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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第百話 野生



グレイと暮らすようになって4ヶ月ほどが経っていた。

最初は腕の中にすっぽり収まるほど小さかった体も、今ではずいぶん逞しくなっている。

まだ幼さは残っている。

丸い目も、甘える仕草も、ロッキーの後ろをついて回るところも変わらない。

けれど、鼻先は少しずつ伸び、脚も長くなり、ふとした瞬間に「子ども」では済まない獣らしさが見えるようになっていた。

牙も生え変わり、白く鋭くなってきた。

力もついてきて、前みたいな甘噛みでも、最近は普通に痛い。

ロッキーはそれでも「かわいい」で済ませていた。




ある日の昼。

ロッキーが依頼で出ていて、ギルドハウスにはJr.とグレイだけがいた。

Jr.はガレージの奥のソファで昼寝をしている。

工具の油の匂いと、静かな昼の空気。

グレイはしばらくおもちゃで遊んでいたが、だんだん退屈してきたらしい。

ソファへ近づき、眠っているJr.を見上げる。


「わふ」


反応はない。

前足でソファをかりかりする。

やっぱり起きない。


「わふっ」


グレイは少し考えてから、いつものように甘えるつもりでJr.の手首にじゃれついた。

がぶ。


「っ、いってぇ!!!」


Jr.が飛び起き、ソファから半分転げ落ちながら手首を押さえる。


「このっ…!」


グレイはびっくりして一歩下がった。

悪いことをした自覚はない。

ただ遊んでほしかっただけだ。


「くぅん…」


Jr.は顔をしかめながら手首を見る。

血はうっすら滲んでいる。

深くはない。

けれど、完全に「甘噛み」で済む強さではなくなっていた。


「…あー、だめだなこれ」


Jr.は低く呟いた。

グレイは首を傾げたまま、尻尾を少しだけ振る。


「お前なぁ…」


Jr.はため息をつき、無事な方の手でグレイを撫でながら噛まれた手首を軽く振った。


「そのうちマジで洒落になんなくなるぞ」




ーーーーーーーーーー




ーー夕方。


依頼から帰ってきたロッキーはハウスに入るなりJr.に呼び止められた。


「ロッキー」


「ん?」


「こっちこい」


「どうしたの?」


言われるがままにガレージへと向かう。


「座れ」


「えっ」


いつになく低い声だった。

ロッキーは言われるまま椅子に座る。

その足元ではグレイがいつも通り尻尾を振っていた。


「どうしたの?」


Jr.はロッキーの前に立ち、腕を組んだ。


「訓練しろ」


「俺は訓練してるよ」


「お前じゃねぇよ」


Jr.がグレイを指差す。


「グレイだ」


「…えっ」


ロッキーは足元のグレイを見る。

グレイは「わふ?」と首を傾げた。

Jr.は噛まれた手首を見せる。


「今日、こいつにやられた」


ロッキーの顔色が変わる。


「えっ!?グレイが!?」


「遊んでほしくて噛んだだけだ」


「大丈夫なの!?」


「今はまだこれで済んでる」


Jr.は手首を軽く振った。


「でも、だからこそだ。今のうちに加減を覚えさせねぇと、こいつが可哀想なんだよ」


ロッキーは黙る。

Jr.の声は怒っているというより、真面目だった。


「愛玩動物じゃねぇんだ。シルバーウルフとしての本能だってある。いくら幼体から育ててるって言っても、野生が勝っちまったら襲われることだってあるんだぞ」


「……」


「今はまだこれで済んでるが、加減を覚えねえともっとひどくなる」


Jr.は少し言葉を選ぶようにしてから続けた。


「お前だって、グレイが戯れて飛び付いただけなのに、そのせいで相手が骨折したら嫌だろ」


ロッキーの喉が小さく動く。


「…うん」


「今、グレイはそうなりかけてる」


ロッキーは足元を見る。

グレイは何も知らずに尻尾を振り、ロッキーの膝に鼻先を押しつけてくる。


「本来ならこういう力加減は家族や兄弟で戯れながら覚える」


Jr.の声は静かだった。


「噛みすぎたら怒られる。強すぎたらやり返される。そうやって“これ以上はだめだ”を身体で覚える」


ロッキーはグレイの頭を撫でた。

グレイは嬉しそうに目を細める。


「でもグレイはひとりだ。兄弟も親もいない。だから覚えられてない」


「……」


「だから今日みたいに“構ってほしい”ってだけですごい力で噛む。誰にもやり返されないし怒られないからな」


ロッキーは何も言えなかった。

Jr.の言っていることは全部正しい。

ずっと分かっていなかったわけじゃない。

グレイが普通の犬じゃないことも、最近どんどん力が強くなっていることも、甘噛みが前より痛いことも。

でも、見ないふりをしていたのかもしれない。

可愛いままでいてほしかったから。

ロッキーのことを大好きな、甘えん坊のままでいてほしかったから。


「…俺、どうしたらいいの」


ようやく出た声は、小さかった。

Jr.は少しだけ表情を緩める。


「上下関係を示す」


「上下関係…」


「そのためにも戦闘訓練をする」


ロッキーが顔を上げる。


「戦わせるの?」


「殺し方を覚えさせろって意味じゃねぇよ」


Jr.は呆れたように言った。


「命令を聞く、止まる、待つ、狙う、離れる。そういう基礎だ」


「……」


「そうすりゃこの先の依頼だって楽になることが多い。魔獣の追い込みだって、追い払うことだってできる」


グレイは話の内容なんて分からないまま、ロッキーの足に頭を擦りつけていた。

ロッキーはその頭にそっと手を置く。


「グレイ」


「わふ」


「訓練、しようか」


グレイは元気よく尻尾を振った。

Jr.が鼻で笑う。


「お前よりやる気あるな」


「そういう言い方する?」


「事実だろ」


ロッキーは少しだけ唇を尖らせたが、すぐに真面目な顔になる。


「…わかったけど…酷いことはしないでね」


「誰に言ってんだ」


「Jr.に」


「俺はそんな雑なことしねぇよ」


「ほんとに?」


「ほんとだ」


Jr.はしゃがんで、グレイの目線まで下りた。


「なぁグレイ」


「わふ」


「お前が悪いわけじゃねぇ。教わってねぇだけだ」


グレイはきょとんとした顔でJr.を見つめる。


「だから、今から覚えろ」


「わふっ!」


元気のいい返事だった。

ロッキーはその様子を見て、少しだけ笑った。

胸の奥はまだ重かったけれど、さっきまでみたいな怖さではなかった。

これはグレイとこれからも一緒にいるための訓練だ。


「…分かった」


ロッキーは頷く。


「ちゃんとやる」


Jr.も短く頷いた。


「明日からだな」


「今日じゃないの?」


「お前依頼帰りだろ。疲れてんだから今日は話だけだ」


「やさし」


「うるせぇ」


グレイが2人を見上げて、嬉しそうに「わふ」と鳴いた。

何か楽しいことが始まるとでも思っているみたいだった。

ロッキーはその頭を撫でながら小さく息を吐く。


「グレイ、がんばろうね」


グレイは分かっているのかいないのか、頼もしく返事をした。


「わふ!」




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