99話
「おひさしぶりですわね、お元気でして」
「そうですね、あまり元気ではないかもしれません」
「あらあら、もう負けた時の言い訳ですか? 今回は生きて返すつもりは微塵もございませんことよ」
「ふふ、あなたも今生の別れは済ませましたか? 私も今回であなたとは最後だとおもっておりますので」
「面白くありませんね、ワタクシとても不快ですわ」
「自称最強の魔導師の本領を見せてください。さもなければあなたに待っているのは死のみです」
「あらあら、不快をあっさり通り越してくださるのね。ワタクシ、ブチ切れそうですわ。いいでしょう、あなたのその身、塵一つ残さぬよう焼き尽くしてくれますわ」
そう言ってロザリカは杖を真っ直ぐシリウスへと伸ばす。
対するシリウスは両手を広げて構えを取った。
「よろしい、本懐です。さぁ、始めましょう!」
言うが早いか、ロザリカの白い杖の先端が紅く染まる。眼の前を薙ぎ払うように振るわれた先には幾つもの炎弾が走っていた。
それを後方に避けながらシリウスは回避していく。
獲物を追う猟犬のように、シリウスへ走る炎は彼にヒットする直前に爆ぜていく。
シリウスは炎弾の軌跡を正確に把握し回避、それが叶わぬと判断したものは魔法で撃ち落としていた。
得意の無属性魔法による高速照射だ。
それでもロザリカは回転を上げていく。
シリウスに迫る炎が数を増していく。
美しい軌道を描きながら、紅く空を舞う。
それでもシリウスは躱す。
時に地面を這うように、時に空を駆けるように、あらゆる空間を無造作に移動しながら。
「逃げているだけですか? それも良いでしょう。少しずつ身を焼かれる恐怖に震えなさいな」
ロザリカはさらに加速する。
高速で魔力を変換し、圧倒的な物量をその精緻な操作で操る。
紅い景色が段々と濃くなっていく。
シリウスが対処した炎弾が空に爆ぜる絵がまるで死者に手向ける華のようだ。
その華が紫炎へと染まっていくのだ。
「あれが……紫炎……」
帝国兵が圧倒的な景色を見て、怯えるように呟く。
兵たちは知っていた。
あまりに美しいその光景が、自分たちの友を焼き尽くし命を散らす業火であることを。
「たーまやー!」
周囲の兵の気持ちなどつゆ知らず、メイが目の前の光景に興奮している。
「あんまり騒ぎなさんな、いくら認識阻害があるっつっても注目されるのはよくないからな」
ミルズたちはカインの視線から逃げるように距離を取って隠れた。
だが、シリウスとロザリカの闘いにメイのテンションが振り切ってしまっていた。
「けど、父ちゃん、あれ、凄い!」
「あぁ、やべぇな」
「あのちんまいのやりおるな。魔力の属性変換の速度なぞワシとえぇ勝負じゃ」
「あの威力の魔法を連発し続けるのも恐ろしいですね」
「うん。まったく周囲のことを気にしてないもんね。こんなの周りに人がいたら大惨事もいいところだよ」
「確かに……そりゃ、タイマン形式でどうぞってなるわな」
何もないなだらかな平地だった戦場は、姿を変え焼き付いた岩盤が隆起し、あまりの熱で結晶化していた。
焼けた匂いというより、むしろ化学的な反応臭が鼻腔を刺激する。
地獄というものがあるのなら……ミルズはその光景からそんなことを考えていた。
「いつまで遊んでいるのです? いい加減真面目にやらないと本当にこのまま殺しますわよ?」
「まったく羨ましい属性変換能力です。私にもそれがあれば魔導を極められたかもしれません」
「ふふふ、あなたのは魔導ではなく邪道ですからね。最強の魔導師と呼ばれるのは一人でいいですし、あなたにその名はふさわしくありませんわ」
ロザリカがそう言った時、シリウスは全方位から紫色の炎の球に囲まれていた。
ロザリカはシリウスを誘い込むように空中へと誘導し、この瞬間を待っていたのだ。
「これが魔導というものです」
もはや逃げる場所など無し。
獄炎がシリウスに襲いかかる。
「邪道……それもまた私の道なのかもしれませんね」
その刹那、シリウスから光が放たれた。
周囲の炎を巻込み、ロザリカへと照射されたそれはまさに光速だ。
光を知覚した時には既に着弾している。
だが、ロザリカはそれも予測していた。
炎の熱で視界を歪め、魔力操作でシリウスの魔力探知を誤認させる。
二重のトラップで光線を回避した。
それだけではない。
シリウスが撃ち漏らした炎弾。 それは彼の後方へ回り込み、今まさに迫っていた。
そして同時に、前方からも魔力反応。
彼の後方から迫っていた魔法と共にロザリカは前方から接近していのだ。
「バーンエッジ」
至近から放たれた炎の剣閃はシリウスの命に届き得るものだった。
だがシリウスは後方からの炎弾に身を焼かれながらも、それをあっさりと回避した。
必殺の間合いから放たれた魔法を躱され、ロザリカはすぐに距離を取った。
「まさかこれから逃げられるとは思いませんでした。ワタクシの魔法の中でも最速の一撃ですのに」
「騎士の国の出ですからね、太刀筋には慣れているのですよ」
いつの間にかシリウスの手には剣が握られていた。
いや、正確には剣だったものだ。柄から先の刀身が溶けてなくなっているのだ。
バーンエッジを躱す時にシリウスが咄嗟に抜刀し、剣閃をいなす瞬間をミルズは見ていた。
軽く笑い合う二人にミルズは興奮していた。
「すげぇ! これはアツい!」
ギリギリの攻防の中に産まれる読み合い、その最中一歩上をいったロザリカの攻撃をシリウスは技術で即応した。
その全ての展開が超速度で行われている。
まるで舞台で繰り広げられる演舞のような光景にミルズは目が離せなかった。




