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カラスが未来を連れて来た

 転校生が来て、いきなり警察に呼ばれたということが全校に知れ渡った。そりゃある程度は騒ぎになるし、おかしな憶測も飛び回る。それはしかたのないことだと思う。なぜなら人間はどこか、邪推するのが面白くて仕方ないところがあるからだ。俺はそんなやつじゃないけどね。


「きっと万引きだよ」

「いや恐喝とかじゃないか。結構きつそうな顔してたし」

「けっこうかわいかったから性犯罪に巻き込まれたのかもな」

「外国のスパイとかじゃないのかな」


 適当なことをみな勝手に口にするし、もっと悪いのはSNSなどで名前をさらし憶測と捏造で犯罪者に仕立て上げてしまうやつらがいるってことだ。幸いうちの学校にはそこまでするやつはいなかったが、まあギリギリそれに近いことをするやつはいた。


 そういう噂が期待を生み、どんどん事件として膨らんでいく。もう手がつけられなくなってから、あろうことか生徒会にそれが持ち込まれるってわけだ。まったく迷惑な話だと俺は思った。


「それで警察に…」

「いやだ!絶対行かない!」

「まだ何も言ってないじゃない」

「言わなくてもわかる。俺に警察署に行って何があったか聞いて来いって。バカだろおまえ。警察がそんなこと教えるもんか。ましていち高校生になんかな」


 ぶすっとしやがった。まったくどうしようもない生徒会長だし、まるで子供だ。こいつんちはこの町でも有名な資産家の家だ。たしかにお嬢様なのはわかるが、まるで女王様みたいにふるまうのだけは勘弁してほしいのだがな。


「じゃあその子のうちに行って事情とか聞くのは?それならわたしが行くけど」

「やめときなさい。ひとにはプライバシーというものがあるんです。闇雲に人の事情に首突っ込んではなりません」

「でもー」

「常識こそ殺伐とした世界を乗り越えるみんなの知恵だぞ。それなかったらみんなおしまいだ。わかるな?」

「ふん」


 こうでも言わんと、この女帝はほんとうに転校生の家まで押しかけかねないからな。まあその日は憶測と噂がゆっくりとあふれかえり、やがてゆっくりと溶け出して行き、消える…そんな一日だった。次の日、当の転校生はちゃんと登校してきた。みな拍子抜けするような感じで、そして関心だらけだが、いまのところ遠巻きにするというスタンスをとっているようだ。


 だが当事者が、思わぬ行動に出る、いやどうしてなんだかわからない何かが、俺に起こったようだった。


「このクラスに宮川達樹さんという人はいませんか?」


 二時間目がおわり、休み時間になってすぐのことだった。俺の教室に、その転校生が俺を訪ねてきたのだ。俺は隠して食っていたポッキーをごくりと飲み込み、急いで口を拭い背筋を伸ばしていた。


「俺が…宮川だけど」

「すいません、いきなり押しかけて。わたし、こんど転校してきた結城千鶴です。はじめまして」


 とても礼儀正しい印象を受けた。まあこんな子が犯罪に関係するわけがないと、一瞬で俺はそう感じた。けっして美人で、おまけに長くきれいな髪が気に入ったからではない。


「あ、どうも。で、なんか用っすか?」

「宮川さんは生徒会役員とお聞きしまして」

「へえ、誰から?」


 情報の伝達というものは、ちゃんとしたルートっていうものがある。電線や光ファイバーなどを伝わるもの。電波のように空間に広がるもの。だが学校という空間では、それはどちらかというと規則正しい電子のようなものじゃなく、無秩序に浮遊する粒子みたいな、絶えずブラウン運動か何かおかし気な動きをするくせに、その情報伝達のスピードはきっと電子をも上回る、そんな感じだろう。俺という存在の情報が、いったい誰から伝えられたのか、それが不思議だった。


「カラス、です。カラスさんから聞きました」

「ああそう、じゃあ未来からですね?」


 からかわれてると思った。だがからかわれるにしろ、その理由が見当たらない。当面、思い当たるのがカラスというワードだ。そいつを言ったのはたしか大工の柴さんだが、現状ここではからかわれる理由にならない。


「それでですね…そのカラスさんが言うには…」

「ちょっと待ってくれ。俺はべつに紹介者に資格を求めない。カラスだろうと大工だろうとね。だけどちゃんとした説明なり経緯や理由を知らせず、一方的に話を進めるのは暴力的だと思う。できれば天上から降りて来て、しゃべってくれないかな。カラスはもういいから」


 からかわないで話せ、という意味だ。どうにも俺にはこいつが普通の性格でないような気がした。だが俺のその言葉を聞いて、彼女はきちんとうなずいてくれた。よかった。ある程度ちゃんとした人のようだ。


