千鶴と部屋と違和感
興味本位と野次馬根性で、ついに生徒会による結城千鶴のストーカーあぶり出し作戦がはじまった。
――ちょっと千佳、それじゃふたりに近づき過ぎよ。犯人が見たら即バレしちゃうから。それと真琴、あんたはしゃぎすぎ。通行人がみんなそっち見てるじゃない。それじゃだれがストーカーだかわかんなくなっちゃうわ。それと譲二、どこにいんのよ!
――なあ会長、ここの交番誰もいないんだが
――じゃあさっさといるとこ捜しなさいよ!まったく気が利かないわね
などという会話をスマホ通して大声でやり合っているんだろうと、俺は想像した。いったい犯人を見つける気はあるのかと、俺は言いたい。まあどうでもいいが。
俺は俺でやることがある。まず、千鶴ちゃんから聞き取ったことを検証しよう。最初は、カーブミラーだな。
「ここだな…」
小さな脇道のあるT字路だ。そこにカーブミラーが設置されている。なるほど、ある位置に来ると自分のうしろが見えるんだな。だがそれって…。いやまだ何とも言えない。俺はもうひとつの、千鶴ちゃんがそこで気づいたというカーブミラーに向かった。それは広い通りに出る場所に設置されていた。人通りがあるそこに、俺はしばらくカーブミラーを見ながら過ごした。
「なるほどな…ここも、か」
俺は考えた通りの結果に満足した。だがまだ引っかかることがある。それはストーカーとは関係のないことだが、とても重要な手がかりじゃないかと感じたからだ。俺はスマホを出し、会長の番号にかけた。
――なんだ達樹か、なんか用?もしかしてもう犯人捕まえた?
俺はどんなスーパーマンなんだよ。んなわけねえだろ。
――ちがうの?まあいいわ。わたしたちはいま千鶴ちゃんの家。そう、これから千鶴ちゃんの部屋でわたしが撮った写真を調べるの。え?あんたも来る?めずらしいわね。まあいいわ、待ってる。気をつけなさい。まだ犯人が外にいるかも知れないから。
こいつは好都合だ。いずれ千鶴ちゃんの家には行かなきゃとは思ってたが、こんなにはやくそのチャンスがくるなんてな。
俺は急ぎ足で千鶴ちゃんの家に向かった。いや女の子の部屋に行きたいんじゃないぞ。俺は純粋に事件のことが知りたいだけなんだぞ、と俺は俺自身に言い聞かせるようにした。俺の興味は事件やその犯人にはない。ただ、その背景や動機が知りたいんだ。それらは砕かれた宝石のように、俺の目の前に散らばっている。それをひとつひとつ見極め、そしてかき集める…。やがてふたたび輝かんばかりの宝石となったときの快感こそが俺の求めているものなのだ。だから、犯人が誰だか、そんなことはどうでもいいのだ。
やがて千鶴ちゃんの家が見えてきた。東京から引っ越してきたその家というのは、まあふつうのどこにでもあるような中古住宅だった。間取りは、一階に三部屋とキッチンと浴室。二階は二部屋。そのひとつが千鶴ちゃんの部屋だ。なんでそんなことを知ってるかというと、そりゃもちろん大工の柴さんから聞き出したことだ。さすが大工、階段が何段あるかまで教えてくれたぜ。
「こんちはー。宮川でーす」
俺はインターホン越しにそう小さくつぶやいた。するとすっげえでっかい声でインターホンから応答があった。会長の声だった。鍵を開けるからすぐ入って来いと。まったくあきれたものだ。
「外の様子は?怪しいやつはいなかった?」
玄関に会長の妃乃と千鶴ちゃんが立ってた。俺を迎えるとき、不安そうな顔をしてた千鶴ちゃんがなぜかホッとした顔つきになったように見えた。
「なによ、こいつが来たからって事件が解決したわけじゃないのよ?」
厭味ったらしく千鶴ちゃんに妃乃が言った。ああめんどくせえ、と俺は思った。
「どうぞ上がってください。散らかってるけど。いまジュース持って行きますから、先にお部屋に」
「行こ、達樹」
「だから呼び捨てするな」
「いいじゃん。同じ生徒会なんだから」
そう言って妃乃はなぜだか千鶴ちゃんを見た。千鶴ちゃんは表情を変えぬまま、キッチンに行った。俺はなんだかモヤモヤしたものが込み上げてきたが、玄関の真新しい普請のあとを見て落ち着いていた。これって柴さんが直したとこか…。柴さんは腕がいい大工だ。直したとこがわからないようにする腕がある。だがそれがどこかすぐわかった。
「ほら達樹、こっちこっち」
階段を妃乃が俺の腕を引っ張りながら昇る。妃乃の短いスカートから伸びた長い脚が気になる。じゅ、十二段だ。柴さんの言う通りだ。十二段だからな!俺は階段しか見てないからな!
