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女神と転生〜ポンコツ女神と父娘が最強へと至る道〜  作者: 荒頭丸


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89話

89

「親父どの、火事だ! 西の境のほうが燃えとるぜ! 」

「なんだ? 最近多いのぅ」

親父と呼ばれる巨大な猿は、そう報告を受けて現場へと向かった。

ここは猿たちの国。

山脈が周囲を囲い、大河が流れる。

そこは猿たちにとって楽園だった。

ここ最近、その楽園に異変が起こりつつあった。

「あいつら、また、もめておるんか……」

パチパチと爆ぜる音がなり、煙がそこらから立ち込める。

火は、西の方から燃え広がってきたようだ。

猿たちが境と呼ぶ地域は人の国との国境のようなものだ。

大きな猿の力を恐れ、人たちは境より内側には立ち入らなかったのだった。

「仕方ねぇ。いつも通りやるぞ、おぬしら気張って動けよ」

「わかったぜ、親父!」

猿たちは大きな猿の掛け声で一斉に動き出した。

大きな猿が薙ぎ払うように木々を打ち倒す。

それらを協力して運んでいくものもいれば、川の水を運ぶものもいる。魔法が使える猿はそれらを使って消火にあたっていた。

「親父! 西から人の軍勢が!」

境の西の方から駆けてきた猿が叫んでいた。

巨大な猿は急いでそこへ向かうと、馬に乗った一人の女が、こちらへと逃げてきた。

女はすれ違いざまに大きな猿の目をじっと見つめながら、境を越える。そこは人ではないもの、猿たちの領域だ。

だが、女はそんなこともお構いなしに、そこへ飛び込んだのだった。

それを大きな猿は咎めることはしなかった。

そこへ西の方から来た軍が彼女を追うように現れたのだった。

大きな猿は軍勢の前に仁王立ちし、その手の大きな赤い棍で地面を叩いた。

大きな音を立て、大地を揺らす。

その一撃に、人間たちの軍は勢いを失い、大きな猿の前で止まった。

「ここから先は我らが領域。何か用があるのか?」

そう問いかけられた軍の将軍が答える。

「貴公が猿帝か? 我らもそなたらの領域を犯すつもりはない! 先ほどの娘をこちらへお渡しいただければ、すぐにでもこの場から引こう」

「娘? はて、そんなやつがおったかのぅ。儂の目には映らんかったが?」

「馬鹿なことを! 貴公の眼の前を通っていたではないか!」

「ほぅ、そうなるとおぬしは儂が嘘をついていると、そう言いたいわけだな?」

猿帝にギラリと睨みつけられた将軍が鼻白む。

恐怖に浮足立つ人間たちを、猿たちは無言で囲んでいた。

「くっ」

「そうでないのなら、この場から引くことだ。何、今なら取って喰ったりせんよ」

「仕方がない、引くぞ!」

「ですが、あのまま放っておいても良いのでしょうか?」

「どのみちあの傷では助からん。行くぞ」

そう言って人間たちは猿帝の前から姿を消したのだった。

その後ろ姿を特に興味なさそうに一瞥し、猿帝は振り返った。


一本松の下、倒れ伏した女が猿帝を見上げる。

「親父どの、この女、もう……」

猿帝はコクリと頷き、女の前で座り込んだ。

「貴公が猿帝か。お初にお目にかかる」

「うむ」

息も絶え絶え、もはやその命の灯火が尽きようとしている最中、その女の目は鋭く、猿帝を射抜くように見ていた。

「不躾な願いで申し訳ないのだが、この子のことを頼めないだろうか」

女は着物の懐から包を取り出した。

その中には赤子が、くぅくぅと寝息を立てていた。

「この大騒ぎの中、よく寝ておるもんだ」

猿帝はかかっと笑った。

「中々の人物になると思う。親バカなどと申すなよ?」

包は血で染まり、息は荒い。

だが、赤子を撫でるその手は優しく、慈愛に満ちていた。

女が赤子の頬を撫でた時、くるりと愛らしい目が開き、その手を握った。

「この子は天津国の王女、名を……いや、よそう。我が国は天命尽き、この子は貴公に託すのだから。もはや、この子を縛るものは何もない」

「そうか。おぬしがそれで良いなら良い。この子は儂が預かろう」

「ふふ、何の縁もゆかりも無い人間の子を預かるとは、奇特な猿もいるものだな」

「何の縁もゆかりも無い猿に子を預ける人間が何を言うのだ」

女は笑う。

眼差しからは鋭さは消え失せ、燃え尽きた灰のように柔らかな暖かさだけが残っていた。

「おぬし、名は? この子を縛る名はなくとも、母の名前ぐらい知っておいてもよかろうよ」

「巫女都だ……」

「巫女都、安心して逝くが良い。この子は儂が責任を持って育てよう」

巫女都はその返答に満足したのか、赤子の指からその手を落とした。

名もない赤子は、零れ落ちた温もりを求めるように手を動かし、見つけられないとわかると、やがて声を上げて泣き出したのだった。







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