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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第百十二話 メリッサ



ーーウィリステリア王国南東部、メリッサ。


潮と泥と古い酒の匂いが混ざる、痩せた街。

表通りには安酒場と質屋、裏へ入れば倉庫と賭場、行き場をなくした人間が身を寄せ合う路地がある。

そんな街の奥、灯りの薄い高台にドンナ・ニコの屋敷はあった。

石造りの壁は夜気を吸って黒く沈み、鉄門の向こうに広がる庭は月の光を浴びて妙に静まり返っている。


(静かすぎる)


ポポはバイクを降り、門の先を見上げた。

いつもなら見張りがいる。

煙草の火のひとつくらい見える。

玄関先には給仕か護衛が立っている。

だが今夜は何もなかった。

胸の奥に小さな棘みたいな違和感が刺さる。

マムに呼ばれること自体は珍しくない。

だが、こんなふうに屋敷そのものが息を潜めている夜はそうない。

ポポは門を抜け石畳を踏んだ。

玄関扉はわずかに開いていた。

指先で押すと、重い扉は音もなく内側へ滑る。

広い玄関ホールに磨き上げられた床、階段、絵画そしてシャンデリア。

すべてがいつも通りなのに人の気配だけがごっそり消えていた。


「…変だネ」


小さく呟き足を進める。

廊下に靴音が響く。

2階の奥、マムの私室へ向かうにつれて、その音ばかりが大きくなっていった。

扉の前で、ポポは足を止める。

匂いがした。

鉄の匂い。

ぬるい血の匂い。

喉の奥が冷える。

ポポは静かに扉を押し開けた。

その瞬間、時間が止まる。

床に倒れていたのは、ドンナ・ニコだった。

仰向けに倒れていて、黒いドレスの胸元を赤が深く染めている。

絨毯に広がる血。

そのすぐそばに転がる拳銃。


「…マム」


声が掠れた。

ポポは駆け寄り膝をつく。

肩に手をかける。

重い。

首筋に触れる。

冷たい。

遅かった。

視界の端で、拳銃が鈍く光る。

開いた扉。

誰もいない屋敷。

呼び出された自分。

死体の横の銃。


ーー嵌められた。


気づいた時には遅かった。

背後で、扉が閉まる音がする。

ポポは立ち上がり、振り向く。

入り口に立っていたのは黒髪の男だった。

黒髪を撫でつけたオールバックに青い目、左頬を斜めに走る傷。

血の匂いにもこの部屋の異様さにも、まるで興味がないといった顔でスーツを着こなしている。

その口元だけが薄く笑っていた。


「やあ、ペドロ」


ポポの目が細くなる。


「…トニー」


トニーと呼ばれた男はゆっくり部屋へ入ってくる。

靴底が絨毯を踏む音すら妙に落ち着いていた。


「いい場面だな。マムに呼ばれて来た忠実な男が、その抜け殻の前にいる」


ポポは答えない。

部屋の外に気配が増えていた。

複数、もう囲まれている。


「お前がやったのか」


低く落ちた声に男は肩をすくめた。


「よく分かったね。さすがペドロ、優秀だ」


ポポの拳がきしむ。


「なんで殺した…母親だろ」


トニーは一度だけ、床に倒れた女を見た。

実の親の遺体を前にしても、その目には悲しみも迷いもない。

ただ、長く邪魔だったものがようやく片づいた、そんな冷たさだけがあった。


「…邪魔だったからさ」


その言葉にポポは拳を握りしめる。

トニーは続けた。


「俺がやってることを止めようとしたんだよこの女。今さら…親みたいな顔をしてさ」


ポポの眉がぴくりと動く。


「……」


「俺のことを調べさせてた。こそこそと」


そう言いながらタバコに火をつける。


「それで真実を掴んだくせに、最初にやったのは粛清じゃなかったよ。説得だ」


トニーは笑う、嘲るように。


「今すぐやめなさい。まだ間に合うから、こっちに戻ってきなさいーーだってさ」


白く濁った息を吐く。


「笑えるよな。マフィアのボスのくせに話し合いで解決しようなんて…最後まで甘かったよこの女は」


ポポは黙って聞いていた。

マムなら確かにそうする。

許せないことを知っても、最初の一手で切らない。

必ず話を聞き、止まれと言う。

それがこの女の、マムのどうしようもない甘さだった。

トニーの青い目が冷たく光る。


「馬鹿な女だよ」


吐き捨てるように言った。


「マムを侮辱するな!」


ポポが声を荒げる。


「マムは優しい人だった。マフィアとして世間に顔向けできないようことをやってきていたけれど、常に弱者の味方だった!確かに甘かったのかもしれないけど、すぐに切らずに話をしたのもお前を愛してたからじゃないのか」


「…母さんは貧しい人を助けたり親のいない子供たちを大勢救ってたよ。でもな、それは本当の意味での弱者救済にはならないんだよ。弱いやつを助けても結局は弱いままだ。強くならなきゃ何も守れないずっと奪われるだけだ」


「っ…」


「それはお前もよく知ってることのはずだ」


「てめぇ…」


扉の向こうでバタバタと騒がしくなる。


「そろそろ時間のようだね」


「なにが」


「終わりだよ、ペドロ」


「動くな!」


勢いよく扉が開くと、武装した男たちが一気に部屋へ流れ込んできた。

銃口がまっすぐポポへ向く。


アントニオは後ろへ下がった。

それだけですべての形が出来上がる。

マムに呼ばれて屋敷へ来た男。

死んだマム。

そばに落ちた銃。

血のついたポポ。

完璧だった。


アントニオはニヤリと嫌な笑みを浮かべている。

ポポはゆっくり息を吐く。

頭だけが妙に冴えていた。

ここで捕まれば終わる。

マムの死も、トニーの裏切りも、全部あいつの作った物語に飲まれる。


「警察だ!武器を捨てろ!」


男のひとりが叫ぶ。

ポポは両手をわずかに上げた。

従うように見せる。

視線だけを走らせる。


窓。

厚いカーテン。

その向こう、3階のバルコニー。


「膝をつけ!」


次の瞬間、脇のサイドテーブルを男たちの方へ蹴り飛ばす。

花瓶が砕け、水と破片が散る。

男たちの視線がぶれる。

その一瞬で、ポポは窓へ突っ込んだ。

銃声。

ガラスが爆ぜる。

破片が頬を裂き、銃弾が肩を貫く。

熱い痛みが走る。

だが止まらない。

そのままバルコニーへ転がり出ると、手すりに足をかけた。


「3階は高いヨ…」


「撃て!」


怒号が追う。

ポポは振り返らず、そのまま飛んだ。

重力を全身に浴び、庭木の枝を折りながら地面へ叩きつけられた。

肺から空気が抜ける。

視界が白む。

肩が焼けるように痛い。

それでも、立って走る。

背後で追手の声が上がる。

ふと見上げると、バルコニーにトニーがいた。

月明かりの中、黒い影みたいに立っている。

逃げられたというのに、焦った様子はなく、ただこちらをジッと見下ろしている。

ポポは歯を食いしばる。

マムは死んだ。

トニーが殺した。

そして自分はその犯人にされた。

喉の奥に血の味が広がる。


「…許さないヨ」


そう吐き捨て、ポポは闇へ駆け込んだ。



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