27話
「興味本位できくんだけど、おまえさ、その生き方でいいの?」
俺たちはレティの移動魔法で問題の城へ転移した。
そこで最初に視界に捉えたもの……
白磁に艶めく曲線美。
側面には古代語で謎めいた詩文が彫り込まれ、縁には繊細な金の象嵌。
それに沿って散りばめられた紅玉や青玉が、淡い魔力の光を灯している。
これがどれほどの価値があるか、素人には想像できない。
しかし、あらゆる人間がひと目みて心を奪われる、素晴らしい芸術作品であろうことは理解できる。
それが便器じゃなければ……だが。
「普通に……普通に考えてよ? 移動先がトイレってどうなの?」
「ワシもあんま覚えてないんじゃが、多分出したあと便利じゃと思いついたんじゃないかのぅ」
「出したあととか言うんじゃねぇ」
「便利と便器、似とらん?」
「そりゃ子音が同じで一文字違いだからな」
城と言われてどこに飛ぶか、普通に考えてだ!
多分玉座の間だったり、王の私室だとか思うだろ。
なんで用を足すのも憚るほどの高級便器の前に飛ばなきゃならんのだ。
「おい、ヌシ、やめろ! やめるんじゃ! ワシを便器に突っ込むのはよせ!」
「汚物はちゃんと流さないと駄目だろ」
「ローザ! コヤツを止めい! あ、ケツが便器の水で濡れてしもうた!」
さすがのニナも俺の行動を止めようとはしなかった。
しかし、汚物が大きすぎて流すことができず、俺たちは悔し涙を流して諦めるのだった。
トイレを出てそこらを歩き回る。
城内は静けさに包まれていて誰の気配も感じられなかった。
問題のアンデッドも見当たらない。
本当にレティのせいでアンデッドが大量発生したわけではないのかもしれない。
「おケツが冷たい」
「黙れ」
しかし、この馬鹿は馬鹿でさえなければ……
本当に神なんだろう……
「凄い! この柱とか見て、父ちゃん! この模様、彫ってあるよ!」
メイが指し示す石柱にはどうやって作り出されたのかわからないほどの細やかな彫刻がなされている。
それは1つや2つではない。
全ての柱や壁に刻まれていた。
ローザも父の商売の関係で質の良い美術品を目にすることも多かっただろう。
そのローザも絶句するほどのものを暇だからだという理由で作ったヤツが隣にいる。
「お尻が冷たいんじゃが?」
「魔法で乾かせばいいだろが!」
「ケツから生暖かい風が出とったらワシ、おならしとると思われん?」
わかってる。
わかってはいるんだ。
人を異世界に転生させたり、ゲートクリスタルを生み出し世界中に設置したり……おとぎ話に登場したり。
そのスケールの大きさはまさに神そのものだ。
本人のスケールが小さすぎてどうにも実感が沸かない。
「それで……どこに向かっているのですか?」
「まぁ、とりあえず玉座かの。 ヌシら、ワシの眷族じゃからあんま感じ取れんかもしれんが、なんかワシっぽい魔力がそこから流れとる。」
こいつ、今しれっとローザやニナも"眷族"だと言い切ったぞ?
レティから作られてる俺とメイならわかるけど!
あ、ローザが固まってる。
ニナはよくわかってなかった。
どんまい、ローザ!
気にしたら負けだし、気にしても無駄だ。
「玉座はこっちじゃ。」
勝手知ったる我が家なのか、レティは城を迷いなく進んでいく。
俺たちはその後をついていくのだった。
―― 玉座の間
主のいない玉座の前に、ひとりの男が傅いていた。
それは動くことのない石像――だが、その姿には、確かな意思が刻まれている。
膝をつき、頭を垂れ、まるで忠誠と畏敬を捧げる祈りの最中に、そのまま時を止められたかのようだった。
男の腕には、豪奢な杖が抱えられている。
金銀の細工が施され、柄の表面には魔法文字が幾重にも彫り込まれていた。
そして、その杖の先端には紅く輝く宝石――しかし、その宝玉には細かなヒビが入り、そこから力の弱いものならばそれだけで昏倒してしまいそうな程の魔力が漏れ出している。
玉座は空虚でありながら、男の姿がそれをなお神聖な場に見せていた。
「デモニア……」
ラセルナが震えた声で彼を見て呟く。
残された資料や文献は少ない。
ただ千年の遠い過去、亜人を率いて大戦争を起こし世界を恐怖で覆い尽くした蒙昧の魔女。
今はもう絶滅したとされるその亜人、それがデモニア。
男の頭部には、黒紫に艶めく角が二本、側頭部から後方へ流れるように伸びていた。
まるで夜空に沈む雷光をそのまま彫り上げたかのような形状で、表面には魔素の揺らめきがほのかに漂っている。
その角は、ただの異形の証ではない。
