第百五話 回復魔法②
「回復魔法は、治癒力を高めるもの」
Pegasusのギルドハウスの片隅で、ライリーはそう言った。
ロッキーは隣に座り、真剣な顔で頷いている。
隣ではグレイが伏せていて、ライリーの肩にはコットンが丸くなっていた。
「治癒力を高める…」
「うん、細胞の増殖…成長を助けるの。だから、練習にはこれ」
そう言って、ライリーは小さな袋から何かを取り出した。
ころん、とロッキーの掌に落ちたのは、豆だった。
「豆?」
ロッキーは目を瞬かせる。
ライリーは頷いた。
「これを成長させるイメージ」
「豆を?」
「うん」
ロッキーは掌の豆を見る。
回復魔法というから、もっと光らせたり、傷に手を当てたりするところから始まると思っていた。
けれど、ライリーは真面目な顔で豆を指差している。
「最初は大変だと思う。魔力の流れを掴んだり、加減を覚えるのが」
「加減?」
「強すぎると変に伸びたり豆が耐えられなくなって割れたりする。弱いと何も起きない」
「…難しそう」
「難しい」
ライリーはあっさり言った。
「でも、ロッキーならできると思う」
ロッキーは顔を上げた。
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ頑張る」
ロッキーは豆を両手で包む。
「魔力をそっと流すだけ」
「流す…」
「豆を起こす感じ、無理に力を込めない」
ロッキーは目を閉じた。
手の中の小さな豆。
眠っているもの。
殻の中で光を待っているもの。
そこに、ほんの少しだけ魔力を流すイメージ。
けれど、何も起きない。
「…変わらない」
「最初はそう」
「俺下手?」
「まだ始めたばかり」
ライリーの声は静かだった。
「毎日少しずつやるといい」
「うん」
「やりすぎると疲れるからほどほどに」
「分かった」
ロッキーは大事そうに豆を見つめた。
「芽、出したいな」
「すごい回復魔法を使える人は木も生やせたりする」
「え、木を!?」
「うん、木属性魔法は回復魔法の応用だったりする」
「ライリーもできるの?」
「私は…」
そう言って豆に手をかざす。
芽が出たと思ったらそのまま伸び、蕾ができて花が咲いた。
「これくらい」
「…すごい」
「…とても疲れる」
「疲れるんだ」
そう言って2人は笑った。
ーーーーーーーーーー
それからロッキーは、暇を見つけては豆を握るようになった。
依頼の合間。
休憩中。
寝る前。
ロッキーは小さな豆を両手で包み、じっと魔力を流した。
「起きて…」
小さく呟く。
けれど、豆はなかなか変わらない。
魔力を強く流すと手の中が熱くなりすぎる。
弱くすると何も起きない。
「むずかしい…」
そこにターニャが通りかかった。
「あら、回復魔法の練習?」」
「うん、でも難しくて」
「懐かしい、私も最初もそうやって練習したわ〜」
「…すごい回復魔法を使える人は木を生やせるって聞いたんだけど、ターニャさんも木を生やしたりできるの?」
「庭の真ん中に木が生えてるじゃない?」
「ベンチのところ?」
「えぇ、あれ私が生やしたの」
「えっ!?」
「うそ」
「えっ」
「ふふ、それもうそ」
「どっち〜」
「さぁ、どっちでしょうねぇ」
ふふっと笑いながらターニャは立ち去っていった。
「ターニャさんてたまにあぁいうとこあるよね」
「わふ」
ーーーーーーーーーー
ーー1週間後。
ロッキーはPegasusのギルドハウスへ走っていた。
tiny ride model G 2号機をハウスの前に停めるなり、グレイと一緒に中へ入る。
「お邪魔します!ライリー!」
呼ばれて、ライリーが顔を出した。
「…ロッキー?」
「見て!」
ロッキーはポケットの中に手を突っ込み何かを取り出した。
