28話
重たい石の扉が開ききるより前に、冷気が肌を刺した。
玉座の間――その入口近くの広間で、ミルズたちは奇襲を受けた。
「レティ! ローザ!」
ミルズがとっさに一歩前に出て、全身で仲間を庇うように構える。
「あやつら、いきなり魔法ぶち込んできよって! 何なんじゃ!」
「ギルドの件といい……おいたが過ぎますね」
レティが即座に魔法障壁を展開し、横合いから飛び込んできた氷の弾丸を弾いた。
広間は玉座の間の手前、石造りの大空間。
天井は高く、魔力灯がぼんやりと周囲を照らしている。
見通しは良く、障害物は左右に立ち並ぶ柱だけ。
互いが柱を隔てて陣を張る。
敵の実力が未知数のまま、強化魔法無しで動くべきではない、そうミルズは判断した。
「メイ、こちらの戦闘準備が整うまで突貫は無しだ!」
「オーキードーキー!」
「ニナとローザは強化魔法を! レティ、牽制で時間を作ってくれ!」
奇襲から立ち直るべくミルズたちは即座に行動を開始した。
その時、広間の奥――柱の影から放たれた氷槍が、一直線にミルズへと迫る。
仲間を守るため、ミルズは全神経を張り詰め、反応の限界に挑んだ。
だが、一点に集中すれば他が疎かになる。
魔法への注意に意識を奪われたミルズの側面を突くように、ジョウジョカが氷の陰から跳躍する。
気配もなく、滑るように近づきレティたちへと急襲を仕掛けた。
「しまった!」
死角から滑り込むジョウジョカの動きは、明らかに常人の反応速度を超えていた。
拳が詠唱中のレティへ届く寸前――
「舐めるな!」
メイが割って入り、鋭いストレートをジョウジョカの顔面に放つ。
だが、彼女はそれをスウェーでかわし、背後へと流れるように抜けて、そのままオーバーヘッドキックを放つ。
虚を突かれたメイは顎を砕かれ、無防備なまま床に崩れ落ちた。
戦闘開始わずか数十秒――主力のひとりが倒れる。
その衝撃に、パーティー全体のバランスが一気に崩れた。
ミルズは後衛を守るように立ち回り、時間を稼いだ。
相手の数は少ない、そこに希望があるはずと考えたからだ。
ジョウジョカの実力は最初の一撃で理解した。
この空間内で、間違いなく彼女が最速、最強。
そう確信した瞬間、再び氷槍が飛来する。
「レティは敵魔道士を牽制! 連続で打ち込まれるな! ローザはメイの回復を優先、ニナは……」
声を張り、指示を飛ばすミルズ。
だが、言い終わる前に新たな氷が襲いかかる。
「くそっ……」
今回は逃さない――視野を広く保ち、ジョウジョカの動きを捉えられるように広間の柱や影の動きにも気を払う。
そして、やはりジョウジョカは、氷槍の死角を利用して再度突撃してきた。
「二度も同じ手が通用するかよ!」
ミルズは剣を構え、氷槍ごとジョウジョカを捉えるべく踏み込む。
だが――その瞬間、視界が閃光とともに爆ぜた。
ジョウジョカが氷の槍同士を蹴って衝突させ、意図的に氷を破壊したのだ。
目の前で起きた衝撃にミルズの反応が一瞬遅れる。
不測と予測――その差が、生死を分ける。
ミルズの突きは空を切り、ジョウジョカに懐へと入り込まれる。
腰を落とし、踏み込んだ勢いのまま肩口から体当たりを浴びせられる。
全体重をのせた衝撃がミルズの腹部を貫き、破城槌のような一撃で吹き飛ばされる。
飛ばされた先に、なおも降り注ぐ氷槍の群れ。
斬り裂くような冷光がミルズの身体を穿ち、痛みと共に床へと叩きつける。
その隙を突き、ジョウジョカは追撃に向かう。
「父ちゃん!!」
間一髪、ローザの回復魔法で立ち上がったメイがその進路を阻む。
メイの速攻に、ジョウジョカは不意を突かれ、舌打ちと共に後退する。
ミルズは千切れかけた腕をかばいながら、それでも立ち上がる。
朦朧とした意識の中であっても、彼の戦意は失われてはいない。
ラセルナは戦況を俯瞰する。
いつものように彼女は冷静に相手との戦力差を測り、次の一手を選ぶのだ。
「流れは悪くない。このままで勝てる、はず……」
ラセルナたちは優勢――少なくとも盤面の上では。
だが、それでも焦りはあった。
ここにくるまでに相当量の魔力を消費したためだ。
それでも彼女がそう思えるのは、敵の剣士とモンクの腕は、ジョウジョカよりも数段落ちるということ。
