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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第百十話 ポポの過去



ガエルは、ビアンカの腕の中で眠っていた。

まだ生まれたばかりの小さな体をビアンカは毛布ごと大切に抱いている。

濡れて冷えた体は温められ、泣き疲れたのか、今は静かに寝息を立てていた。

ララも、ラウンジのソファの上で眠っていた。

アナたちが体を温めていた間に、ポポの指示でギルドハウス中の戸締まりが確認された。

ソロが裏口。

バイオレットが窓。

Jr.がガレージと外周。

ロッキーもグレイのそばを離れすぎない範囲でラウンジ周りを確認した。

いつものギルドハウスが少しだけ要塞みたいになる。

アナは新しいの服に着替え、毛布を肩にかけてソファに座っていた。

顔色はまだ悪い。

けれど、さっきよりは呼吸が落ち着いている。

ポポはその向かいに座った。

いつもの笑顔は、もうなかった。

ポポが口を開く。


「もしかしたら、アナの結婚も仕組まれてたかもしれないネ」


ロッキーは思わず顔を上げた。


「仕組まれてた?」


ポポは頷く。


「旦那を問い詰めた。星の環にはいつから入ってるのかって、そしたら結婚前からだって」


「隠してたのか」


その声には感情がほとんど乗っていなかった。


「なんで結婚の時に話さなかった?って聞いたら、“バレないようにしろと言われた。上から言われて結婚した”って言ったヨ。“偶然を装って出会った”って」


ビアンカの表情が険しくなる。


「最低ね」


「アナの旦那は代々医者の家系の跡取り息子で家も金もある。義両親も星の環に深く入ってた」


「なんでアナさんを…?」


ロッキーが聞く。


「星の環は、俺たちの父親がハマってた宗教ネ」


アナがびくっと肩を揺らした。


「その頃はまだ今みたいに大きくなかったけど、やり方は同じだったヨ。優しい言葉で近づいて、信者から金を取る。家族だ、救済だって言って相手の弱いところに入り込む」


ロッキーの脳裏に、あのチラシが浮かんだ。

みんな笑顔に。

手を取り合って。

平等な世界へ。

優しそうな言葉だった。


「俺たちの母親は綺麗な人だったヨ」


ポポは遠くを見るように言った。


「優しくてよく笑ってた。でも宗教にハマった父親に洗脳されていった」


アナは俯いたまま唇を噛む。


「俺には弟がいたネ、6歳下の。生きていれば今頃26歳になる」


ロッキーは息を止めた。

ポポに弟がいたことを初めて知った。


「20年前の流行病、Cウイルス」


ターニャの指先がほんの少しだけ動いた。


「弟が感染した時、母は病院に連れて行かなかった」


ポポの声は淡々としていた。


「代わりに祈ってた、献金を増やした。ステージが上がれば祝福が受けられる。もっと上の祝福なら救われる。そう言われて借金してまで金を出した」


アナの肩が震える。


「裕福な家庭じゃなかった。でも、病院に行くお金くらいはあったはずだった」


ポポの手が、わずかに握られる。


「献金してた金があれば病院に行けたはずだった」


誰も言葉を挟まなかった。


「助かったかどうかは分からない。そういうウイルスだったからネ、でも可能性はあった。なのに母は病院じゃなく教団を選んだ。何度も言ったヨ、弟を…ルーカスを病院に連れていってって」


ポポは俯き、拳を握りしめる。


「…弟が亡くなって母は壊れた。弟の埋葬を終えて、気づいた時には家からいなくなってたよ。そして元々家にいることの少なかった父は二度と帰ってこなかった。どっちも今どこにいるか、生きてるかも知らないネ」


ポポはアナを見た。


「借金が残されて、俺たちは2人で暮らしてたヨ」


アナの目からぽろっと涙が落ちた。


「お兄ちゃんごめんなさい…私…」


「アナ」


ポポの声が柔らかくなる。


「アナは知らなかったんだから仕方ないヨ。悪くないネ」


「でも、アルトゥールを…」


「悪いのは搾取しようとする奴らネ」


ポポはきっぱりと言った。


「弱ってる人に優しい顔で近づいて、囲って、家族を分断して、金を取る奴らが悪い」


その時だった。

ターニャの端末が短く鳴った。

彼女は画面を見て、目を細める。


「…出たわ」


「何が?」


Jr.が聞く。

ターニャは中央モニターへ記事を飛ばした。

そこに映った見出しを見て、ラウンジの空気が凍った。


《元マフィア関係者の有名ギルドメンバー、医師一家の男性を暴行。妻子を連れ去った疑い》


ロッキーは一瞬意味が分からなかった。

次に映ったのは、ポポの写真だった。

JMCの時に撮られたもの。

笑っているポポ。

その下に、もっと古い情報が並んでいる。

暴力沙汰。

裏社会とのつながり。

マフィア。

借金の取り立て。

脅迫。


「…なにこれ」


ロッキーの声が掠れた。

記事には、ポポが妹の夫を殴り妻子を無理やり連れ去ったように書かれていた。


「元マフィア?」


ロッキーはポポを見る。


「ポポが?なにこれ、でまかせだよね?」


でも、ポポは否定しなかった。

静かに、ロッキーを見た。


「…それは本当のことネ」


ロッキーは言葉を失った。


「……」


ポポはゆっくり息を吐く。


「助けてくれる人がいたって言ったね」


「…うん」


「それがマフィアのボスだったネ」


ラウンジが静まり返る。


「生きるために仕方なかったヨ」


ポポは目を逸らさなかった。


「Cウイルスが流行った時、たくさんの人が死んだ。たくさんの人が職を失って、親を失って子供を失った。そんな中借金のある何の能力もない12歳の子どもにできることは限られてたヨ。盗み、脅し、怪しい荷物運び、そういうことをして生きてた」


