見えざる敵
結城千鶴が生徒会室に姿を現したのは、放課後のチャイムが鳴って直ぐだった。ああマジ、ほんとうに来ちゃったよ。千鶴ちゃんは、さっき見たときと少し印象が変わった。長く黒い髪をまとめ、ポニーテールにしていた。何かちょっと気の強そうな印象だ。さっきの弱々した感じはなかった。よっぽど気合を入れてきたんだと、少し可笑しくなった。そこに生徒会長がぶっ飛んで来て、生徒会室に千鶴ちゃんを引きずり込んで行った。
「ようこそ、生徒会に。わたしが会長の楢崎妃乃よ。日本有数の進学校であり、そして未来有望な若人の集まる俊英多きこの『楠南学園』の頂点に立つわたしこそ、なんたって日本の未来ってわけ!んで、こっちは書記の…」
居並ぶ生徒会役員を手で示した妃乃は、なんだか得意そうだった。指された生徒会のそれは、さらに得意そうだった。
「小曾見千佳です。趣味はお守りの収集、それと写経です。よろしく~」
もはやツッコみようがない趣味だ。勝手にやってろ他人に言うな。
「で、そっちの女子が会計の…」
「大場真琴でっす!夢はアイドルで武道館!ただいまそれに向かって現在進行形!マコちゃん…カッコかわいいいカッコ閉じ…って呼んでくれたらうれしいな!」
カッコかわいいって何だよ?なんで自分で言う?
「そして広報の…」
「広報の山内譲二だ。困ったことがあったら何でも相談に乗るよ。とくに恋愛に関してはぼくほどのエキスパートはこの学校にはいないからね。まあきみほどの美人なら、ぼくの助言がとくに必要になる気がするよ…」
おまえの助言より馬の屁の方がはるかにありがたいぞ。それにエキスパートというよりエキストラだろ、おまえは。
「そして最後は生徒会副会長の…ほら、自己紹介しなさいよ」
妃乃が俺の肩をつついてそう言った。となりに座りたくない。ああ嫌だ嫌だ。俺がこんなやつらと同類だと思われるのが、すんごく嫌だ。
「やだ達樹君照れてんの?ウブねエ…なんか萌えちゃう」
「真琴ちゃん、それ違うんじゃない?あんたの挨拶がウザくて死にそうになってんのよ」
「うるせえ、千佳。てめえにはお似合いの墓石でも抱いて寝てろ、妖怪ふりかけババアが」
「なんだと?てめえこそアキバの裏路地で犬のフンつかんで踊ってろ!」
「意味わかんない!」
「こーろーすー!」
「やめなさい」
妖怪ふりかけババアってなんだ?犬のフン踊り?なんだそりゃ。いやそうじゃない。まったく恥ずかしいよ、こんなのといっしょじゃ俺は!
「それより、達樹は結城さんと知り合いなの?さっきそんなこと話してたでしょ?」
「いいえ会長、俺と結城さんは初対面です」
「ふうん、そうなの…」
何か疑るような目で妃乃が俺と結城さんを交互に見ている。
「それで、結城さんがストーカー被害を受けてるって話、詳しく教えてくれる?」
「ストーカーですって!?」
それから結城さんはさっき俺に話したことをみなに話した。何度聞いても陰湿な話だと思った。敵は見えない。そして執拗だ。これほど被害者に精神的苦痛を与えるのに、なぜか日本の法律はなぜか寛大だ。
「じゃあみんな、わかってるわね」
いきなり妃乃がそう言った。わかってるわね、だと?わかってねえぞ、俺は!
「じゃあ役割分担からね。千佳、あんたは今日から千鶴ちゃんのあとをつけて、怪しいやつが千鶴ちゃんのあとをつけてないか見張るのよ」
適任だとは思うが、いや千佳の方が怪しそうに見えるけどな。マジでストーカーやってそうだし。
「それから真琴は千鶴ちゃんといっしょに帰って。目立つし、いた方がマシって程度の護衛よ」
「ひどい。それってアイドルの扱いじゃないわ!」
「誰がアイドルだ。ちょっと待ってくれ会長、ボディーガードならこのぼくの役目だろ。このイケメンで超ナイスガイな山内譲二といっしょなら、誰にも手は出させないよ」
「あんたがいっしょじゃかえってストーカーの反感買うわ。キザでイヤミで、じっさい殺意しか向けられないわ。犯罪増長してどうすんのよ」
「ひどい。会長ってぼくをそんな目で見てたんですか?」
自業自得だろ、と俺はそこだけ会長に同意した。
「譲二はいざというときの連絡係ね。何かあったら速攻で交番に駆け込めるところで待機してて」
「へいへい」
「それから達樹、あんたは…」
妃乃がなんか恐い目で俺を見てるが、俺はそんなものにつき合う気はまったくないからな。
「俺はパス」
「ああそう。まあいいわ。じゃわたしはみんなの援護にまわるわ。スマホ見るふりして写真撮りまくる。ストーカーがいればきっと網に引っかかるわ」
「あの…」
千鶴ちゃんがなんか不安そうな、不満そうな顔を俺に向けた。
「ああ達樹のこと?いいの、こいつは。下手にこいつに指示出しても言うこと聞かないし、それにこうした方が頼りになるから」
「でも…」
「心配しないでいいわ。きっと犯人を見つけるから」
妃乃はそう言い切った。だが、まだ千鶴ちゃんの勘違いとか妄想とかの線も消えたわけじゃない。それを見極めないとな…。それに彼女の言動と仕草。なにか、複数の人間と話してるような錯覚に陥ったことも気になるしな。俺はそんな違和感を胸に、生徒会室を出た。それにしても会長のやつ、偉そうに俺のこと何かわかってるような口ぶりだったが…。まあいいさ。ほんとの俺のことなんか、誰にもわかるわけがない。
こうして面白半分なアホどもは、事件とも呼べぬ謎に、かかわっていくのだった。




