58話
ギアーデ高地の国境線近く、狭い峡谷を抜けた先には広い平地が広がっている。
そこが今回の主戦場になるはずだった。
しかし、増援部隊となる第5騎士団は峡谷を逆方向から抜けてくる者たちで足止めされていた。
彼らは第3騎士団、一様に見るも無残な姿で増援が間に合わなかったのか既に撤退を開始していたのだ。
フェイはその中の一人を捕まえて戦況を確認しているようだ。
「ふむ、どうやら第3騎士団の団長とやらは戦死したようじゃな。 新手の魔導兵装が出てきたそうじゃ。」
レティが彼らの会話を盗み聞きしている。
音を風にのせる術があるそうだ。
それにしても団長の戦死……フェイレベルのヤツが死んだってことか?
「ワシらが戦ったものとは全く別のやつみたいじゃな、物凄いデカいらしい。 第3騎士団の団長が死んだあとシリウスが指揮を引き継いで撤退命令をだしたそうじゃ。」
そうなるとシリウスもヤバいんじゃないか?
「レティ、間に合うかはわからんけど俺たちだけで先行しよう。 やれることはやっておきたい。」
「うむ。 兵が言うには、あれは人ではない、化け物じゃそうな。 気合入れんといかんぞ。」
「まぁ、俺も似たようなもんになってきてるさ。それでもどうにもならんなら……」
「なら?」
「ガン逃げよ。 そん時はよろしくな!」
「ん、いくか。」
俺たちは進軍を止めた軍を抜け走り出す。
レティには認識阻害を解いてもらいフェイに合図を送っておく。
慌ただしくなり指示を出すフェイはこちらをチラリと見たあとすっと手を上げて了承を告げていた。
峡谷を抜けた先、そこからは緑が広がる平地だった。
だったはずだ。
しかし、そこに広がっていたのは地獄だった。
まともな死体など何処にもない。
大地は泥のように濁った紅い澱が溜まり、かつて人を構成していたものが折り重なる。
下から見上げてくる目が俺を責めるように見つめてくる。
気持ち悪い……
こみ上げてくるものを無理やり押さえ込み、深く息を吸い込む。
それすらも、鼻腔を不快な匂いが擽る。
「ヌシ、大丈夫か? キツいならここで引くのもありじゃ。」
「いや、いける。 問題ない。」
なんとか気を持ち直し、さらに進んでいく。
その視界の先、巨大な鉄塊が太陽の光を反射し、その残滓を晒していた。
「あれが件の魔導兵装……か?」
「そのようじゃが……既に破壊されとるの。 向こうにもあるの。」
レティの指差す方向にも……
そしてさらにその先、閃光が走る。
魔導兵装の巨腕が飲み込まれ、弾け飛ぶ。
バランスを崩した巨体が倒れ込む姿が見える。
無音が鳴る。
再び光が走ったあと、そこには既に物言わぬ巨体が横たわっていた。
この場に酷く不釣り合いな爽やかな風が流れる。
白く輝く軍服を靡かせ、ゆっくりと空から降りてくる。
その装いには塵埃一つない。
長い金の髪を揺らし、青い瞳が映す残骸をつまらなそうに……いや、酷く失望した様子で見つめている。
「こんなものに、数百年もかけたのですか……」
一人呟く男。
その姿を見て思い出した。
「あれは人ではない、化け物だ。」
それは確かに機械に対してむける言葉ではなかった。
人であって人ならざるものにむける言葉。
化け物を刈る化け物。
その名は、
シリウス フォン ヴァイゼンリート。
「おや、顔色が優れませんね。 どうしましたか?」
「戦うのは好きなのに、戦争はお嫌いですか?」
「しかし、この短期間で見違えるほど強くなりましたね。 だが、まだ足りない。 私を満足させるにはまだまだ足りない。」
「ですが、ここまでの頑張りにご褒美をあげましょう。 戦争がお嫌いなんですよね、なので共和国との戦争は無しにしてあげます。」
「なるほど、一個人で国と国の戦争がどうにかなるものではないと。 では、なかなか大きな褒美になりましたね、期待しておいて下さい。」
「メリットですか? あなたたちに期待しているからです。 ですので、期待が裏切られる時、誰かが不幸になるのかもしれませんね。」
「脅し? ふふ、良いですね。 脅しで済むように努力なさってください。」
「何故って…… 私が本気で戦う為ですよ……」
――
この日の戦いのあと、共和国と戦争になることはなかった。
共和国の大統領が謎の死を遂げ、それに続き政治の中枢にいたもの、軍の幹部が相次いで死んだのだ。
ティアーゴのクーデターなど必要なかったかのように。
シリウスの言葉が脳裏をよぎる。
アイツの言葉が何度も何度も頭の中で再生されるのだった。




