31話
「まぁ、とりあえず……大っっ勝利!!」
メイが天に拳を突き上げる。
逆転劇にテンションが上がってるのはわかるが……
「さっきまでボロボロ泣いてたやつがいたんだけど?」
「はぁ? 嘘つきは拷問のはじまりっていう言葉、知らないの?」
「一体どこの国のことわざだよ。物騒にも程があるわ!」
語呂だけで恐ろしい諺を作ろうとするな!
意味もまったくわからん。
「しかし、聞きました? メイさん。あの紫だかなんだかいう人達、負けていない、戦術的撤退ですって! あらやだ、ダサい!」
「勝つまでやれば負けてないって、誰の言葉だったっけ?」
「やだやだ、自分の負けを認めない人って。これだから負けるんだよ、成長がない!」
「5歳ぐらいから脳の成長が止まってない? 大丈夫、父ちゃん?」
勝利の余韻に浸りつつ軽口を叩きあう俺とメイだが、そこにいつも参加するヤツが今回はのってこない。
どうしたんだろうと視線を向けると、レティは静かに玉座の方へと歩き出した。
彼女の行く先、そこには大事そうに杖を抱いた男の石像があった。
いつも無駄な自信に溢れ、誰よりも偉そうに歩くレティが、ゆっくりと石像へと近付き、その頭を撫でる。
石像の男には螺旋を描くように伸びる角があった。
「こんなもの、後生大事そうに持ちよって……」
今まで見たことのない表情を浮かべるレティ。
その瞳からは読み取ることができそうにない、深い感情が秘められているような気がした。
「石化……しているのですか、この方は」
「みたいじゃのぅ…… この杖の持ち主をずっと待っとったんじゃな」
石化した男をよく見ると、腹部の右半分がなくなっていて致命傷だったことが見て取れる。
「ヨシュア……バカじゃの…… そんなになってまでワシを待っとったんか……」
石像の男の角を慈しむように優しく触れるレティ。
「ローザ、コヤツの石化を解いてやってくれんか?」
「ですがレティ……」
「うむ、わかっとるよ。じゃがの、コヤツはずっと待っておったんじゃ。じゃからな……」
「承知しました……」
ローザが跪いて祈りはじめる。
石化した男の頭上から光の粒が舞い落ちる。
それは彼を優しく包み、光が触れた箇所の石化をゆっくりと溶かしていった。
やがて完全に石化が解かれた時、彼はゆっくりと瞳をあける……
レティはいつも通り両手を胸の前で組み、反り返りながら言う。
「久しぶりじゃの、ヨシュア! ヌシの敬愛するレティちゃんじゃ!」
「レティ……シア……様?」
ヨシュアと呼ばれた男の瞳にはみるみるうちに溢れんばかりの涙が浮かび始めた。
「あぁ、最期に一目見ることが叶うなんて……」
「バカじゃのぅ……ワシの杖を大事そうに抱えよって。それは杖であってワシ自身ではないのじゃぞ?」
優しく、だけど力強く、レティはその胸の中にヨシュアと呼ばれる男の頭を抱きしめる。
「あぁ……このヨシュア……望外の喜び……でございます……」
「うむ。ヌシは幸せもんじゃの!」
しかし、男の身体は既にその命数を使い果たしていた。
何があったのか、それはわからない。
だが……命を繋ぎ止めるために自らを石化し、ただひたすらレティを待ち続けたのだろう。
千年の時は既に身体の限界を超え、ゆっくりと砂になるかのように崩れ始めている。
それでもヨシュアは身を正し、レティをしっかりと、力強く見つめる。
「レティシア様、杖を!」
「うむ。 しっかりついて参るのじゃ!」
「はっ! このヨシュア……レティシア様の行く先が……私の……」
削れゆくヨシュアの身体は風に攫われ、空へと返っていった。
命の光は尊く、ただ静かに散っていった。
レティはそれをずっと見ていた。
肩を震わせて……ずっと……
俺はそれを黙って見ていた。
――
「ヨシュアはの……デモニアと呼ばれる種族の男じゃ。今はもう誰も残っとらんようじゃがな」
