32話
「ワシがいくら万能の美しき女神といえど、その手が届く範囲はデモニアの想像よりずっと狭かったんじゃ。」
世界の覇を唱えて際限なく戦線を広げていったデモニアたちは、すぐに限界点を迎え、あっけなく崩壊した。
少数による多数の支配というものは地盤があってこそ成り立つものだとデモニアの人々はその怒りによって忘れていたのかもしれない。
レティは各地のゲートクリスタルを利用し獅子奮迅の活躍だったそうだが、当然彼女は一人しかいない。
不在を上手く突かれて、デモニアの将校達は一人、また一人と各個に撃破されていったそうだ。
そして、デモニアにとって最大の事件がその時に起こる。
レティの敗北である。
「なんというたかのぅ、もう名前と顔は忘れてしもうたが……ワシと互角のヤツが何人かおったんじゃ。 最初のヤツはアーフェンクラインの王じゃとか言っとった気がする」
「割とこの国と因縁深いんだな、レティ」
「そうかもしれんの。 王の次は王子、そっから先はしっかり覚えとらんのじゃが、とにかく執拗にワシに絡んでくるのは全員帝国の人間じゃったわ」
「よっぽど恨みを買うことをしたんだな!」
「簡単に想像がつく! ウチの鞄に隠してたお菓子、食べた犯人って知ってるんだからね!」
その程度で何回も命をかけて挑まれるのは精神的にくるな。
ウチの娘は想像力が豊かで頼もしいよ。
「ほんで、最期に負けたのはガキンチョじゃった。 まだ10歳ぐらいなんじゃないかのぅ…… ワシの手の内を見透かすように戦うヤツでな。為す術なくボコられたわい」
「まじかよ……」
「バチクソ強かったのぅ」
「レティの全盛は知らんけど、おまえが子供に負けるとは思えんな。どんなやつだったんだ?」
「そうじゃのぅ……なんちゅうか、老練? 当然ワシを半殺しどころか、9割殺し出来るんじゃから、力もスゴイんじゃけど」
「子供が老練なのですか?」
「うむ。ワシの行動を先読みするし、攻撃の癖なんかも見抜いとった。そういや、今考えるとそれまでのやつらもなんかだんだんやりにくくなっていった気がするのぅ」
「まるで記憶を引き継いでいるみたいだね」
「おぉ、まさにそんな感じじゃ」
ゲーマーには馴染み深い設定だ。
記憶を引き継ぐとか、自分だけがタイムリープしてとか、そんな事がこの世界にもあるのだろうか。
それぐらいのことがないとレティが負けるとは思えないんだけどなぁ。
「他にも強い人はいた?」
「うむ。 あの当時も帝国以外別の国じゃったが、三国がそれぞれ世界を治めていての。その三国共にそれぞれ神がおった、そいつらは強かったの。」
「おぉ、まるで神のバーゲンセール!」
「まぁ、ワシが何柱かはワシが殺ったがの、カカカ! さすがワシ。略してさすワシ!」
"が"しか略されてねぇ。
「神には勝てるのに人間には負けたんだな。」
「む! 痛いとこつくのぅ。神っつっても全員ちょっと不思議な事が出来る人間って感じじゃぞ?」
「神がそんな自称メンヘラ、キャラ作りのための不思議ちゃんとか嫌すぎるだろ」
「生命を司るとか大層なことを言っとっても体を潰せば死ぬあたりゴキブリと変わらんじゃろ。」
怖ぇ、こいつ恐ろしすぎる。
自分の事をゴキちゃんと変わらないだって!
なんて正しい認識なんだろう!
