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女神と転生〜ポンコツ女神と父娘が最強へと至る道〜  作者: 荒頭丸


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35/71

35話

昼下がりの通りは、のんびりした空気に包まれていた。

パン屋の前を通れば甘い匂いが鼻をくすぐり、道端では猫が気怠そうに毛づくろいをしている。

ニナは特に目的もなく、ぶらぶらと散歩をしていた。

外套の裾を軽く揺らしながら歩くうちに、気がつけば「獅子の泉」まで来ていた。

泉の水面が陽光を反射してきらきらと輝き、その縁に見覚えのある姿があった。


――ローザだ。


両手を胸の前で組み、目を閉じてなにやら小声で呟いている。

その姿は、まるで舞台の一場面のように妙に絵になっていた。

「……何をしているんだい?」

ニナが声をかけると、ローザはふっと目を開け、少し驚いたように振り返った。

「あら、ニナさん。お散歩ですか?」

「うん。食後の軽い運動を兼ねてね。ローザは?」

「お祈りです。……ちょっとした日課でして」

「あぁ……例の……」

ニナはミルズから彼女の趣味?を聞いたことがあった。

何でもエルフィニアを眺めて心の充電を行い、日々の生きる糧を得るのだそうだ。

ニナからすれば、ローザ自身を鏡で見るほうが幸福感を得られそうなものだと思うのだが……

まぁ、自分自身を見ても何とも思わないのかもしれない、そんなことをニナは考えていた。

「あんまり詳しく聞いてなかったんだけど、なんでそこまでエルフィニアが好きなの?」

「暁の獅子アルフェンの物語はご存知ですか?」

「それ、僕も大好きだよ! アルフェン、カッコいいよね!」

暁の獅子アルフェンの物語は有名な英雄譚だ。

立身出世を重ね王となったアルフェンと彼に付き従う二人の騎士、黎明の矛ライオネル・ドーンブレイカーと黄昏の盾イリス・サンセットウォードの戦いの日々を綴った創作物。

「私、あの3人に心惹かれまして……」

「いいよね、ネリア撤退戦の殿を務めるところとか!」

戦場を駆ける英雄達の話はニナも大好きだ。

「結局、最後まで誰とも結ばれませんでしたね」

ニナの知る暁の獅子のお話は、エジンベルシアの戦いで救い出されたお姫様とアルフェンの恋愛も物語を盛り上げる重要な要素だったはず。

「鉾と盾、どちらが攻めでどちらが受けだったのでしょうか」

「ん? そりゃ盾でしょ? 夜明けの撤退戦で殿を務めながらも生き残ったイリスには心震えたよね」

「そうですか? 私はドーンブレイカーのほうこそ受け手なのではないかと思っております」

「えぇ? まぁ、アルフェンを守るシーンは多かったけれど……そうなのかなぁ」

「そうなんです。まさにそこが重要なのです。いいですか……」

ニナはローザから暁の獅子の講釈を受けることになった。

「要はローザはそういうのが好きってこと?」

「否定はしません」

「だけど、男同士って変じゃない?」

「そこは想像の中だけでいいんです」

「僕には難しいみたいだね。じゃあ、ローザは別にミルズのことは別に好きではないってこと?」

「そんなことはひと言も言っておりません」

「でも例えば……アクセル君とミルズが」

「それはそれでありです。問題はどちらが……」

ふとローザが視界に話題の人物が映る。

ローザが愛らしく手を振るとミルズは彼女達に気付いたようで人懐っこい笑顔を浮かべて近付く。

「珍しいツーショットだな。何をしてたんだい?」

「お互いが好きな物語の話をしておりました」

「間違ってもいないけど、正しくもない……かな」

ローザの言葉に硬い笑みを浮かべるニナ。

「物語? 浦島太郎的な?」

「何だい? それは」

「あぁ、俺の世界の作り話だよ」