広げた手のひら、そこには細い緑の芽が生えた豆があった。
ライリーの目が少しだけ大きくなる。
「出た」
「うん!」
ロッキーは嬉しそうに笑った。
「すごい」
「ほんと?」
「うん、ちゃんと成長してる」
「もうコツ掴んだよ、見て」
ロッキーは新しい豆をひとつ取り出した。
両手で包み、息を整え目を閉じる。
少しだけ光が灯る。
しばらくして、豆の表面がぷくりと膨らみ細い芽が顔を出した。
「ほら!」
続けてもうひとつ。
また、芽が出る。
「できるようになった!」
ロッキーはぱっと顔を上げた。
ライリーは静かに見ていた。
けれど、その目は少し嬉しそうだった。
「早い」
「たくさん練習したから」
ロッキーは嬉しそうに笑った。
「次は?」
ライリーは少し考える。
「今度は人でやってみようか」
ロッキーの顔が固まった。
「人?」
「小さい傷だけ」
「失敗したらどうしよう」
「失敗しても大丈夫、怪我するわけじゃない」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶん!?」
その時、ちょうどフランキーが廊下の向こうからやってきた。
「何してんだ?」
ライリーはフランキーを見るとスッと近づいていった。
「フランキー、腕見せて」
「あ?」
「怪我を探す」
「何でだよ」
ライリーはフランキーの腕を取り、手の甲や肘を確認する。
「…ここ」
指差したのは、手の甲にある小さな擦り傷だった。
「こんなの怪我のうちに入んねぇよ」
「ちょうどいい」
フランキーはロッキーを見る。
「お前がやんの?」
「はい」
ロッキーはなぜか姿勢を正した。
「失礼します!」
「礼儀正しい奴だな」
ライリーがロッキーの手を取って、フランキーの手の近くへ誘導する。
「まだ慣れてないから手でちゃんと持って、なるべく傷に近い場所で包むように」
「包むように…」
「強く握らない。豆の時と同じ、傷が奥から少しずつ塞がるイメージ」
「うん」
ロッキーはフランキーの手を両手で包む。
フランキーが少しだけ眉を上げた。
「手、あったけぇな」
「えっ、すみません」
「謝ることじゃねぇだろ」
ロッキーは深呼吸した。
豆の時と同じ、無理に治すんじゃない。
そこにある力を、少しだけ助ける。
淡い光が、ロッキーの手元に灯った。
フランキーの傷の周りが、じわりと熱を持つ。
「……」
ロッキーは集中している。
ライリーも黙って見ていた。
数秒後ーー。
フランキーがぼそっと言った。
「…なんかかゆいな」
ロッキーの集中が一気に切れた。
「えっ」
ぱっと手を離す。
「かゆい!? だ、大丈夫ですか!?」
「なんかむずむずする」
ロッキーは不安そうにライリーを見る。
「失敗?」
「違う」
ライリーはフランキーの手の甲を見る。
擦り傷は、さっきより明らかに薄くなっていた。
「痒いのはいいこと、むずむずしたりするものなの」
「ほんとに?」
「うん、治ってる」
ロッキーはフランキーの手を見る。
「…ほんとだ」
傷は完全には消えていない。
けれど赤みは引いて皮膚が少しだけ戻っている。
「できた…?」
ライリーが頷いた。
「できてる」
ロッキーの顔が、じわじわと明るくなる。
「できた!」
フランキーは自分の手を見ながら、にやりと笑う。
「へぇ、やるじゃんルーキーくん」
「ほんとですか?」
「あぁ、ちょっとかゆかったけどな」
「ありがとう、ライリー」
「私は教えただけ」
「でも、ライリーが教えてくれたからできた」
ライリーは少しだけ視線を逸らした。
「…うん」
ロッキーは自分の手を見た。
まだ小さな擦り傷を少し治せるだけ。
でもできた。
何もできないよりずっといい。
「もっと練習する」
「…うん、応援してる」




