第一話 青年が山を降りる日
山奥で祖父と暮らしていた青年ロックは、祖父を亡くしてからも、1人で山の家に残っていた。
狩りをして、薬草を採り、川で水を汲み、壊れた道具を直して暮らす。
そうやって自然と共に生きていた。
寂しさはあった。
けれど、山での生き方しか知らないロックにとっては当たり前の日々でもあった。
だが生活で使う塩や油、布、刃の替えなどは山では手に入らない。
そのため数か月に一度、山で採った薬草や獣の毛皮、珍しい鉱石を背負い袋に詰め、街へ降りる。
その日も、2日かけて山の麓にある村まで降り、そこから乗合馬車に揺られて南にある港町ベリスへ向かっていた。
1人での旅は初めてで不安で胸がいっぱいだったが、野営で焚き火を眺めていると亡き祖父の言葉や記憶が思い出されてきて、不思議と穏やかな気持ちになった。
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「相変わらず人が多いなぁ…」
ベリスは、エルダー公国へ渡る唯一の定期船が出る港町。
漁師、商人、旅人、船員、外国帰りの冒険者、怪しい仲介屋まで、あらゆる人間が集まっている。
潮の香り
石畳の道
レンガ造りの家
行き交う馬車に魔導車
空を飛ぶ小型輸送機
どれも山にはないもので、来るたび新鮮な気持ちになる。
「騒がしいや」
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街に着いてすぐ、ロックは馴染みの素材屋で持ってきた素材を買い取ってもらっていた。
「毎度のことだが、質がいいな」
「ありがとうございます」
店主は毛皮を撫で、薬草を日の光に透かしながら言う。
「半年ぶりくらいか?どうだ、調子は」
その言葉が、祖父を亡くしてからの自分を案じてくれているものだとロックにも分かった。
「……ありがとうございます。1人の生活にもだいぶ慣れました。祖父が剣と採集を教えてくれたおかげでこうして生活もできてます」
「そっか、よかったな」
店主はニッと笑った。
店主は昔からロックを知っている。
山奥で一人暮らす青年を、本気で心配してくれているのだ。
少し間を置いて、店主が言う。
「……なぁ、ロック」
「なんですか?」
「お前、この先もあの山で一人で生きてくつもりか?」
その質問に少し言葉に詰まる。
「そこまではまだ…でも、ずっと山にいたから何をしたらいいか分からないんですよね」
本音だった。
ずっと祖父と山で暮らしてきた。
不便だけど穏やかな生活、今更違う生き方をする自信がなかった。
「……ランカーに興味はないか?」
「ランカー?」
「あぁ、ランカー協会ってのに登録して、腕前をランクで証明された冒険者のことだ」
「ランクで証明」
「腕次第で受けられる依頼が変わる。魔物退治、護衛、素材採取、遺跡調査……協会に届いた依頼を受けて、報酬をもらう。それがランカーだ」
ロックの目が少し輝く。
「魔物退治や採取もあるの?」
「あぁ、お前がいつもやってることだ。雫草が欲しいと言われたら納品して、家畜をダークウルフに襲われて困ってるって言うなら退治する。そして依頼者から対価を貰う」
「……」
「どうだ?興味あるか?」
「…面白そう」
「この先どうするか決めかねてるなら、やってみりゃいい。ただ、そうなると俺は質のいい野草や毛皮を仕入れられなくなるがな」
そう言って店主はガハハと笑った。
ロックもつられて笑顔になるが、すぐ不安そうな顔をする。
「……でも、ずっと山で暮らしてきたし」
「不安か?」
「はい、もしダメだったらを考えたら」
「何事も挑戦さ。俺だって16の時に田舎から身ひとつでここに来て、素材屋やってるんだ。お前もまだ18だろう?興味があるならやってみろ。最初から諦めるな。ダメだったらまた他に生き方を考えたらいい」
ロックは少し考え——
うなずいた。
「……俺、やってみるよ」
その言葉に店主は嬉しそうに目を細め、皮袋を差し出した。
「じゃあ、これが今回の報酬だ」
受け取ると、重さがいつもと違う。
中身を確認すると明らかに多い。
「…待って、多すぎるよこれじゃ」
「餞別だ。協会に向かうなら物入りになるだろ」
ニッと笑う。
「その代わり、ランカーになったら依頼させてくれよ」
「……うん!」
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ベリスからの帰り道、ロックの足は軽かった。
祖父が亡くなってから、何をしたらいいのかも分からずただ生きていただけだった。
けれど今は、目標がある。
小屋に戻ると、ロックはすぐ荷をまとめた。
祖父の形見のナイフと剣、使い込んで縁がすり減った薬草図鑑、そして野営に必要な道具を背負い袋に詰める。
持ち物は少ない。
そういう暮らしをしてきた。
旅立ちの支度は、思ったより早く終わった。
しかし外はすでに暗い。
今夜は休み、明け方に発つことにした。
その夜はなかなか寝つけなかった。
期待と少しの不安が、胸の中で入り混じっていた。
ーー翌朝
窓から入る日の光と鳥の声で目を覚ます。
川で顔を洗い、冷たい水で眠気を払う。
ベリスの市場で買ったパンと自家製の干し肉を齧りながら、いつもと変わらない朝を味わう。
けれど今日だけは、何もかもが少し違って見えた。
身支度を整え、持ち物の最終確認をする。
それから、小屋の裏に建てた祖父の墓へ向かい、花を添えて言った。
「いってきます」
寂しくないと言えば嘘になる。
怖くないと言えば嘘になる。
けれど、山で生きる以外の生き方があるのかもしれない。
その期待が不安を上回っていた。
山の麓の村まで2日。
そこから乗合馬車に揺られて港町ベリスへ半日。
そして、そこから先はロックにとって未知の世界だった。
魔導列車に揺られ、さらに半日。
目指すは、ランカー協会本部のある都市パパウェル。




