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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第百九話 雨



ポポはバイクに乗って出ていった。

「大丈夫だヨ」と笑っていた声はいつもの調子だった。

でも、ロッキーにはどうしてもその背中が軽く見えなかった。

夕方になる頃、雨が降り出した。

最初は細い雨だった。

けれど、空が暗くなるにつれて雨足は強くなりギルドハウスの窓を叩く音がラウンジに響くようになった。

ロッキーはグレイを撫でながら何度も入口の方を見た。


「ポポ、遅いね」


「わふ…」


グレイも落ち着かない様子で耳を伏せている。

その時だった。

外からバイクの音がした。

乱れたエンジン音、急いで止まるブレーキ。

ロッキーが立ち上がるより早く、扉が開いた。

入ってきたポポは、ひどい有様だった。

髪も服も雨で濡れ、肩や腕には擦ったような跡がある。

いつもの朗らかな笑みはない。

そしてその後ろに、ポポの上着を羽織った女性がいた。

細い肩を震わせ、腕の中には小さな赤ん坊を抱いている。

濡れた髪が頬に張りつき、顔色は真っ青だった。

その足元には4歳くらいの女の子。

小さな手で女性の服を掴み、雨に濡れたまま震えている。


「ポポ…?」


ロッキーが声をかける。

ポポは一瞬だけロッキーを見た。

その目が、いつものポポじゃなかった。


「ターニャ、頼むネ」


低い声だった。

ターニャはすぐに立ち上がる。


「ビアンカ、タオルとお風呂を準備して」


「分かったわ」


ビアンカは一瞬で動いた。

ターニャは女性の前へ行き、できるだけ柔らかい声で言う。


「大丈夫、ここは安全よ。まず温まりましょう」


女性は何か言おうとしたが、唇が震えるだけだった。

腕の中の赤ん坊が小さく泣く。


「アナ」


ポポが妹の肩に手を置く。


「行くヨ、ターニャたちに任せるネ」


「でも…アルトゥールが…」


かすれた声だった。

それを聞いた女の子が、堰を切ったように泣き出した。


「お兄ちゃんは?お兄ちゃんはどこ?」


「ララ…」


アナが泣きそうな顔で娘を見る。


「お兄ちゃんも来るの?ねぇ、ポポ、お兄ちゃんは?」


ララはポポの方を見る。

ポポは膝をつきララの目線に合わせた。

顔は笑っていた。

でも目だけが笑っていなかった。


「ララ、まずお風呂に入るネ。寒いでしょ」


「やだ、お兄ちゃん」


「迎えに行く」


ポポは静かに言った。


「ポポが迎えに行くヨ」


ララは泣きながら、まだ何か言おうとした。

けれどターニャがそっと毛布で包み、ビアンカがアナの背を支える。


「大丈夫、赤ちゃんもすぐ温めましょう」


「こっちよ、濡れた服は脱がせるわ」


アナとララ、そして赤ん坊はターニャとビアンカに連れられて奥へ向かった。

廊下にララの泣き声が小さく残る。


「お兄ちゃん…」


その声が消えるまで誰も動かなかった。




ーーーーーーーーーー




ラウンジに残ったポポは濡れたまま立っていた。

ロッキーはタオルを持って近づく。


「ポポ、これ」


「ありがとネ」


ポポは受け取ったが、拭こうとはしなかった。

ソロも、バイオレットも、Jr.も集まってきていた。

誰も言葉を挟めない。

ポポは濡れた前髪をかき上げ、深く息を吐く。


「アナから連絡が来て、家に行ったヨ」


声は落ち着いていた。

落ち着きすぎていた。


「最近、義母の様子が変だっていうからネ。そして会いに行って話聞いてたら、星の環の集会にしつこく誘われてるって話だったよ」


ロッキーの手が止まる。


「星の環…」


あのチラシ。

金の輪の中に星。

みんな笑顔に。

手を取り合って。

平等な世界へ。


ポポが言う。


「そのチラシの団体ネ」


「…あれが?」


「そう」


ポポの声は低かった。


「最初は“ママ友探しの集まり”って言ってたらしい。子供達はお菓子がもらえる、友だちができるって」


Jr.が舌打ちする。


「最悪だな」


「アナはガエルを妊娠してたし家から出ることも少なかったし、ララもアナにベッタリだったから最初の数回しか行ってなかったらしいネ。でも、気づいた時にはアルトゥールはほとんど向こうに取られてた」