千鶴ちゃんの部屋に入ると、まあそこは現実とは別世界の場所だった。部屋一面、ファンシーグッズであふれかえったそこは、もはやナントカランドのアトラクションに近かった。千鶴ちゃんとはまだ少ししか接してはいないが、俺はそこに何か違和感めいたものを感じていた。
「やあね、なに女の子の部屋ジロジロ見てんのよ」
「見てねえし。それよりおまえら、くつろぎ過ぎだろ!」
見ればみなだらしなく座ってる。わりと広い部屋だった。ふかふかなカーペットが敷いてあり、かわいいクッションがいくつか。そして天井にも不可思議なぬいぐるみが吊るされている。目がまわりそうだった。俺がその光景に酔いそうになっているのに、真琴なんか寝そべってポテチ食いながらマンガ読んでる。千佳は怪しいぬいぐるみとヒソヒソお話してるし、譲二はうっとりと服のかかっている衣装スペースを見ている。やっぱ変態だな、こいつら。
「ほら達樹、座って。これパソコンにわたしがさっき撮った写真をアップロードさせたから、それらしいやつを捜せるよ」
そんなんで見つかるもんかと俺は思ったが、とにかくここに来た理由のためにその不毛な仕事を手伝う。やがて千鶴ちゃんがジュースを持って来た。おお、そりゃ大ジョッキだな。生ビールでも飲むやつだ。
「なにそれおっきなグラス」
目ざとく真琴が見咎めたように口をとんがらせてそう言った。
「こ、これしかなかったんです」
「露骨に贔屓されると、なんか萎えー」
「贔屓じゃないですから」
「真琴、いいから。そんなことよりみんなで捜すのよ!」
とか言いながら妃乃はジョッキを俺から遠ざけて、目の前にパソコンを置きやがった。意味わからん。飲ませてくれない気か?
「ここと、ここと、ここ。ねえ、同じやつじゃない?」
「妃乃ちゃん、ちがうと思うよ。それよりマコちゃんねえ、こいつが犯人だと思う」
「どうしてそう思うの?」
「だってブサイクだしおっさんだし…」
「おまえの犯人基準てそんなんか!」
「それだけで犯罪だよ、おっさんは」
真琴的には、そこにいるだけで犯罪者扱いなんだな、おっさんって…。
「それよりこいつが怪しいよ…」
「どうしてわかんのよ、千佳」
「だって会長、こいつのうしろに、ほら…見えない?何かボーっとした…ねえ譲二くん」
「おお見えるぜ千佳。水着姿のおねえさんの姿がうすーくだが…」
「譲二くん、それちがうよー。別のやつだよー。それ足あるじゃん」
「あんたたちはそっちのぬいぐるみさんとお話してて!」
話にならなかった。千鶴ちゃん、ごめんね。でも千鶴ちゃんは気にしていないようで、ニコニコと俺を見ていた。俺はそれが気になった。いや、気になったどころじゃない。いやな胸騒ぎがして、それはこの部屋の違和感と混じり合い、ますます悪い予感は膨らんで行ってしまった。