俺たちは玉座の前の階段に座る。
レティの目は遠くを見つめ、記憶の底を旅するように語り出す。
デモニアは非常に強大な力をもつ種族だった。
それ故に、彼らは恐れられ、彼ら以外の全ての種族に忌み嫌われていた。
それが迫害へと変わっていったのは自然なことだったのかもしれない。
少数だったデモニアは、明日の食料すらも手に入れられないような厚い雪に覆われた不毛な大地へと追いやられた。
それでも彼らは耐え忍び、雌伏の時を過ごした。
だがそれも限界を迎えたある時――
何の前触れもなく、不毛の土地に異変が起きた。
雪に閉ざされた大地が轟音と共に脈打ち、まるで何かが胎動するように波打った。
そしてその中心に、今まで存在しなかったはずの漆黒の塔が天を突き破るように出現したのだった。
気がつけば、その塔を中心とした巨大な城郭が、まるで最初からそこにあったかのように、大地に根を下ろしていた。
石を積む音も、職人の姿もない。
雪と岩と魔力で構成されたその城は、まさに一夜にして築かれた幻想──否、奇跡であった。
その玉座の間に、ただひとり膝を抱えて座る少女がいた。
白銀の髪、虚ろな紅い瞳。
彼女は誰とも言葉を交わさず、まるで夢の中にいるようにじっと外を見つめていた。
「それがワシ……だそうじゃ。覚えておらんがの」
湯呑みにふぅふぅと息を吹きかけお茶をすするレティ。
彼女からこういう話を聞くのは初めてだ。
自分が神だのなんだのぎゃーぎゃー騒ぐ割に昔の事はあんまり話さなかったからな。
「んで?」
「物心つく頃って言ってえぇんかわからんが、気がついたらデモニアたちはワシを神だのと祭り上げて盛り上がっとった」
抑圧され迫害されてきたデモニアたちは自分たちの身に起こった奇跡を決起の時と信じた。
「まぁ、飯もまともにありつけんトコじゃったからな。ワシもお腹減っとったし」
そういう理由でデモニア達は自分達の権利を取り戻すため、レティを中心に据えて立ち上がった。
そして今のアーフェンクライン帝国の一部を占拠して、自分達の国を作ったのだった。
「まぁ、もともとデモニアは数が少なかったからの、自分達が食っていける分だけの土地で良かったんじゃ。じゃがな……」
長い時を虐待され抑圧され続けた彼らの自尊心は深く傷ついていた。
自分たちの小さな国では満足できず、一部のデモニアが世界の覇を唱え始めた。
「ほら、ワシ、空気を読むとこあるじゃろ? じゃからな……」
「ヨイショされて気持ちよくなったのか?」
「……んまぁ、そういう一面もあったかもしれん!」
「おまえの良いところは裏表がないところなんだけどな」
「む、そうかの。 じゃとしたら……そういう面しかなかったかもしれん!」
馬鹿すぎて褒められてる風に話せばなんでも前向きに捉えられるな、コイツ。
面白い。
「まぁ、そんな時に側付きとしてワシと常にともにおったのがヨシュアじゃった」
懐かしそうに急に優しげな顔をするレティ。
良い表情をするじゃない、馬鹿にしてゴメンよ。
心の中で謝っておく。
「ワシ、寂しがりやじゃから、友達が欲しかったんじゃよ。皆、ワシのこと、神だのなんだのと祭り上げるでな、話し相手もおらんかった。あやつもワシを崇めておったがな、それだけではなかったんじゃ」
まぁ、ヨシュアっていう人がどういう人かはわからない。
けど、あの最期を見ただけでどれだけレティを敬愛していたかはわかる。
「2人だけの時は話し相手になってくれてのぅ。 一緒にお菓子を食べたりしたこともあった。仕事しろって小うるさくもあったがわざと見逃してくれたりのぅ」
レティの顔から彼女もまたヨシュアに深い信頼を置いていたことを感じる。
なんだろうな、この気持ち。
なんだか胸がモヤモヤする気がするけど多分さっき食べたまんじゅうのせいに違いない。