アナが泣きながら首を振る。


「お兄ちゃんは私のために…」


「アナ」


ポポは止めるように名前を呼んだ。

それ以上言わなくていい、という声だった。


「そんなふうに暮らしてたところをマフィアのボスに拾われたネ。彼女の名前はニコレッタ・ジュリアーノ、Marea Neroのボスをやってる。通称ドンナ・ニコ。彼女はいく場所のない俺に居場所と仕事をくれた、俺にとっては恩人ネ。だからマフィアをやってたのは事実だヨ。殺しとかはしたことないけど、あまり胸張って言えないこともした」


ロッキーは何も言えなかった。

いつも笑っていて、酒が好きで、グレイにお肉をくれて、みんなのことを当たり前みたいに支えてくれるポポがそんな場所にいた。


「……」


沈黙を破ったのはJr.だった。


「昔のことだろ」


短い声だった。

ポポがJr.を見る。

Jr.は腕を組んだまま、記事を睨んでいる。


「生きるためにやったんだろ。子供は親は選べねぇってのは俺もよく知ってる。そんなことより今何をしてるかの方が大事だ」


「Jr.…」


「それに、こんなタイミングで出てくる記事まともじゃねぇ」


その言葉にターニャが頷いた。


「同感ね」


ちょうどその時、ターニャの端末に通信が入った。

表示名はミハイル・ニコラエヴィチ・モロゾーヴァ。

Mr.Zだった。

ターニャが通話を繋ぐと、モニターにミハイルの顔が映る。

いつもの軽薄な笑顔はなかった。


『やぁAster crownのみんな、元気かい?』


「兄さん」


『…記事、見たかい』


「見たわ」


『早すぎると思わないか』


ミハイルははっきり言った。


『あらかじめ準備していた記事だと思う。写真も古いし調べ方も妙に深い。ポポが動いた瞬間に出せるよう誰かが用意していたようだ。ところで、君のことだから何か理由があって手を出したんだろ?』


「…アナの旦那家族が星の環の信者だった。アナとララとガエルは連れ出せたが、アルトゥールは無理だった」


『…なるほど、星の環ね。覚えてるよ、以前君が話してくれた』


「星の環について何か知ってるか」


『星の環はね…よくある宗教団体だね。設立から30年近くが経ってる息の長い団体だよ。前身を含めるともっと長いけど』


ポポは黙って聞いている。


『弱者救済をうたってて、チェスナット王国のエキナケアに共同生活を送るための施設があったり、業界の要人が支持してたりと結構手広くやってるみたいだねぇ。ただーー」


ミハイルの目が鋭くなる。


『黒い噂もあるにはあるね。家族をとられた。親が献金で家を失った。子どもを集会から返してもらえない。僕の知り合いでも被害に遭っている人間がいる』


「でも報道されてないのね」


『されていないね。まず大手は触れない。触ろうとした記者もいたが、アップする前に記事も記者も消えた』


ロッキーの背中が冷える。


「そんなの…」


『だから、今回の記事は逆に不自然だ。ポポ個人の黒い過去は掘れるのに、同じ過去にある星の環の名前は全く出ていない。宗教で家庭が崩壊なんて、読者が食いつきそうな話題だろ?」


バイオレットが低く言う。


「ポポだけを潰しに来たのね」


『おそらく』


ミハイルは画面の向こうで目を細める。


『妹さんたちは今そこに?』


ポポが答える。


「いるネ」


『なら移動させた方がいい。ギルドハウスは目立つ。そこにいるといずれ記者や連中も寄ってくる』


ポポは少しだけ目を閉じた。

そして、顔を上げる。


「ミハイル」


『何だい』


「しばらく妹たちを預かってくれないか?」


ポポは頭を下げる。


「頼む」


ミハイルは即答した。


『もちろん。そう言うと思って車を回してるよ。あと10分くらいで着くと思う』


ターニャが言う。


「兄さんのところなら人目を避けられるわね」


『あぁ、僕の家のセキュリティは最高だからね。職業柄命を狙われることも多いからさ』


ははっとミハイルは笑う。


「お願いね」


『任せてよ、でもこの通信も傍受される可能性があるからそろそろ切るよ。10分後には移動できるように準備しといて、必要なものはこっちで揃えるから身ひとつで構わないよ。バーイ』


通信が切れる。

ラウンジには、雨の音だけが残った。

ポポはゆっくり立ち上がる。


「ごめんネ」


誰に向けた言葉か分からなかった。


「お兄ちゃん…」


「大丈夫、アナたちに手は出させないよ」


ポポの声は優しかった。

でも、その奥には静かな怒りが燃えていた。




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