第百四話 回復魔法
ロッキーがまたバイクに乗れるようになったと聞いた時、ライリーはほんの少しだけ目を丸くした。
「…もう乗れるの?」
「うん!」
ロッキーは嬉しそうに頷いた。
「この間ダンたちと海に行ってきたんだ。グレイ、初めての海だったんだよ」
「わふ」
グレイは得意げに胸を張る。
ライリーの肩にいたコットンが、白い耳をぴくりと動かした。
「…海」
「うん。グレイ、最初は波にびっくりしてた」
「見たかった」
ライリーがぽつりと言う。
ロッキーは少しだけ笑った。
「今度、一緒に行く?」
ライリーは一瞬だけ黙った。
そして、少し視線を逸らす。
「…海じゃなくてもいいなら」
「うん?」
「ツーリング」
ロッキーの顔がぱっと明るくなる。
「行きたい!」
返事が早すぎて、ライリーは少しだけ瞬きをした。
「…ほんとに?」
「うん。ライリーとコットンと行くの楽しそう」
グレイも「わふっ」と鳴いた。
コットンはライリーの髪の中から顔を出しグレイをじっと見ている。
ライリーは小さく頷いた。
「じゃあ、今度」
ーーーーーーーーーー
約束の日、ロッキーはtiny ride model G 2号機で待ち合わせ場所に向かった。
青い車体はきれいに磨かれていて、サイドにはグレイ用のシート。
グレイは専用の固定具をつけ、尻尾を揺らしながら座っている。
「グレイ、今日はライリーとコットンと一緒だよ」
「わふ」
少し遅れて、低いエンジン音が近づいてきた。
ロッキーが顔を上げる。
黒い二輪バイクだった。
全体は黒でまとめられていて装飾は少ない。
けれど手入れは行き届いている。
ライリーは近くに来ると静かにブレーキをかけた。
黒いジャケット、その胸元が少しもぞもぞ動く。
「…コットン?」
「中にいる」
ライリーがジャケットの前を少し開けると、白い小さな顔がひょこっと出てきた。
「走ってる時飛ばないように」
「かわいい…」
「…うん」
ライリーは少しだけ頷く。
ロッキーはバイクを見て、目を輝かせた。
「ライリーのバイク、古いタイプだけどよく手入れされてるね」
「わかるの?」
「Jr.のガレージでいろんなの見てたから」
「そっか」
ライリーはハンドルに触れる。
「エンジン音が好きだから」
短い答えだった。
でも、それだけで十分だった。
ロッキーは少し笑う。
「そっか、確かにいい音だね」
ライリーがほんの少しだけ目を伏せた。
「…うん」
「じゃあ、行こうか」
「うん」
2台はゆっくり走り出した。
ーーーーーーーーーー
道は街を抜け、丘の方へ続いていた。
風が冷たい。
けれど、空はよく晴れている。
ロッキーはtiny rideのハンドルを握りながら、時々グレイを見る。
ライリーは黒いバイクで、一定の距離を保って走っていた。
無理に前へ出るわけでもなく遅れるわけでもない。
ロッキーの速度に合わせてくれているのが分かる。
コットンはジャケットの中、たまに白い耳だけが出てすぐ引っ込む。
グレイは横で風を受けながら楽しそうに鼻を鳴らしていた。
「グレイ、楽しい?」
「わふっ」
声が風に流れる。
隣でライリーが少しだけ笑ったように見えた。
目的地は、丘の上の小さな広場だった。
遠くに森が見えて下には川が光っている。
人は少なく、ピクニックをするにはちょうどいい場所だった。
2人はバイクを停めた。
ロッキーがグレイの固定具を外すと、グレイはすぐに草の上へ降りた。
「わふ!」
コットンもライリーのジャケットから出てきて肩に乗り、周囲をきょろきょろ見る。
「ロッキー、疲れてない?」
「大丈夫だよ」
ライリーは小さな敷物を広げた。
ロッキーも持ってきた軽食を並べる。
サンドイッチに果物、グレイ用のお肉、そしてコットン用の小さなおやつ。
「コットン、これ食べられる?」
「うん」
「よかった」
グレイは自分のお肉の前できちんと座っている。
ロッキーが笑った。
「待て…よし!」
グレイはぱくりと食べた。
その様子を、ライリーがじっと見ている。
「…ちゃんと待つんだ」
「訓練したんだ。最近、依頼にもつれていくようになって」
「えらい」
「グレイ、褒められてるよ」
「わふ」
グレイは胸を張った。
少しして、ロッキーは端末を出した。
「ちょっとだけ配信してもいい?」
ライリーは小さく頷く。
「…映らなくていいなら」
「分かった、グレイとコットン中心にするね」
「それなら」
ロッキーは配信を始めた。
「こんにちは!今日はツーリングに来てます。グレイとコットンも一緒です」
画面にグレイが映る。
『グレイだ!』
『ツーリング復帰おめでとう!』
『コットン!?』
『コットンいる!』
『てことはライリーさんも一緒?』
『癒し空間すぎる』
コットンはライリーの膝の上で小さく丸くなっている。
グレイは隣で伏せて、時々コットンの匂いを嗅ごうとしてはロッキーに止められていた。
「グレイ、だめだよ」
「わふ」
『グレイ聞き分けいい』
『成長してる!』
『顔も狼になってきたな』
『コットン小さすぎてかわいい』
