第三十話 シルバーウルフ
ーー国境の街トゥリパ。
そこは冒険者たちのためにある街と言っても過言ではなかった。
ウィステリア王国とマグノリア王国の国境にあり、人の往来が盛んで商人が多く集まる。
通りには武器屋、防具屋、道具屋、素材屋が並び、あちこちで冒険者たちが値段交渉をしている。
剣を担いだ者。
魔導銃を整備する者。
珍しい魔獣素材を売り込む者。
様々なものたちがここに集まる。
「金さえあればここで手に入らないものはない」そう称されるほどだった
ロッキー、Jr.、ビアンカ、バイオレットの4人は魔獣退治の依頼を終え、足りない道具を補充するためにトゥリパの市場を歩いていた。
「ロッキー、その店はやめとけ、観光客向けで高ぇ」
「えっ、そうなの?」
「よく見ろ、同じ回復薬が2割増しだ」
「危なかった…」
Jr.が呆れたように言う。
「お前、値札見ろ」
「見てるよ」
「見てるだけじゃだめだ、相場を見ろ」
「まだよく分かんないんだよ〜」
「勉強しろ」
ビアンカが笑う。
「Jr.ってばすっかりお兄ちゃんね」
「誰がお兄ちゃんだ」
バイオレットは少し後ろを歩きながら、静かに周囲を見ていた。
街の中心へ進むほど、珍しいものが増えていく。
魔力を帯びた鉱石。
小型の魔導ランプ。
使い古されたけれど味のある革鞄。
見たことのない薬草。
物珍しいものばかりで、ロッキーは目をきらきらさせていた。
「すごいね、見てるだけで楽しい」
「買う前に相談しろよ」
「うん」
そう返事をしながら歩いていたロッキーがふと足を止める。
小さな店だった。
木箱や檻が並び、魔獣用の餌や首輪が吊るされている。
その奥、檻の中の小さな丸いクッションの上にそれはいた。
銀色の綺麗な毛並み
額には、月のような淡い模様
ふわふわの尻尾を丸め、きゅるんとした目でこちらを見ている
目が合った瞬間にロッキーは動けなくなった。
「……」
「もう欲しいものは買えただろ、この辺も夜になると危ねぇからそろそろ帰るか、なぁロッキー」
返事がないことに気づき、Jr.が振り返る。
「おい、ロッキー?」
ロッキーは数メートル先で止まっていて何かを見ている返事がない。
ビアンカも戻ってくる。
「どうしたの?」
ロッキーはその生き物を見つめたまま、ぽつりと言った。
「…かわいい」
店主がにやりと笑う。
「お目が高いね、昨日入ったばかりのシルバーウルフの幼体だよ。狩りのお供にどうだい?」
檻の前にある木札をみると値段が書かれていた。
シルバーウルフ幼体 500,000x
値段を見てロッキーの顔が固まる。
「50万…」
さっきのぼったくりの話を思い出し、思わずJr.の方を見る。
Jr.が値札を見て腕を組む。
「まぁ、そんなもんだな」
「そんなもんなの!?」
「ウルフは狩猟の相棒として重宝されるからな、特にシルバーウルフは賢いし、魔力感知もできる、育てば戦闘補助にもなる。この辺だとあまり見かけないし、市場に出回るのも珍しいだろ」
「毛並みも綺麗ね、額の月模様も珍しいわ」
「良い個体ね」
シルバーウルフはロッキーを見上げて小さく鳴いた。
「くぅん…」
その声にロッキーの胸が撃ち抜かれた。
「…っ」
すぐに端末を取り出す。
銀行残高。
メレーの賞金の残り。
コツコツこなしてきた依頼の貯金。
しかし、
道具を整えた。
家具も買った。
生活用品も必要だった。
ギルドの維持費も最初に払えなかった分を割り増しで毎月入れている。
その結果、残高は30万に少し足りない。
「…ぜんぜん足りない」
ロッキーはしょんぼりした。
Jr.が横目で見る。
「まさか買う気か」
「…だめかな」
「だめとは言ってねぇけど」
ロッキーはもう一度シルバーウルフを見る。
シルバーウルフも、ロッキーを見る。
きゅるん。
「…かわいい」
ビアンカが小声で言う。
「これは負けてるわね」
バイオレットも静かに頷く。
「負けてる」
Jr.はため息をついた。
「20万ちょい足りねぇってことか」
「うん…すぐどうにかなる額じゃないし」
ロッキーは財布をしまう。
「今日は諦める」
そう言いながらも目は全然離れていなかった。
シルバーウルフが前足をちょこんと出す。
ロッキーは口元をぎゅっと結んだ。
「…またね」
店主が苦笑する。
「人気個体だから、次来た時にいるとは限らないよ」
ロッキーの肩がぴくっと揺れる。
Jr.が店主を睨む。
「煽るな」
「商売だからねぇ」
ビアンカがロッキーの背中をそっと押す。
「一度離れましょう。考える時間も必要よ」
「…うん」
ロッキーは後ろ髪を引かれる思いで名残惜しそうに何度も振り返りながら、店を離れた。
その後ろ姿を見て、シルバーウルフの幼体が小さく鳴いた。
「きゅう」
ーーーーーーーーーー
店から離れてもロッキーの頭の中はシルバーウルフでいっぱいだった。
ロッキーの足が何度も止まりそうになる。
そんな様子を見てバイオレットが静かに言った。
「ロッキー」
「…はい」
「そんなに欲しいの?」
ロッキーはしばらく黙った。
そして、小さく頷いた。
「…初めて、すごく欲しいって思った」
その声があまりに素直で、Jr.は少しだけ顔をそらした。
ビアンカは優しく笑う。
「じゃあ、どうやって手に入れるか考えましょう」
「え?」
Jr.が面倒くさそうに頭をかいた。
「足りねぇ分は稼げばいいだろ」
「でも間に合うかな、人気個体だって」
「間に合わせるんだよ」
Jr.が舌打ちする。
「まったく、お前が欲しそうな顔するからだぞ」
「ごめん」
「謝んな」
Jr.はぶっきらぼうに言った。
「欲しいなら、ちゃんと欲しいって言え」
ロッキーはシルバーウルフのいた店の方を見た。
銀色の毛。
月の模様。
きゅるんとした目。
「…欲しい」
さっきより真っ直ぐな声だった。
ビアンカが微笑む。
「よし」
バイオレットも頷く。
「なら、帰りましょう」
Jr.は肩をすくめた。
「金策会議だな」
ロッキーは困ったように笑った。
「またみんなに迷惑かけちゃう」
Jr.が即答する。
「迷惑じゃねぇ」
ビアンカも続ける。
「仲間でしょ」
バイオレットは静かに言った。
「欲しいものを欲しいと言えるのは悪いことじゃない」
「ランカーなんて欲しいものを手に入れてなんぼだからな」
ロッキーは少しだけ目を伏せて、それから頷いた。
「ありがとう」
市場のざわめきの中、ロッキーはもう一度だけ振り返った。
物をあまり持たないロッキーが初めて欲しいと思ったもの。
それは銀色の小さな月の子だった。




