。
「あなたはちゃんと悔しがれる。なら強くなれる」
ロッキーは唇を噛んだ。
涙がグレイのふわふわの毛に落ちる。
「…次、頑張ります」
「えぇ」
バイオレットは少しだけ、頭を撫でた。
「もっと強くなりなさい」
「はい」
グレイが小さく鳴く。
「わふ」
その声に、ロッキーが少し笑った。
ラウンジの空気が、ようやくほどける。
そしてJr.が空気を変えるため大声で言う。
「あー腹減った!飯にしようぜ!」
「作るの面倒だし食べにいく?」
ビアンカが明るく続ける。
「中華食べたいネ」
「いいね、麻婆豆腐食べたいわ」
「ロッキーも、中華でいい?」
ロッキーは顔を上げ、袖で涙を拭い笑って頷いた。
「はい」
「決まりね!いきましょう」
「今日はJr.の奢りネ」
「なんでだよ!前も奢ったぞ!」
「Jr.、ごちそうさま」
「払わねぇって!」
「あはは」
「…ほら、行くぞロッキー、今日は奢ってやる」
「…うん!」
「なんでロッキーだけ」
「ビアンカはなにもしてねぇだろう今日」
「依頼3件こなしたのよ」
「じゃあ逆にそっちが奢れよ」
「新しい生地買ってお金ないんだもん」
「しらねぇよ」
ギャーギャー言いながらみんな外に出ていく。
ロッキーも笑いながら後を追い、グレイもモフモフとついて行く。
全力だったのに負けた。
非公式だけど初めての敗北。
でもその悔しさは確実にロッキーを強くした。




