第二十一話 ジニア
Aster Crown設立から1週間後、パパウェルの隣街ジニア。
古い街路樹が並ぶ静かな通りの先にその建物はあった。
元々ギルドハウスとして使われていたという大きな屋敷、外壁は塗り直され、古びていた扉も磨かれ、窓ガラスは新しいものに張り替えられている。
そして正面には、Jr.が作った看板が掲げられていた。
星を抱く王冠のマーク
その下に刻まれた文字
『Aster Crown』
ロッキーはその看板を見上げて、ぽつりと呟いた。
「これがAster Crownのマーク…」
ビアンカが隣で嬉しそうに笑う。
「可愛いでしょう」
「はい、すごく」
王冠なのに、どこか柔らかい。
小さな星が集まって、1つの形になっている。
ロッキーが言った童話そのままだった。
ターニャも感心したように頷く。
「流石ね、ビアンカは」
「デザインはね、でも看板として仕上げたのはJr.よ」
Jr.は腕を組み、そっぽを向いた。
「別に、看板くらい作れる」
ポポが笑う。
「照れてるネ」
「照れてねぇ」
バイオレットは看板をしばらく見つめてから、静かに言った。
「いいわね」
その一言でビアンカの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、ヴィオ」
ソロも頷いた。
「目立ちすぎず、でも覚えやすい」
「それ、かなり褒めてるわね」
ターニャが笑う。
ロッキーは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。
自分が何気なく出した名前が形になっている。
看板になっている。
そしてここが自分の…自分たちの場所になる。
「入るわよ」
バイオレットが扉に手をかけた。
重い木の扉がゆっくりと開く。
中へ入った瞬間、ロッキーは思わず息を呑んだ。
「うわぁ……」
広い吹き抜け。
左右には2階へ続く階段。
正面奥へ進めば、大きなラウンジが見える。
さらにその向こうには庭が広がっていて、日差しが差し込んでいた。
床は磨かれ、壁は落ち着いた色に塗り直されている。
まだ新しい木の匂いがした。
「広い…」
ロッキーはきょろきょろと見回した。
ターニャが得意げに言う。
「1階には食堂、洗面所、風呂場、倉庫、それから応接室もあるわ」
Jr.が親指で奥を指す。
「ガレージはこっちだ」
「ま、俺の部屋みたいなもんだな」
「違うわよ」
ビアンカがすかさず突っ込む。
ポポはラウンジの方へ歩きながら、満足そうに腕を広げた。
「いいネ、ここ広い」
「ポポが寝転んでも余るわね」
「最高ネ」
ソロは階段の手すりに触れ、静かに頷く。
「造りがしっかりしている」
バイオレットは2階を見上げる。
「個室は?」
ターニャが資料を開く。
「2階に10部屋、全部鍵付き、窓の向きと広さが少しずつ違うわ」
ロッキーが小さく手を上げた。
「あの、俺の部屋って…」
「庭が見える部屋でしょう?」
ターニャが笑う。
「ちゃんと取ってあるわ」
ロッキーの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
ビアンカが微笑む。
「荷物を運びましょうか」
それぞれが持ってきた荷物は思ったよりも少なかった。
バイオレットは剣と衣類が入った鞄だけ。
ソロも似たようなもの。
ポポは妙に大きな荷物を担いでいたが、中身の半分はトレーニング器具らしい。
ターニャは撮影機材や野営道具が多かった。
「これは丁寧にお願いね」
「任せてください」
そう言ってロッキーは慎重に箱を持つ。
ビアンカの荷物には服や布地が多い。
「ビアンカさん、服も作れるんですか?」
「えぇ、あなたのもそのうち作ってあげる」
「いいんですか?」
「もちろん、Aster Crownの子だもの」
その言葉に、ロッキーは少しだけ照れた。
Jr.の荷物は、箱が多い。
「これ全部、工具ですか?」
「工具と部品と設計資料だ」
「多いですね」
「必要だ」
ロッキーが1つ持とうとすると、Jr.が慌てて止める。
「それは精密部品だ。落とすなよ」
「はい!」
「…いや!やっぱ俺が持つ」
「信用がない…」
そんな風に騒ぎながら、荷物は少しずつ2階へ運ばれていった。
ロッキーの部屋は2階の奥から2番目。
窓を開けると庭が見えた。
まだ手入れ途中の庭。
でも木があって、草があって、陽が差している。
山で暮らしていた頃とは違うけれど、少し懐かしい匂いがした。
「…ここが、俺の部屋」
ベッドと机と棚があるだけの、まだ何もない部屋。
そこにロッキーは持ってきた少ない荷物を置いた。
祖父の形見の古いナイフ。
使い込んだ薬草図鑑。
替えの服。
採集用の道具。
野営の道具。
それだけ。
けれど、十分だった。
祖父がよく言っていた“足るを知る”。
それをロッキーも大切にしていた。
「ロッキー」
振り返るとドアのところにバイオレットが立っていた。
「どう?」
「すごくいいです」
「そう」
バイオレットは部屋を一度見回した。
「足りないものがあれば言いなさい」
「大丈夫です。十分すぎます」
「十分すぎることはない」
ロッキーは少し困ったように笑う。
「じゃあ、何かあったら言います」
「えぇ」
バイオレットはそれだけ言って戻っていった。
ロッキーは窓の外を見る。
庭では、ポポが伸びをして、ターニャが花の写真を撮っている。
Jr.がガレージの位置を確認しながら何か文句を言っている。
ラウンジではビアンカがカーテンの色を考えている。
ソロが静かに荷物を運んでいる。
バイオレットが玄関近くで看板を見上げている。
ここがAster Crown、逸れた星々が集まる場所。
ロッキーは胸に手を当て、小さく笑った。
「俺も、ここにいていいんだな」
その声は誰にも届かなかったけれど、
「ロッキー!荷物整理終わったらラウンジ集合ネ!」
庭からポポの声が響く。
「はい!」
ロッキーは窓を閉め、部屋を出た。
新しい場所
新しい仲間
新しい名前
Aster Crownのギルドハウスに、初めて7人の足音が響いた。




