第九話 ギルド
定食屋の昼は、思ったより長く続いていた。
ロッキーはよく食べた。
肉定食を食べ終え、追加で頼んだチキンフライもきれいに平らげ、最後に出された熱いお茶を飲みほっと息を吐く。
「あー…美味しかった」
Jr.はその様子を見て呆れたように言った。
「お前、食うためにランカーになったのか?」
「それもあります」
「あるのかよ」
ポポが腹を揺らして笑う。
「素直でいいネ」
ビアンカもにこにこしている。
「でも、食べられる時に食べるのは大事よね」
「はい、山だと獲れない日はほんとに獲れないので」
そう言われると、誰も茶化せなかった。
Jr.は少しだけ目を細め、それから話題を変えるように言った。
「で、お前、ギルドに入るつもりはねぇのか?」
ロッキーは湯呑みを持ったまま固まる。
「ぎるど」
また知らない言葉が来たと言う感じだ。
Jr.は額を押さえた。
「マジで何にも知らねぇのな」
「…すみません」
「謝ることじゃねぇけどよ」
ポポが説明する。
「ランカー同士で組む組織ネ、依頼をまとめて受けたり、ギルドハウスと呼ばれる拠点を持ったり、強いメンバーを集めたりするヨ」
「へぇ…」
ロッキーは感心したように頷いた。
「皆さんはギルドに入ってるんですか?」
ポポは首を振る。
「俺たちは無所属でやってるヨ、協力するためにパーティ組んでるだけネ」
Jr.が茶を飲みながら続ける。
「ギルドに入るとめんどくせーしな、規則だの派閥だの、仕事の取り分だの」
「そういうのがあるんですね」
ビアンカが肩をすくめる。
「いいギルドもあるけどね。合わないところに入ると大変なの」
ロッキーは少し考え込んだ。
「ギルドかぁ…」
その時、ずっと黙って聞いていたバイオレットが静かに口を開いた。
「あなた、ギルドに入る気はあるの?」
ロッキーは腕を組み考える。
「んー…1人でやってても稼げるけど、仲間ができるのは心強いかも、さっきみたいな時に助けてくれる人とか」
その言い方は、ただの打算ではなかった。
自然を知っている人間の言葉だった。
1人でいることの楽さも、危うさも知っている。
「でも、俺みたいな新参者が入れるところなんてありますかね」
ロックはへらっと笑う。
「あるだろ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ」
Jr.は呆れた。
「取材だって来てんだろ?ギルドの勧誘とかも来てるはずだぜ」
「あー…“ぜひお話を”とか“お会いできますか”とか色々来てました」
「来てんじゃねぇか」
「でも、なんかよく分かんなくて怖いし断ってます」
Jr.は机に額をつけそうになった。
「なんでそこはしっかりしてんだよ」
ポポは楽しそうに笑う。
「本当に面白いネ」
ビアンカは少し心配そうに言った。
「でもそれは正解かも、何も分からないまま入るよりはいいわ」
ソロも短く頷く。
「知らない契約は危険だ」
「ですよね」
ロッキーはほっとしたように笑った。
その笑顔を見て、バイオレットはしばらく黙っていた。
そして、ふいに言った。
「…うちのギルドに入る気はない?」
空気が止まった。
ポポがにやりとする。
「おっ」
Jr.が目を見開いた。
「マジかよ」
ビアンカも驚いたようにバイオレットを見る。
「ヴィオ?」
ロックだけが、意味を掴みきれずにきょとんとしていた。
「え、みなさんギルドに入ってないんですよね?」
「まだ入ってはない」
バイオレットは淡々と言った。
「これから作ろうとしていたところ」
Jr.がすぐに突っ込む。
「まだ案の段階だったろ」
ポポが笑う。
「でもJr.、だいぶ乗り気だったネ」
「乗り気じゃねぇ、拠点の設計を少し考えただけだ」
「それを乗り気と言うのよ」
ビアンカが笑うとJr.はむすっとする。
「ギルドハウス作るなら、半端なもんにはできねぇだろ」
「ほら」
「うるせぇ」
ロッキーはそのやりとりを見ながら、少しだけ目を輝かせていた。
「ギルドって作れるんですか?」
ポポが頷く。
「条件を満たせば作れるネ、登録料、代表者、所属ランカー、活動実績、拠点予定地…いろいろあるけど」
「難しそうですね」
「難しいヨ」
Jr.が鼻を鳴らす。
「でも俺たちならできる」
ビアンカがにこっと笑った。
「ほら、やっぱり乗り気」
「うるせぇって言ってんだろ」
ロックはバイオレットを見た。
「俺が入っていいんですか?」
「いいと思ったから聞いてる」
「でも俺まだブロンズになったばかりで」
「関係ない」
「知らないことも多いし」
「覚えればいい」
「騙されやすいって言われました」
「そこは直した方がいい」
Jr.が横から言う。
「絶対にな」
ロックは少し困ったように笑った。
「ですよね」
ポポが身を乗り出す。
「俺は賛成ネ、ロック面白いし強い」
ビアンカも頷く。
「私も、放っておくより一緒にいた方が安心だわ」
ソロはしばらくロックを見て、短く言った。
「悪くない」
Jr.は腕を組んだまま、少しだけ不満そうに言う。
「まぁ素質はある、世間知らずすぎるのは問題だが」
「すみません」
「謝んな、問題なら対処すりゃいい」
ロッキーは目を瞬かせた。
Jr.は照れ隠しのように顔をそらす。
「…相場とか、契約の読み方くらいは教えてやる」
「ほんとですか?」
「放っとくとまた変な依頼受けそうだからな」
ロッキーの表情がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、Jr.さん!」
「……」
バイオレットはそんなやりとりを黙って眺めていた。
そして、再びロックに向き直る。
「無理にとは言わない」
「はい」
「1人でやりたいなら、それでもいい」
「……」
「でも、あなたは危なっかしい」
ロッキーは苦笑する。
「今日だけで何回も言われてます」
「実際そうだから」
バイオレットの声は静かだった。
「それに、あなたの動きは1人で終わらせるには惜しい」
ロックの目が少しだけ丸くなる。
「俺の?」
「そう」
バイオレットはまっすぐ見た。
「あなたはもっと強くなる」
ロックは言葉を失った。
ただ褒められたからではない。
その言い方が、なぜかとても確信に満ちていたから。
「…強くなれますかね」
「なれる」
即答だった。
ロックの胸の奥が、少し熱くなる。
祖父以外にそんな風に言われたことはなかった。
街に来てから、知らないことばかりだった。
騙されていたかもしれない。
危険地帯にも入ってしまった。
メレーで勝ったことも、自分ではどれだけすごいのかよく分かっていない。
それでも、この人たちは自分を見ている。
ロッキーは手元の湯呑みを見つめた。
「俺、まだ何も分からないです」
「うん」
「ギルドのことも、ランカーのことも、契約とか相場とかも」
「うん」
「でも…」
ロッキーは顔を上げる。
「みなさんと一緒にいたら、楽しそうな気がします」
ポポがにっと笑った。
「いい答えネ」
ビアンカも嬉しそうに頷く。
「よろしくね、ロック」
「はい!」
ロックは笑って答えた。




