第百六話 回復魔法③
回復魔法を覚えてからというもの、ロッキーはすっかりそれに夢中になっていた。
最初はほんの小さな擦り傷、次は切り傷。
それから、包丁で切った浅い傷や、転んで擦った膝、紙で切った指先。
小さいものばかりだったけれど、少しずつ治せるようになっていくのが嬉しくてたまらなかった。
できなかったことができるようになる。
誰かの痛いを自分の手で少し減らせる。
それがロッキーにはたまらなく嬉しかった。
ただただ嬉しかったのだ。
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一番最初の被害者はJr.だった。
というよりJr.が一番ちょうどよかった。
ガレージ仕事をしているとどうしても手や腕に細かい傷が増える。
金属の端で擦る、工具でぶつける、熱い部品に触れかける、紙みたいに薄い切り傷も多い。
ロッキーはJr.を見つけるたびすぐに飛んでくるようになった。
「Jr.!」
「何だよ」
「怪我してる!」
「これか?いつものだろ」
「なおさせて!」
Jr.は少しだけ眉をひそめた。
「別にこれくらいーー」
「なおさせて!」
ロッキーの圧が強い。
「…小さいのだけな」
「やった!」
ロッキーはJr.の手を両手で包むように持った。
そして真剣な顔で魔力を流す。
淡い光、Jr.の指先の小さな傷が少しずつ薄くなっていく。
「…おぉ」
「どう?」
「治ってるな」
ロッキーの顔がぱっと明るくなる。
「よかった」
それから、ロッキーは見つけるたびにやるようになった。
「Jr.、手!」
「またかよ」
「なおさせて!」
「今工具持ってんだけど」
「それ終わったら!」
「…はいはい」
最初は付き合っていたJr.もだんだん鬱陶しくなってきた。
ガレージの奥で部品を磨いている時。
「Jr.、それも切ってる」
「これはもう治りかけだ」
「でもなおせるよ」
「いい」
「ちょっとだけ!」
「ロッキー」
「はい」
「うるせぇ」
ロッキーはしょんぼりする。
「だって、練習したいし…」
「他でやれ」
「Jr.がちょうどいいのに」
「何がちょうどいいんだよ」
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逆に、妙に協力的だったのがバイオレットだった。
最初はロッキーから声をかけたのだ。
「ヴィオ、そこ怪我してる」
バイオレットは自分の手の甲を見た。
剣の手入れ中にできた小さな切り傷だった。
「これ?」
「うん、なおさせて」
バイオレットはほんの少しだけ間を置いてから、手を差し出した。
「…お願いするわ」
ロッキーは嬉しそうに両手でその手を包んだ。バイオレットはじっと見ている。
ロッキーの手は温かくて、少しだけ不器用に傷の近くを包み込む。
光が灯り、傷が薄くなる。
「どう?」
「治ってる」
「よかった!」
その翌日、バイオレットがやってきた。
「ロッキー」
「ん?」
「少し切ったのだけど」
差し出されたのは、また手だった。
しかも本当に小さい傷。
ロッキーはぱっと顔を明るくする。
「なおす!」
また翌日、その翌日も。
バイオレットは怪我をしたと言ってはロッキーの元にやってきて、ロッキーは喜んでその怪我を治していた。
その様子をJr.が横から見ていて眉を寄せた。
「…手ばっかじゃん」
バイオレットは無表情でJr.を見る。
「悪い?」
「わざとか?」
「なんのこと」
「絶対やってるだろ」
「してない」
ロッキーはそんな空気に気づかず、真剣にバイオレットの手を包む。
「ヴィオ、最近よく手を切るね」
「そうね」
「気をつけてね」
「えぇ」
バイオレットはほんの少しだけ目を細めた。
手をぎゅっと包んでもらう、その時間が少し好きだった。
もちろんそんなことは言わないし、ロッキーも気づくわけがなかった。