ロッキーは楽しそうにコメントを読み上げる。
ライリーは画面には映らない位置にいたが、たまにコットンを撫でる手だけが映る。
『その手ライリーさん?』
『コットン撫でる手つき優しい』
『ペット仲間尊い』
「ライリー、コメントでコットンかわいいって」
「…うん」
「照れてる?」
「照れてない」
声だけ少し小さく入った。
コメントが一気に流れる。
『声かわいい』
『照れてる』
『これは照れてる』
『ロッキーとライリーの空気いいな』
『マイナスイオン出てる』
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配信を終えてしばらくすると、風が強くなってきた。
ロッキーは少し肩をすくめる。
ライリーが気づいた。
「寒いの?」
「ん…少し」
「上着、足りない?」
「いや、バイクに乗ってる時に首元に風が入ってきて」
ロッキーは何でもないことみたいに言った。
「なんかちょっと寒いね」
ライリーはロッキーの首元を見た。
「…そう」
「でも大丈夫だよ」
「うん」
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次に会った時、ライリーは小さな包みを持ってきた。
「ロッキー」
「ん?」
「これ」
差し出された包みをロッキーは両手で受け取る。
「なに?」
「開けて」
中に入っていたのはネックウォーマーだった。
柔らかい毛糸で編まれている。
色は落ち着いた青灰色。
派手ではないけれど、tiny rideの青にも、グレイの毛色にも合いそうだった。
「え…これ、くれるの?」
「うん」
「買ったの?」
「編んだ」
ロッキーは目を丸くした。
「ライリーが?」
「うん」
「すごい!」
ロッキーはすぐに首につけた。
柔らかくてあたたかい。
「わ、あったかい!」
顔がぱっと明るくなる。
「すごい、風入ってこない!めちゃくちゃいい!」
ライリーは少しだけ視線を逸らす。
「…よかった」
「ありがとうライリー」
「うん」
「大事に使うね」
「うん」
ロッキーは嬉しくて、何度もネックウォーマーに触れた。
グレイが匂いを嗅ぐ。
「グレイ、これは俺のだよ」
「わふ」
「きゅっ」
コットンはライリーの肩からロッキーの肩へ飛び乗り、ネックウォーマーをじっと見る。
「コットンも気になる?」
「きゅっ」
「…編んでる時に毛糸で遊んでたから…」
「とられたと思ったのかな」
「かも」
「これは俺のだよ、コットン」
「コットン、こっちおいで」
ライリーが手を出すが動かない。
「きゅっ」
自分が遊んでいた毛糸が、なぜこの男の首にあるのかというように納得いかなさそうに見ている。
「困ったなあ…」
「…コットン、ほらここ」
ライリーがヘルメットをひっくり返してポンポンと叩くと、飛び移り中に入っていった。
「あきらめてくれた?」
「うん、ここはコットンのお気に入りの場所」
「そうなんだ、かわいいねコットン」
「きゅっ」
コットンはネックウォーマーよりもライリーの匂いのする場所の方が安心したのか、ヘルメットの中で丸くなっていた。
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その日も2人はツーリングで山に遊びに来ていて、夕方頃にロッキーは帰る準備をしていた。
ネックウォーマーは首につけたまま、よほど気に入ったらしい。
ライリーは近くでコットンを抱いていた。
「いてっ」
小さな声。
ロッキーの指先から赤い線がにじんだ。
金具の端で切ってしまったらしい。
「切った?」
ライリーがすぐ近づく。
「ちょっとだけ」
「見せて」
「大丈夫だよ、これくらい」
「見せて」
静かな声だったが、断れない強さがあった。
ロッキーは素直に手を出す。
ライリーはその指先に触れないように両手で優しく包む。
淡い光がふわりと灯る。
手をよけた頃には傷口がすっと塞がっていった。
「え」
ロッキーは目を丸くする。
「ライリー、回復魔法使えるんだ!?」
「…少しだけ」
「すごいよ!俺、できないもん」
ライリーはロッキーの手を離し少しだけ黙った。
「……」
「俺もできたら便利だろうなぁ」
何気ない一言だった。
ライリーはロッキーを見る。
「…覚えてみる?」
「え?」
ロッキーが顔を上げる。
「教えてくれるの?」
「うん」
「俺にもできるかな」
「頑張ったら、できると思う」
ライリーの声は小さかったけれどまっすぐだった。
ロッキーは自分の指を見る。
もう傷はない。
「回復魔法…」
「最初は小さい傷から」
「…でもできたら便利だよね、依頼中とか誰かが怪我した時とか」
「うん」
「グレイのためにも覚えたいな」
ライリーは少しだけ目を細めた。
「じゃあ、今度教えてあげる」
「いいの?」
「うん」
「…ありがとう!よろしくお願いします」
「うん」
「ライリー先生」
「…先生呼びやめて、恥ずかしいから」
ロッキーが笑うと、ライリーもほんの少しだけ口元を緩めた。




