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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第九十九話 海



ロッキーが正式に「完治」と言われたのは朝の診察のあとだった。

ターニャは最後にもう一度、腕の動き、足の踏み込み、体幹の反応を確認してからようやくカルテを閉じた。


「いいわ。通常の依頼も、バイクも許可します」


「ほんと!?」


ロッキーの顔がぱっと明るくなる。

足元にいたグレイも、つられて尻尾を振った。


「ただし、最初から無茶はしないこと。長距離なら休憩を挟むこと。痛みや違和感が出たらすぐ中止」


「はい!」


「返事だけは本当にいいのよね」


「ちゃんと守ります!」


そこへ、ガレージから顔を出したJr.が言う。


「tiny rideで無茶したら、次は俺が禁止するからな」


「Jr.まで?」


「俺が作ったんだぞ。調子悪いのに乗って壊したらどうする」


「大事に乗るよ」


「分かってんならいい」


ロッキーは嬉しそうにtiny ride model G 2号機を見た。

磨いて、眺めて、乗れない間もずっと大事にしていた相棒。

ようやく走れる。

その時、ふと思い出した。


「あ」


「何だよ」


「ダンと約束してた」


Jr.が眉を上げる。


「約束?」


「今度ツーリング行こうって。俺、怪我してたから行けてなくて」


ロッキーはすぐに端末を開いた。




ーーーーーーーーーー




返事は早かった。


《行こう。今日でもいいよ。》


「今日でもいいって」


ロッキーが嬉しそうに言う。

ターニャは少し考えてから頷いた。


「短時間ならいいわ。休憩は必ず入れて」


「はい!」


その後、あっという間に話はまとまった。

行き先は海。

ダンだけでなく、ジャックとリナリーも来ることになった。

グレイももちろん同行。

ロッキーはtiny rideのサイドカーにグレイを乗せ、固定シートを確認しヘルメットも丁寧に装着させた。


「グレイ、初めての海だよ」


「わふ!」


「波、怖くないといいね」


「わふっ」


Jr.が横で腕を組む。


「砂浜に直接突っ込むなよ。部品に砂噛むから」


「分かった」


「潮もちゃんと拭け、錆びる」


「分かった」


「帰ったら点検する」


「Jr.、心配してる?」


「バイクをな」


「俺は?」


「ついでだ」


「ついでかぁ」


ロッキーは笑った。

Jr.は顔を逸らす。


「…怪我明けなんだから、無理すんなよ」


「うん、ありがとう」




ーーーーーーーーーー




集合場所に着くと、ダンはすでに待っていた。

褐色の肌に赤いバンダナ。

相変わらず、少し不思議な雰囲気をまとっている。


「ロッキー」


「ダン!」


「完治、おめでとう」


「ありがとう、待たせちゃってごめんね」


「楽しみは後に残しておく方がいい」


ダンはそう言って、グレイを見る。


「グレイも元気そうだね」


「わふ」


続いてジャックが来た。


「おー、復活したな」


「うん!」


「無茶すんなよ。お前、楽しくなると周り見えなくなりそうだ」


「そんなことないよ」


最後に来たのはリナリーだった。

そして、ロッキーはそこで固まった。

リナリーが乗っていたのは、tiny rideだった。

黄色の車体、両サイドに小さなカスタムバッグがついている。


「えっ」


ロッキーが目を丸くする。


「リナリーさん、それ…tiny ride?」


リナリーは一瞬しまった、という顔をした。


「……うん」


「え、買ってくれてたの!?」


「まぁ」


リナリーは少し視線を逸らす。


「第一弾の1000台の!?」


「…うん」


「嬉しい…Jr.に言ったら絶対喜ぶよ」


「…言わなくていい」


「え、なんで?」


リナリーは少し困ったように目を逸らした。


「ガチだと思われて引かれると嫌だから」


「ガチ?」


「……」


「あ、そういえばリナリーさんグレイのファンって言ってたよね」


リナリーは一瞬で姿勢を正した。


「うん、グレイくんのファンよ」


「触る?」


リナリーの顔が一気に変わった。


「いいの?」


「もちろん」


ロッキーがグレイに声をかける。


「グレイ、リナリーさんだよ。優しくね」


「わふ」


グレイはtiny rideのシートから降りると、リナリーの前でちょこんと座った。


リナリーは膝をつき、恐る恐る手を伸ばす。

白い指先が、グレイの頭に触れた。


「…ふわふわ」


声が小さく震えていた。


「すごい、ふわふわ」


ロッキーは嬉しそうに笑う。


「でしょ」


「写真より…本物の方がずっとかわいい」


グレイが得意げに胸を張る。


「わふ」