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他のメンバーにもロッキーはちょこちょこ声をかけていた。
「ビアンカその指」
「え?あぁ針で刺しただけよ」
「なおさせて!」
「あなたに言われると断りづらいわね」
ターニャにも。
「ターニャさん、それ紙で切ってる」
「本当ね」
「なおす!」
「えぇ、お願い」
ソロにも。
「ソロ、それ擦れてる」
「気にしてない」
「なおしたい」
「…好きにしろ」
「やった」
ポポにも。
「ポポ、これどうしたの?」
「昨日ちょっとネ」
「なおす!」
「ありがとうネ」
グレイの小さな擦り傷もやってみる。
「グレイ、じっとしててね」
「わふ…」
ロッキーの回復魔法は明らかに上達していた。
魔力の流し方も加減も、前よりずっと安定している。
けれどその分、ロッキーが調子に乗っているのも分かった。
できるのが嬉しい。
治せるのが嬉しい。
みんなが「ありがとう」と言ってくれるのが嬉しい。
ロッキーはそれが嬉しくてまたやる。
やれば上達する。
上達するともっとやりたくなる。
その繰り返しだった。
しかしロッキーの先生であるライリーは、そんな彼にひとつだけ大事な説明をするのを忘れていた。
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その日は、午前中にビアンカの指先、Jr.の手首、ソロの腕。
昼にポポの腕の擦り傷、バイオレットの手の甲、ついでに自分の小さな切り傷まで治していた。
そして夕方、ライリーが遊びに来ていて、ロッキーは自分の成長を見せようと豆をいくつか成長させたり、グレイの肉球にできた擦り傷を治していた。
それはライリーを見送るためグレイを抱えて立ち上がった時だった。
立ち上がった瞬間、ロッキーのからだがふらりと揺れる。
「…ロッキー?」
近くにいたターニャが資料から顔を上げる。
「なにこれぇ」
声が少し変だった。
Jr.がすぐに顔を上げる。
「おい、どうした」
ロッキーは自分のこめかみを押さえる。
「きもちわるい」
視線が定まっていない。
「しかいが…ぐるぐるするよ」
「わふ!?」
グレイが慌てて飛び降りる。
ロッキーはその場でへたりこみそうになり、Jr.がすぐに支えた。
「おい、座れ」
「え、え、なにこれ」
ロッキーは本気で混乱していた。
顔色が悪い、呼吸は荒くないが焦点が合っていない。
ターニャがすぐに脈を取る。
「熱はない…」
「立ちくらみかしら、貧血 ?」
その時、ライリーが静かに口を開いた。
「あ」
全員がそちらを見る。
ライリーは一瞬だけ黙ったあと、ぽつりと言った。
「…説明忘れてた」
ライリーは少しだけ目を伏せる。
「回復魔法、やりすぎると魔力切れになる」
「…それね」
ターニャは頷く。
ロッキーはぐるぐるする視界の中でかすれた声を出した。
「先に言ってよぉ…」
ライリーは素直に頷いた。
「…ごめん」
「今まで知らなかったのも驚きだがな」
Jr.が呆れたように言う。
「豆の時はそんなに消費しなかったから」
「最近は人ばっか治してたからネ…」
ポポが苦笑する。
バイオレットは静かにロッキーを見る。
「今日は何人治したの?」
ロッキーは指を折ろうとして途中でやめた。
「…いっぱい」
「でしょうね」
ターニャがため息をついた。
「完全に魔力切れね、少し休めば戻るわ。でもしばらく回復魔法は禁止よ」
「はいぃ」
ライリーがロッキーの前にしゃがむ。
「説明忘れててごめんなさい」
「ううん、俺も調子に乗りすぎた」
そう言ってフニャッと笑う。
グレイがロッキーの膝に前足をかける。
「わふ」
ロッキーはへろへろのままその頭を撫でた。
「グレイ…ぐるぐるするよ…」
「わふ」
「こんどからほどほどにしなきゃね」
「わふ!」