「いきなりふざけてすいません。柴さんが、宮川さんってそういうキャラだって教えてくれたんで…」


 やはりあのおっさんか。まったく余計なことを。


「柴さんからですか。いやなんで柴さんを知っているんですか?」

「この前うちの玄関の上がりかまちを直していただいたときに、お名前を…」

「参考までにどういうふうに俺、言われてます?」


 そのとき彼女は何を思ったか、真っ白なハンカチを出して口元を押さえた。嫌味のない失礼さだ。笑っているのだ。しかも上品に、それ思い出し笑いってやつだ。


「…聞きたいですか?」

「もう聞きたくないです。俺のことはいいです。で?何か御用ですか?」

「いえ、その…じつは、わたし昨日警察署に呼ばれたんです」

「はあ、それは聞いてます」

「それでね、悪いとは思ったんだけど…」


 彼女の話す口調が急に変わった?まるで友だちと話すみたいになった。いったいそれはどういう意味なんだ?


「わ、悪いと思った?どういうこと?」

「警察で、あなたの名前を出しちゃった。ごめんなさい」

「はあ?」


 いやなんでまた?なんで俺の名前?意味がわかんないんですけど!


「すいません、いきなりじゃわかんないですよね。最初から話しますと、わたし、ストーカーされてるんです」

「ストーカー、ですか?」

「ええ、相手は誰だかわかりません。でも感じるんです。ずっと後をつけられてるって」


 どうも犯罪のようなものに巻き込まれているような感じだ。でもそれと俺とどういう関係があるんだ?


「わたし怖くて…だから警察に相談してて。それで昨日、警察に呼ばれて…。でも警察の人から、そういう事実はないと言われました。でも誰かにつきまとわれている、そう食い下がったんですがけっきょく信じてもらえなくて…。警察の人が、じゃあ他に誰か頼れる人は?って聞かれたとき、思わずあなたの名を…」


 おいおい、なんてことしてくれるんだよ!まったく見ず知らずの他人なのに、それも犯罪被害者と主張するこの子の頼れる人って?いやそりゃあんまりじゃないですか!


「柴さんに聞いた名を出したと。ろくに知りもしないのに」

「でも、生徒会役員で、ちょっと愛想が悪いけど正直で真面目な人って聞いて…」

「要するに人がよさそうなやつってことですよね?それ」

「まあぶっちゃけそうだけど…。ほんとうにごめんなさい。でも、転校したばかりでほんとうに頼る人がいなくて、だからこうして…」

「来ちゃったってわけですね?」

「はい…」


 ああもうあかん。ストーカー?なにそれ。ああもうそんなのって、あいつらの好奇心の燃料にしかならないやつやん。やつらの楽しそうな顔が浮かぶやん。これは知られてはならない。俺はそう強く思った。


「で、俺にどうしろと?」

「そのストーカーを、見つけてほしいんです。あ、見つけるだけで、あとは何もしなくてもいいです。あとはこっちでやりますから。どうか、誰がわたしをストーカーしてるか教えてください。柴さんが、達樹さんはそういうのの天才なんだって言ってました」

「なんですと」


 おいおい、俺は警察じゃねえんだぞ!そういうのは警察の仕事です。そう言おうとしたが、ちょっと考えた。警察はお手上げだというし、ひょっとしたらこの子の勘違いか誤解、あるいは妄想ってこともあり得る。だがそれを解決、あるいはわからせなければ、この先こいつにまとわりつかれる…そんな予感がした。ああめんどくせえ。


「じゃあ、犯人に心当たりは?」

「ありません」

「なんでストーカーされるって気がついたんです?」

「じつは引っ越す前からそんな感じが…。学校から帰るとき、ふと見上げたカーブミラーに人が映ってて。でもそのときは何も感じなかったんです。でもしばらく歩いてて、またカーブミラーがあり、それを見上げると…」

「同じ人間が映ってた、と?」

「はい。でも、振り向くと誰もいないんです」

「何回もそんなことが?」

「はい。だから警察に調べてもらったんですけど、まったくわからなくって…。でもここに引っ越して来て、もうそれはなくなると思ったんです」


 そう言って彼女は目を伏せた。それは気の毒なほど怯えた様子だった。


「また、つけられたんですね?」

「はい、引っ越ししてすぐ。それでこっちの警察に。でも結果は、お話ししたとおりです」


 東京からこの市までかなり距離がある。もし本当なら、犯人はかなり執拗で執念深いやつだろう。これはこのままではヤバい。これはほっとけないやつかもしれないが、だが俺には関係ない。学園にミステリーはいらない。教室に事件はいらない!俺の学園生活に必要なのは刺激じゃない。平穏だけだ!


「わかった!話は聞いたわ!あとで生徒会室に来なさい、結城さん!」


 俺の後ろでうれしそうな声がした。振り向くと、そこに生徒会長の楢崎妃乃が笑いながら立っていた。そもそもカラスが連れてきたのは、どうやら不幸な未来の俺のようだった。

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