「そういえば別の世界からいらっしゃったとか」

「そう、レティに連れてこられた」

「どんな世界だったの?」

「あぁ、俺が住んでたところは平和だったよ。モンスターなんていないし」

「けどミルズは戦ってたんだよね?」

「あぁ、それはそういう職業をしていたってだけ。 怪我して辞めざるを得なくなったけどな」

「怪我? 治せばよいのでは?」

「魔法なんて無い世界だからな、治らないものもあるんだよ」

「へぇ〜 不便だね!」

「便利と不便、こっちと比べたらどっちがってのはないなぁ。例えば転移魔法、こっちは制限があるものの一瞬で遠いところまで移動出来る」

「ミルズの世界では違うの?」

「あぁ。その代わり鉄の塊が500人乗っけて空を飛んで移動したりするんだぜ?」

「面白い冗談ですね。」

「いや、ほんとだって。 世界観が違いすぎて説明が難しいな」

「だって鉄の塊だよ?」

「あ〜まぁ、その辺は誇張というか……う〜ん」

「ねぇ、他に何かないの?」

「そうだなぁ。二人とも背が高いし、綺麗だからモデルとかできそう」

「モデル?」

「そそ。俺の世界では突出した美貌ってのはスターになれるんだよ。むこうに二人がいたら俺なんか声もかけられないぐらい遠い存在になれると思うわ」

いきなりそんなことを言われてニナは少し顔を赤くして照れる。

ローザはというと、ミルズから少し視線を外したあと、何かに気付き、そっとニナに耳打ちをする。

ニナもミルズの方に視線をむけたあと、ローザを見て頷くのだった。

それから二人は左右に別れて、ためらいもなくミルズの両腕を取る。

「僕たちはそんなに高嶺の華なのかい?」

ニナが耳元で囁く。

「あらあら、そんな二人を夢中にさせる殿方はどれほどの人物なのでしょうか?」

ローザも同じように吐息がかかる距離まで寄り、軽く肩を預ける。

思わぬ距離感に、ミルズの喉が小さく鳴った。

女性とこうして触れ合う機会などほとんどなくなっていた彼は、どう受け止めればいいのか分からず、情けないほどぎこちなく背筋を伸ばす。

「はは……なんだかモテモテだねぇ……」

ミルズは乾いた笑いと共に、視線を泳がせる。

久しく感じることのなかった柔らかな香りと体温に、心臓だけがやけに忙しく動き続けていた。

ミルズよりも少し身長の高いローザに顎を指で持ち上げられ、二人の唇は今にも触れ合う距離にまで近づく……


その瞬間……


空から、バケツをひっくり返したような水が落ちてくる。

冷水は一瞬で三人をずぶ濡れにし、髪も服もぴったりと肌に張り付けた。

「……な、なんだっ? 新手のドッキリか?」

ミルズが目を瞬かせて見上げると、そこには両手を腰に当てたレティが浮かんでいた。

背後には、まだ水飛沫を滴らせている魔法陣がゆらゆらと揺れている。

「ヌシら、ワシに気付いておきながら煽るとはのぅ……  妾ならば正妻には義を通さねばならんとわからぬか?」

「ふふ、正妻とはおかしなことを。まさかその余裕の無さは、そう主張しなければ自信を保つことは難しいのですか?」

「ミルズは"まだ"誰のものでもないけどね」

濡れ鼠のミルズは、にこやかに笑いあう三人から命の危険を感じるほどの寒気を覚える。

ローザは微笑を崩さぬまま、濡れた髪をかきあげる。

レティはニタリと口角をあげて冷たい視線を向ける。

「少し教育が必要なようじゃの……」

「望むところです」

「僕は負けない!」

三人の修羅が放つ空気に、人々は自然と道をあけた。

その後ろ姿が人混みに消えていくのを見送りながら、ミルズは噴水の前に立ち尽くす。

「……なんで俺、話しかけただけなのにずぶ濡れなんだ? 理不尽が過ぎる!」

獅子のモニュメントはそれに答えることなく、水を吐き出し続けていたのだった。

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