第百十一話 恩人
最初に違和感に気づいたのはソロだった。
ミハイルの車が到着するまで何気なく窓の外を見ていた彼が、ふと目を細める。
「…いるな」
その声に、バイオレットがすぐ反応した。
「表?」
「正面の通りに2人…3人かな」
ロッキーはララの隣でグレイを撫でていた手を止めた。
「マスコミ?」
「いや、にしては動きが玄人だ」
ソロは短く答える。
Jr.が舌打ちして端末を取り出した。
「待ってろ」
すぐに小型ドローンを飛ばす。
雨粒に紛れるように黒い機体が換気口の隙間から外へ出ていった。
数秒後、ラウンジのモニターに映像が映る。
雨の中、向かいの建物の陰。
濡れた外套を着た男が、こちらを見ていた。
別方向の路地にも、もう1人。
Jr.の顔が険しくなる。
「たしかに、動きが素人じゃねぇな」
「えぇ」
バイオレットも静かに言う。
「ただの野次馬じゃない」
アナはソファで小さく息を呑んだ。
ポポは画面を見つめていた。
いつもの笑顔はない。
「…随分と早いネ」
低く呟く。
ターニャの端末に通話が入った。
「兄さんからよ」
『ターニャ、あと5分で着く。裏口に回す』
「分かった」
ターニャは通話を切ると、すぐに動いた。
「アナさん、子どもたちと一緒に移動します。大丈夫、すぐ安全な場所に行けるわ」
アナは震えながら頷く。
ビアンカはガエルを抱いたまま静かに立ち上がった。
「ララちゃんは俺が」
そう言ってソロが毛布ごと抱きかかえる。
裏口を見ると、黒い車が音もなくついていた。
運転席にAZ、七三分けのピンク髪にスーツ。いつもの奇抜さとは裏腹に表情は真剣だった。
Jr.がドローンで裏路地を確認し、短く言った。
「行ける」
ターニャに続いて5人は車へ乗り込む。
車の扉が閉まり、雨の中車はゆっくりと裏路地へ消えていった。
ーーーーーーーーーー
アナたちが出ていくと、ラウンジの空気はさらに重くなっていた。
表には見張りがいる。
アナたちは逃がした。
でも、ポポは追われてるしアルトゥールはまだ星の環の中にいる。
「これからどうする」
Jr.が低く言った。
ポポは少しだけ目を伏せる。
「まずはーー」
その時、端末が鳴った。
ポポの端末だった。
画面に表示された名前を見て、ポポの表情が止まる。
ドンナ・ニコ
Jr.が眉をひそめる。
「誰だ」
「さっき言った恩人ネ」
ポポは端末を開く。
そこには短いメッセージだけがあった。
《話したいことがある。今から来られるか。》
ポポはしばらく画面を見つめていた。
ロッキーが不安そうに言う。
「ポポ、行く気?」
「うん」
「タイミングが良すぎない?危ないかもよ」
「だから1人で行くネ」
ロッキーは言葉に詰まる。
ポポは少しだけ笑った。
「罠かもしれない」
「その可能性もあるネ」
「なら」
「でも、行く」
ポポの声は決まっていた。
「マムは恩人だからマムが呼んだら俺はどこにいても行くヨ。それに星の環とアナの件で聞きたいことがあるからちょうどいいネ」
Jr.が舌打ちする。
「気をつけろよ」
「わかってるネ」
ポポは上着を羽織り直し、バイクのキーを握った。
ロッキーはまだ止めたそうにしていた。
「ポポ」
「大丈夫」
ポポは、いつものように言った。
でも、ロッキーにはもう分かっていた。
ポポの「大丈夫」は必ずしも大丈夫じゃない。
「…ちゃんと帰ってきてね」
ポポは一瞬だけロッキーを見た。
そして、少しだけ笑った。
「帰ってくるヨ」
雨の中、ポポはバイクに乗って出ていった。




