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カラスは未来が見えるか?

 世の中の消費者は、いったい何を基準に物品を購買しているのであろう?近所で便利でかわいいバイトの子がいるコンビニに行かんでどうする。それなのに、こともあろうに町外れのこ汚い酒屋になぜ来る!客さえこなけりゃ、俺は店番なんかしなくて済んだのに!親父も親父だ。なんで酒屋なんかやってるんだ。サラリーマンとか、他に何かなかったのかよ、と言いたい。


「おお、達ちゃん、今日も店番かい?」

「見りゃわかんだろ」

「相変わらず愛想がないねえ。まあいいや。いつもの一杯、出してくれよ」

「あんまり飲みすぎんなよ。親父に怒られるからな」

「そう言うなよ」


 近所で常連の柴さんだ。職業は大工で、仕事がはやく終わると、必ずうちの店に寄る。ここで一杯ひっかけてから、夜の町に繰り出すんだ。


「いつものって、これか?『灘のおこぼれ』…なあ、もっといい酒飲めよ。こんな三倍醸造酒じゃなくて吟醸酒とかさ」

「そんな金あんならおねえちゃんに使うよ。ヒック」

「もう酔ってんのか。一杯しか飲んでねえぞ。酔っぱらう前になんか食え。体に悪い。缶詰買え。鯖缶でいいから」


 最近じゃ知らない人の方が多いかなと思うが、酒屋には『角内かどうち』と呼ばれる酒提供形態をもつところがある。むかしはほとんどの酒屋で行われていたらしいが、いまじゃあまり見かけないようだ。もともとは北九州が発祥らしく、炭坑や港湾で働く労働者のために酒屋が提供していたサービスらしいが、それが全国に広まった。もちろん酒は店で販売しているのと同じ金額で、とうぜん缶詰類もつまみとして定価で買って食えるのだ。


「達ちゃんはうちのカミさんみたいだなあ…」

「うるせ。今日は家帰って寝ろ。あした早いんだろ」

「そういや、達ちゃん…知ってっか?」

「なにを」

「カラスってさあ、未来を予知すんだぜ?」


 いきなり柴さんは何を言い出すんだろう?もう酔っぱらってるのかな。


「カラスがどうしたっていうんだよ」

「いやね、むかしから言うだろ?カラスって人の死ぬのがわかるって。カラスが群がった家には人が死ぬって話知らない?」

「知るかよ、そんな迷信なんか」

「迷信じゃねえよ。俺は前にそんなのけっこう見てきたんだ」


 まあカラスってあんな鳥だ。そんなおかしな目で見られても仕方ない。それにカラスって墓場と妙にマッチするしね。


「それが俺、見ちゃったんだよ」

「見ちゃったって何を?」

「カラスだよ」

「どこで」


 そう聞くと柴さんは思いっきり声を落とし、俺の耳元まで顔を寄せボソッと言った。


「二丁目にこんど越してきた家族の家だ。東京からって言ってたけど。昨日、やつらがいっぱい屋根にとまってやがったんだ。まったく薄気味悪いったらありゃしねえ」

「転入者か。こんな田舎にようこそだね」


 こんな地方都市だけに、どこからか誰かがやって来たりすると、すぐに噂になる。まったくどうでもいいことなんだろうけど、それは都会に住む人間とは、なにか違った感覚なんだろう。


「それにカラスだけじゃねえんだ。そこの家族ってのが…」

「会ったの?」

「ああ、頼まれて玄関の修繕をやった。なんか気味の悪い家族でさあ、親父も母親も、その子供…高校生くらいの娘なんだけどさ、みなろくに口もきかないんだ」

「それって柴さんとはあまり親しくないからだろ?それに都会の人間はクールなんだよ」

「そうかなあ。なんか俺、誰かから追われてるんじゃねえかと思っちまった。それくらいよそよそしくってな、顔もすぐに隠そうとするんだぜ?」

「柴さんにジロジロ見られたくないんだよ」

「ひどいな。俺って結構いけてんだぞ」

「酔っぱらってんだろ。缶詰食えよ。カニ缶開けるぞ。高いやつの方」

「やめて」


 そのときはまだ、そんなたわいのない話が、のちに大きな事件となるのを俺はまだ知らずにいた。


 次の日、学校に登校したらいきなり生徒会長の楢崎妃乃に呼び止められた。というか、待ち伏せされていた。生徒会のほか、他のメンバーも会長の後ろに、なんか身の置き所がないようなそわそわした感じで立っている。なんだ?