デモニアとしての誇りと血の象徴――自らの存在を示すかのように、沈黙の中にあっても強烈な存在感を放っていた。
石となった今なお、その角は光を反射し、見る者に畏れと美を同時に突きつけてくるのだった。
「おとぎ話の中のデモニアにゃ?」
「おそらく……としか……」
ラセルナも当然見たことなどない。
しかし、この特徴的な角は今を生きるどの種族にも当てはまらない。
「この杖か……」
セリアスが警戒しながら近付いていく。
この石像の男が大事そうに抱えている杖の先端、ヒビの入った紅い宝石が周囲に漏れ出す濃厚な魔力の源だ。
紅蓮に燃えるような結晶は今にも崩れて割れそうだ。
「これ……石像じゃないかもしれない…… 杖の魔力でわかりにくいけど角から極小の生きた魔力を感じる!」
「石化魔法かにゃ?!」
ラセルナたちは一旦石像から距離を取る。
想像もしていなかった事態に戸惑う3人。
どのような理由があったのかはわからない。
しかし、目の前の石化した男の視線には、その忠誠を捧げる対象がいたのではないだろうか。
誰もいない玉座に頭を垂れるデモニア。
デモニアが傅く相手など一人しかいない。
「ここは……レティシアの居城か!」
自分たちの発見に驚愕するセリアス。
「となると、まさか……ここ最近の世界の異常は……」
ラセルナの頭の中に組み上げられる一つの仮説、それはつなぎ合わせることもできなかった異常に一つの方向性を持たせた。
「蒙昧の魔女……レティシアの復活……」
「まさかにゃ。 大昔の作り話がそんにゃ……」
言葉を失い立ち尽くす3人。
自分たちの荒唐無稽な考えが間違いであることの理由を必死に探すラセルナ。
その時、静寂を破るようにコツ、コツと床を叩く音が聞こえる。
誰もいないはずのこの城の中では音がよく響く。
少しずつ音が大きくなり、近づいてきていることがわかる。
「早くこんか! 玉座もワシの力作じゃぞ!」
「はしゃぐな。 玉座じゃなくて便座だったら今度こそ意地でも流すからな!」
こちらに近付くにつれ、うっすら話し声が聞こえる。
どうやら冒険者パーティーのようだ。
「しっ!」
人差し指を口に立てジョウジョカが静かにするように合図を送る。
フェイリスは他の種族よりも耳が良い。
ラセルナやセリアスでは聞き取ることのできない会話をジョウジョカは聞き耳を立て拾う。
「便座がどうのとか言ってるにゃ。 意味がわからんにゃ…… それに……この声……」
やがて3人の前に見覚えのある人影が現れる。
真紅の瞳、白銀の髪の少女。
先日、ゴルドバのギルドの前で揉めた相手だ。
少女の後からあの時のメンバーが遅れて玉座の間に入ってくる。
「ん? ヌシら、どっかで見た顔じゃの?」
こちらを視界に収めると少女はそう話しかけてくる。
まずいことになった。
秘密裏に調査を終えて帰還したかったが……まさか他の冒険者がこれほど早くここに到達するなんて。
ラセルナは思考を巡らせる。
あの二人の魔法使いはとても優秀だった。
彼女たちを抜いて魔法を撃ち込むのは難しいかもしれない。
あの剣士とモンク次第か……
しかし、自分たちにはジョウジョカがいる。
ラセルナは意を決する。
「殺します。」
ジョウジョカは口角を上げ楽しそうに笑う。
ロザリカ・ナザリカがウィンダミアの魔法使いの頂点ならば彼女は武の象徴。
あらゆるものを噛み砕く刃だ。
「そうこにゃくっちゃにゃ!」
拳を鳴らし首を回すジョウジョカ。
セリアスは杖を少女に向け宣言する。
「そこで止まれ」
敵意を剥き出しにして魔力を紡いでいく。
ラセルナは強化魔法をかけ、戦闘準備を整えていく。
「ん? どしたん、レティ。 あぁ、こいつら!」
「あの時の…… 紫だか何だかの……」
フェイリスのモンクとエルフィニアの剣士が姿を見せる。
「あの粗暴な冒険者たちですね」
「紫炎の誓いだよ!」
パーティーメンバー勢揃いか……
ラセルナは彼らを睨みつける。
一人でも欠けていれば少しは楽ができたのですが……
「運が悪かったですね、残念ながら死んでもらいます!」
全ての準備が整った直後、セリアスとラセルナは彼らに氷魔法を撃ち込んだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
どうでしょう、そこまでお手間は取らせないと思いますので評価とブクマをいただけないでしょうか。
あまり反応がないもので、寂しくもあります。
どうかよろしくお願いいたします。