冷たい空気の中、ジョウジョカは一度ラセルナの元へ戻る。
その身には、いくつもの浅い傷。
レティの魔法はジョウジョカのスピードにも対応し彼女を捉えていた。
ジョウジョカでなければ、致命傷になっていたかもしれない。
だが、彼女はそれを上回るスピードで回避したのだ。
彼女の呼吸は浅く、肩で息をしている。
「ラセルナ……回復」
短く告げて後退するジョウジョカに、回復魔法の光が降り注ぐ。
ジョウジョカの傷ついた身体が治っていく姿を見てラセルナはふと眉をひそめた。
「その足……」
「はぁ? なんにゃ?」
ラセルナが指差したのは、ジョウジョカの太腿に浮かぶ、光を帯びた細い針のような異物だった。
極細のそれは、さながら髪の毛を刺したように細く、微かな魔力を帯びて淡く揺れている。
「なにか、刺さってる?」
痛みはほとんどなかったのか、ジョウジョカはそれに今まで気づいていなかったらしい。
指先で摘み取り、床へと投げ捨てる。
「こんなものどうでもいいにゃ……」
戦いで高揚する彼女はそれが何か、深く考えなかった。
意識を敵へと向け、再び闘志を燃やす。
「もう一発いくにゃ! セリアス、ぶっ放せ!」
「待って、まだ!」
ラセルナの制止も聞かず、ジョウジョカは敵へと向かって突撃していく。
狙いは回復途中のミルズ、今の彼ではジョウジョカの攻撃を受けきれない。
「来ると思ってたよ!」
そこに再び立ちはだかったのはメイだった。
右拳を握り、今度は側面から迎え撃つ。
ジョウジョカは今度もその攻撃を躱し、反撃に転じる……はずだった。
だが――動きが鈍い。
「にゃ……?」
跳ねたはずの脚に、わずかに違和感がある。
普段なら難なく回避できる攻撃が彼女の頬を掠め、バランスを崩す。
その瞬間、広間に一陣の風が吹く。
レティがその隙を見逃さずにジョウジョカの背後を襲う。
「くそっ……!」
これまで完璧だった連携がここにきて初めて崩れた。
メイとレティ、二人の攻撃がかすかにだが、確かに彼女を捉えたのだ。
「ジョウジョカ!」
ラセルナの怒声とともに、セリアスが魔法を展開。
空間に浮かぶ氷の魔法陣が、再びミルズたちに狙いを定める。
セリアスの魔法が放たれる中、ラセルナの視線が一瞬だけ戦場を斜めに切り裂く。
その先にいたのは、舞うように動き、淡く光を帯びた魔力を振りかざす少女――ニナ。
攻撃に加わるわけでもないが、メイとレティに呼応した動きをしている。
(……あの子、ただの支援役じゃない)
ラセルナは、ニナの動きに不穏の気配を感じ取る。
「いったん下がって! 再編成する!」
彼女が叫び、ジョウジョカに退避を指示する。
セリアスの氷槍が敵陣へと届き、再編の時間的猶予が生まれる。
ラセルナは考える。
何かがおかしい、ジョウジョカの動きが鈍い。
剣士とモンクは彼女より劣ってはいるがその実力は高い。
少しのブレが戦闘に大きく影響するかもしれない。
「……増えてる」
「にゃ?」
「さっきの針。ジョウジョカの脚に……腕にも!」
ジョウジョカの身体には、目を凝らさなければ見えない、光る異物がいくつも突き刺さっていた。
「クソ! さっきからにゃんだ、これ!!」
その針の正体はわからない。
ただ確かなのは、ジョウジョカの動きが徐々に鈍っていること。
そして、自分たちの内部に乱れが生じてきていることだ。
生まれた時間的猶予は当然ミルズたちにも与えられる。
「よし……」
ミルズは剣を握り直す。
千切れかけた腕に回復は完全ではない。
だが、それでも――
「ここからが、反撃のタイミングだ」
メイと視線を交わし、ローザの魔力が再び全体を包む。
ニナの歌が、音が玉座の間に響く。
「ククク、ニナがこの戦いの要になるとはの! 剣と盾をもってドタバタしていたのが懐かしいわ」
レティが満足そうに笑う。
レティは撤退も考えて戦っていた。
このままいくのはマズイ……そうレティが判断するほどに状況は敵へと傾いていた。
だが強襲され劣勢の中、ニナは冷静に戦いのキーとなる人物を見定め、敵にも味方にも悟られないように罠を仕込んだ。
彼女の判断からミルズたちの逆転の一手が生まれていたのだ。
そして、その手は、確かに敵の喉元へと伸びていた……