ロッキーは息を呑んだ。


「取られてたって…」


「家に帰りたがらない、義母の言うことしか聞かない、星の環の人を“家族”って呼ぶ。アナが集会に行くことを止めようとすると泣いて嫌がる」


ポポの拳が静かに握られる。


「アナも少し入ってる」


「え?」


「洗脳、というほどじゃないかもしれない。でも、怖がってるのにまだ“向こうにも良い人はいる”って言う。“祝福は悪いものじゃない”って言う」


ポポは雨で濡れた床を見た。


「そう言うようにされてる」


バイオレットの目が冷たくなる。


「子どもから囲ったのね」


「そうネ」


ポポは短く答えた。


「アルトゥールは6歳、優しくされたら信じる。お菓子をもらったら喜ぶ、自分だけ特別だって言われたら嬉しくなる」


ロッキーの胸が重くなる。

さっき見たララの泣き顔が頭から離れない。


「今日はアナとララとガエルを連れてくるだけで精一杯だった。アルトゥールまで無理に連れ出そうとしたら、もっと大きな騒ぎになってたヨ」


「ポポ、怪我は?」


ターニャが戻ってきて、ポポの腕を見る。


「大したことないネ、ちょっと旦那殴っただけよ」


「大したことあるかは私が見るわ」


「あとでいいヨ」


「今」


いつものやり取りのはずなのに、少しも軽くならなかった。

ポポはターニャの顔を見て、少しだけ息を吐く。


「分かったネ」




ーーーーーーーーーー




しばらくして、風呂から上がったララがターニャに連れられて戻ってきた。

乾いた服に着替えて髪も拭かれている。

けれど、顔はまだ不安でいっぱいだった。

アナと赤ん坊のガエルは奥の部屋でビアンカが見ているらしい。

ララはポポを見ると駆け寄ろうとしたが、途中で知らない大人たちに囲まれていることに気づき足を止めた。


「……」


小さな体が強張る。

ロッキーはそれを見て、ゆっくりしゃがんだ。


「ララちゃん」


ララはびくっとする。

ロッキーは無理に近づかず、隣にいたグレイの背をそっと撫でた。


「この子グレイっていうんだ」


「…おおかみ?」


「うん、でも優しいよ」


グレイはロッキーの合図を待って静かに伏せた。

鼻先をララに向けず、体を低くして怖がらせないように。


「グレイ、待て」


「わふ」


小さく返事をする。

ララの目が少しだけ動いた。


「…ほえた」


「お返事したんだよ」


ロッキーが笑う。


「触ってみる?嫌だったら見てるだけでもいいよ」


ララは迷っていた。

泣きすぎて赤くなった目でグレイをじっと見る。

グレイは動かない。

ただ、じっと待っている。

やがてララは、小さな手をおそるおそる伸ばした。

指先が、グレイの背中の毛に触れる。


「…ふわふわ」


「でしょ」


ロッキーの声がやわらかくなる。


「グレイ最近依頼で頑張ってるんだ、すごいんだよ」


「わふ」


グレイは自慢げに鳴いた。

ララの口元が、ほんの少しだけ揺れる。


「…グレイ、こわくない?」


「怖くないよ」


ロッキーは言った。


「でも強いよ。だから守ってくれる」


ララはグレイの毛をそっと握った。

涙がまた一粒落ちる。


「お兄ちゃんも…守ってくれる?」


ロッキーはすぐに答えられなかった。

その代わり、ポポが静かに近づいてきた。

しゃがんでララの前に座る。


「守るヨ」


「ほんと?」


「ほんと」


ポポはララの髪をそっと撫でた。


「アルトゥールも迎えに行く。ララもガエルもアナも助ける。ここは安全ネ」


「ポポ…」


ララはポポに抱きついた。

ポポはその小さな体を受け止める。

いつもの大きな腕で、壊れものみたいにそっと抱きしめる。


「大丈夫」


ポポは言った。


「大丈夫ヨ」


でもロッキーには、その声が自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。




ーーーーーーーーーー



ララは少し落ち着いたあと、グレイによりかかったまま眠り始めた。

小さな手はまだグレイの毛を握っている。

グレイは動かなかった。

ロッキーが小声で言う。


「グレイ、えらいね」


その向こうで、ポポは星の環のチラシを見ていた。

ロッキーが持って帰ったあのチラシ。


金の輪の中の星。


“みんな笑顔に”

“手を取り合って”

“平等な世界へ”


ポポはその文字をジッと見つめていた。




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