「実際ワシも殺されかけたんじゃからな」
「因果応報! IN GA OH FOR!」
なんだよ、それ。ノリだけで会話すな。
神を殺すだの殺されるだのフランクに語るレティにローザとニナは顔を引き攣らせている。
「かもしれんの。結局子供に負けるんじゃもの、この世界の神なんてそんなもんなんじゃよ。」
「レティは何を司る神なのですか?」
「ワシ? 知らんよ。ひょっとしたら何か役割があったのかもしれんけど……」
ともあれ、レティはこの後、俺たちのゲームの世界へと転生してきた。
そんなことどうやってやるのかも想像出来ないし、実際俺と娘が異世界に転生したんだから
そんなことも出来るのだろうよ。
「けどレティがそいつより弱くないと父ちゃんとも会えなかったし、今、めっちゃ楽しいから良かったんじゃない?」
「娘っ子の言い方がめっちゃ気に食わんのじゃが……まぁ、そうじゃの」
納得のいかない表情を浮かべながらも、今までのことを思い出しているのか、レティはまんざらでもない表情を浮かべる。
まぁ、ネトゲで遊んでいる時も今も、こいつと一緒にいるのは楽しい。
思いもよらない角度でボケてくるからオレのツッコミの技術は伸びる一方だ。
「んで、ワシがおらんくなったあと、ここがどうなったのかは知らんが、その時持っとったのがこの杖、原初の霊環じゃ。」
レティが杖の真ん中にある真紅の宝石をピンっと叩くと、それは粉々になって崩れ落ちた。
もともとヒビが入って壊れかけていた杖、これもヨシュアと呼ばれたデモニアの男と同様、すでに限界を迎えていたんだろう。
「これでアンデッドは大丈夫じゃろ。こいつから漏れ出した魔力が地下で鬱屈してアンデッドの苗床になっとったんじゃな」
「ん? じゃあ、やっぱりアンデッドもお前のせいじゃん」
「だいたい神様って神聖なものなんじゃないの? レティの魔力でアンデッドって……」
「おい、やめて差し上げろ! それ以上の言葉の暴力はいけない!」
「邪神とされる神もおりますし……」
「まぁ、レティだしね」
「ヌシらには信心が足らん」
「流石にお前を心の拠り所にはしねぇよ」
「レティちゃん像とか作るかのぅ。ヌシにもやるでな、使っていいんじゃぞ」
「黙れ、娘の前で変なこと言うな」
――
「さて……ニナよすまんが、ヨシュアを送ってくれやせんかの」
「うん……」
静かな玉座の間に荘厳なレクイエムが響きわたる。
レティのかつての仲間が安らげるよう、ニナが歌う。
風に溶けるような旋律は、遠い昔の記憶をなぞるようにレティへと寄り添うのだった。
「ん、感謝する、ニナ。 ヨシュアもこれでいけるじゃろ……」
「あんなに大事そうに杖を抱えて……よほど敬愛されていたのですね、レティは。」
「まぁ、大宇宙神レティちゃんじゃからな!」
こいつの言いぶりはどうかと思うが、何となーーく、それとなーーく、尊敬やら信奉やらされていたんだろうとは思う。
無原則に優しいわけじゃないと思うけど、厳しい中に確かな優しさを感じるし、面倒見はいい。
敬われて調子にのった部分はほぼ確実に、間違いなくあるんだろうけど……
それでもデモニアの境遇に思うところがあって先頭に立って戦ったんだろうなと、想像できる。
「まぁ、今回の依頼はこれで終いじゃろ」
「そうですね。 帝国にかえってゆっくりお風呂につかりたいところです」
「賛成、さんせーーい!」
「確かに今回は疲れたわ。ニナがあのフェイリスモンクを捕まえれるようにデバフかけてなかったら負けてたな!」
「さすニナ!」
「うむ、ニナがおらなんだらワシもヨシュアと会うことはできんかった、感謝する」
「僕もみんなの役に立てて良かったよ! そのことがとっても嬉しい!」
今回もなんやかんやで大冒険だった。
笑いあり、涙あり、死闘あり。
この世界で生きていくとイベントに事欠かないな、本当に。
こんな楽しい時間がずっと続いてほしい。
そんな事を思いながら、レティ城を後にする俺たちだった。
「ヨシュア……なんだかんだでワシは楽しくやっとる。これからもワシを天から見ておくとえぇ……」
レティが玉座の間に一度だけ視線を送って優しい笑顔を浮かべていた。
それに答えるように真紅の宝石の欠片が静かに光を反射していた。
それからレティはくるりと踵を返し、俺たちの方へと歩み寄る。
――過去を葬るのではなく、背負って生きていく。
その姿は……いつもより少しだけ……神々しかった。