「遅いよ、宮川達樹。何時だと思ってんのよ」

「あのな、俺はちゃんと登校時間内に来てんの。遅刻してないし」

「あのね、生徒会は全校生徒の模範じゃなくちゃならないのよ。とうぜん、みんなより早く登校しなくちゃいけないじゃない。わかる?」

「いや意味わからん。なんだ模範って。それ言うなら真琴のフリフリ原色リボンや、千佳の妖怪グッズなんかどうすんだ。それに譲二もあんな髪長くていいのか?染めてるし。どいつも明らかに校則違反だろ。それに会長も殺虫スプレー持ち込むのやめろ。いつか事件になるぞ」


 妃乃ひのもそうだし後ろにいる生徒会役員どもも少しビビった顔した。ちょっとは反省しろ。


「殺虫剤は護身用なの。あんたにとやかく言われる筋合いはないわ。それよりちゃんと聞いて。こんどうちの学校に転校生が入って来るっていうのよ」


 俺はそれを聞いて、昨日の柴さんの話を思い出した。もしかしたら、と思ったのだ。


「転校生?女の子か?」

「すごい!なんでわかんの?」


 柴さんに聞いた、なんて言えないからな。言ったってわかんないだろうし、それに説明するのもめんどくさい。


「べつに。勘だ」

「なら話は早いわ。ねえ、あんた見て来てよ。その転校生。二年生らしいから、よろしく」

「いや、なんで俺が?」

「わたしたちは忙しいの。体育祭の準備とかで。あんたは確かリレーに出るからって準備委員会から外れてるでしょ?だったらヒマよね」

「練習とかするんだぞ。ヒマなんてない。それになんでわざわざ転校生なんか見に行かなくちゃならないんだよ」

「あんたねえ、この学校にどんな人間が入って来るか、そういうことにもっと関心持ちなさいよ。ほかの生徒に悪い影響及ぼしたり、補導されるようなことする生徒だったらどうするの?」


 どうするのと言われても困る。そんなの俺の責任じゃないし。だがここでそんな議論をしたくない。すれば話が長くなる。いちはやく解放されるには従うしかない。


「わかったよ。見てくればいいんだろ?」

「できれば少し話して、あとでどんな子か教えて」

「そういうの嫌だなあ」

「これも生徒会の業務よ」

「どこがだよ」

「おサボりするような人には、ちょうどいいお仕事よね」

「う」


 確かにリレーに出るって口実で体育祭の準備委員会から外してもらった。練習のためだとか言っちゃったけど、はやい話サボるための口実なのだ。どうやら見破られていたようだ。恐るべし、生徒会長。まあ考えんでもわかることだけどね。


 一時間目がおわってすぐに、俺は二年の教室に向かった。クラスがわからなかったのでとりあえずそこらにいた二年生に聞いた。


「転校生?ああ、結城千鶴さんね。たしかにうちの三組に入って来たけど」

「入って来たけど?どうした」

「来てすぐ帰った」

「なんで?具合でも悪くなったのか?」

「そうじゃない。なんでも警察に呼び出されたとか。それで俺たちのクラス、大騒ぎさ」

「マジか…」


 ああなんてことだ。俺の平和な日常が、またしてもかき乱される予感しかしない。そう、生徒会の事件好きのあいつらに、だ。ああいやだいやだ、そう思いながら…ふと校舎の窓から見えたものがいた。それはそれは大きな真っ黒いカラスの、その群れが校舎の屋根をはるかに高く、グルグルと飛び回っていたのを…俺は見た。

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