「今、自分で分かってる顔した」


「グレイ、かわいいって言われると分かるんだよ」


「天才」


リナリーは真顔で言った。

ダンはその様子を静かに見て、少し笑った。


「出発する?」


「うん!」


グレイをサイドカーに乗せ、ロッキーはtiny rideに跨がる。

リナリーは自分のtiny ride。

ジャックは青色の大型反重力バイク。

ダンも細身の二輪駆動の赤いバイクに乗った。

4台が並ぶ。


「無理はしない」


ダンが言う。


「疲れたら止まる」


「分かった」


「海までは休憩を1回」


「はい」


ロッキーは深呼吸した。

久しぶりの走行。

少しだけ緊張する。

でも、それ以上に嬉しい。


「行こう、グレイ」


「わふ!」


tiny rideがゆっくり走り出した。




ーーーーーーーーーー




街を抜けると、風の匂いが少しずつ変わった。

土と草の匂いから、だんだん潮の匂いへ。

ロッキーはハンドルを握りながら、何度も深呼吸した。

久しぶりの風、振動、隣でグレイが楽しそうに外を眺めている姿。

リナリーのtiny rideが横に並ぶ。


「乗り心地、どう?」


ロッキーが聞く。


「いい」


「ほんと?」


「小回りが利くし、思ったより安定してる。あと可愛い」


「そこ?」


「そこが大事」


リナリーは真顔だった。


「Jr.が聞いたら喜ぶよ」


「言わなくていい」


「でも褒めてたって伝えたい」


「じゃあ、消費者として伝えておいて」


「わかった」


「グレイくんのファンとしては嬉しいって」


ジャックが後ろから笑う。


「ロッキー本人のファンでもあるくせに」


「黙って」


ロッキーは少し照れたように笑った。


「俺のファンって言われると変な感じする」


「だから言ってない」


「でも嬉しいよ」


リナリーは一瞬だけ黙った。


「…なら、少しだけ」


「うん?」


「ルーキー戦の時から、応援してる」


ロッキーは驚いて、少しだけ速度を落としかけた。


ダンがすぐに前から声を飛ばす。


「ロッキー、集中!」


「あ、ごめん!」


リナリーは小さく笑った。




ーーーーーーーーーー




海が見えた時、最初に反応したのはグレイだった。


「くぅん」


体を起こし、耳をぴんと立てる。

青い水平線、白い波、砂浜。

ロッキーも思わず声を上げた。


「海だ!」


ダンが少し先で止まる。


「ここなら人も少ない」


4台は砂浜の手前で停まった。


Jr.に言われた通り、ロッキーは砂に突っ込まずちゃんと舗装された場所でtiny rideを止めた。


「砂浜には歩いて行く」


「正解、反重力バイクは砂浜だと抜けられなくなることがあるからな」


ダンが頷く。


「え、そうなんだ」


「ジャックが前抜けられなくなってた」


「おい、バラすなよ」


グレイはシートから降りると、初めての砂に足を置いた。

ふに、と沈む。

もう一歩。

また沈む。


「わふっ」


グレイは不思議そうに前足を上げたり下げたりした。


ロッキーが笑う。


「砂だよ、グレイ」


波が近づく。


白い泡がすっと寄ってきて、グレイの足先に触れた。


「わふっ!!」


グレイはびっくりして後ろへ跳ねた。

全員が笑う。


「グレイ、これが海だよ」


「くぅん」


グレイは慎重に波を見つめている。


「川入ったことあるけど、波は初めてだもんねぇ」


ロッキーはグレイの隣にしゃがむ。


「大丈夫、怖くないよ」


グレイはロッキーの顔を見てから、もう一度波へ近づいた。


今度は逃げなかった。

波が足に触れる。


「えらい」


ロッキーが頭を撫でると、グレイは得意げに胸を張った。

ダンは砂浜に座り、遠くを見ていた。


「いい日だね」


ロッキーは海を見ながら頷く。


「うん」


怪我をして、バイクを壊されて、試合でボロボロになって、また立ち上がって。

ようやくここまで来た。

風が吹く。

グレイが波を追いかける。

リナリーがそれを撮る。

ジャックが笑う。

ダンが静かに見守る。

ロッキーはtiny rideの方を見た。

Jr.が作ってくれた2号機。

また走れるようになった相棒。


「帰ったら、Jr.に言わなきゃ」


ダンが聞く。


「何を?」


「tiny ride、海までちゃんと走ったよって」


グレイが波打ち際で「わふ!」と鳴いた。

ロッキーはその姿を見て、胸の奥がじんわり温かくなる。

完全復活、そう言われてもまだ実感は少し薄かった。

でも今、風の中でtiny rideに乗り、グレイと海を見ている。

それだけで、ちゃんと戻ってきた気がした。


「また来ようね、グレイ」


「わふ!」


白い波が、きらきら光っていた。



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