23話
海鳴りが響いていた。
白い波頭が岩礁に砕け、しぶきが風に攫われてゆく。
かつて火山だったという断崖が海に張り出し、その上に築かれた町――ゴルドバ。
削れた岩の迷路を利用した階層構造に、漁民、商人、冒険者、時に海賊すら入り混じるこの港町は、秩序と混沌が入り混じる活気に満ちていた。
崖下には木製の桟橋が迷路のように伸び、帆船や蒸気船が昼夜を問わず出入りしている。
陽気な楽師の音にかき消されるように、怒号、罵声、交渉、笑い声……人々の生活音が濃密に渦巻いていた。
「うわぁ! すっご!! 父ちゃん、ここ、すっご! エキゾチック!!」
「語彙の貧弱さがもうすっごいね。」
父は心配です。
これでもかと言わんばかりに首をグルグルと回して辺りを見回すメイ。
今まで戦ってばかりだったけど、こういう“異世界文明”ってやつに触れるのも悪くないな。
「僕もここには初めてくるなぁ。 町には音楽が溢れているし、皆楽しそう」
「私は船でこの辺りを通りました。……けれど、その時はお金がなくて、景色を楽しむ余裕はありませんでした」
三者三様の反応だな。
「それでも、この辺りからエルフィニアの方が増えてきて頑張れました」
コイツも大概だな……
景色を見る余裕はなくてもエルフィニアは見るのな。
「ワシもここは懐かしい。 ここにはいくつも洞窟があっての。 隠れるには最適じゃった」
「あぁ、何か前に仕事に追われるから逃げまわってる的な事を言ってたな」
「うむ。 最大の問題は洞窟に逃げても遊ぶもんがないんじゃ。 暇を持て余して地下に城とかつくったもん」
マイクラかよ。
城は暇つぶしに建てるもんじゃねぇよ。
ここ、ゴルドバには依頼で来た。
数カ月前から洞窟内にアンデッドの発生が多くなりだし、段々とこの町だけでは対処しきれなくなり始めたのだった。
ゴルドバは、バストン共和国やウィンダミア連邦とも交易のある要所だ。
ここで発生する問題はそのまま各国の不利益に直結する。
そのため各国は協力し、資金を出し合って問題解決に乗り出した。
ヒュランにネイフェル、フェイリスといった様々な国や種族の冒険者たちが集い、町はかつてないほどの熱気に包まれていた。
「人多いね! お祭りみたい!」
「普段はここまで多くないんだろうけどね」
「アンデッドモンスターの討伐数に応じて報酬が決まるみたいで普段より査定額が多いんだってさ」
完全に俺達好みの依頼でアツい。
レベリングしてるだけでお金が入るとか……ここでしっかり稼いで金が尽きるまで山籠りでもするか?
夢が広がるな。
ギルドの建物は崖に食い込むように建てられていた。
石造りの重厚な二重扉に外には年季の入った掲示板。
そこにはところ狭しと依頼票が貼られていて、この町の活気が伺い知れる。
「新しいギルド、新たな依頼、迫りくるアンデッドモンスター! 冒険の始まりだ!」
メイが勢いよくその扉を開けようとしたその時、バンっと中から勢いよく扉が開く。
「あぶない!」
メイの首根っこをつかまえて扉を避ける。
結構ギリギリだったぞ?
中から現れたのは緑を基調としたローブをまとったネイフェルの男女二人とフェイリスの女モンクの三人組。
こちらを気にする事無く俺たちの間を割って通っていく。
「なんだよ、その態度!」
俺たちのど真ん中を悪びれること無く進む彼らにメイが怒る。
「にぁんだぁ?」
フェイリスの女モンクがこちらを睨みつける。
「普通さ、お互いどちらかに寄って道を譲り合わない?」
「はぁ? ウチらを紫炎の誓いと知っての事ニャンだろうな? あんまり舐めてっとブチのめすぞ?」
「そんなの知らないよ! 自意識過剰なんじゃない?」
「おまえ、喧嘩売ってるんだニャ?」
「はぁ? 先に売ったのはそっちだろ!」
メイがフェイリスの女モンクと睨み合う。
「君たちはなんだ?」
亜麻色の髪を後ろにまとめた糸目のネイフェルの男がこちらを見る。
それぞれに色の異なる宝石のついた輪がついた錫杖のようなものを持ち、周囲の岸壁に囲まれた世界から浮いた深い緑色の高そうなローブ。
ウザったらしい垂れた前髪でよく表情は見えないが、友好的である印象は受けない。
その時だ。
淡い緑の光に包まれる。
耐風魔法の結界だ。
「ギルドの前で攻撃魔法なんておいたが過ぎますね」
「あくびが出るほど遅い属性変換じゃのぅ。 それではワシらには届きもせんの」
糸目の男は手に持つ杖を少し揺らす。
俺は気付けなかった側だけど……多分あの糸目が風魔法を放とうとしていたのだろう。
動揺が透けて見えるぜ?
ふふん、どうだ?ウチのパーティーメンバーは煽りセリフだって風より速く放つんだぜ。
糸目の男からの圧が増す。
女モンクも既に臨戦態勢だ。
敵意をこちらに向けて睨んでいる。
一触即発の空気の中、もう一人のネイフェルの女性の声が響く。
「喧嘩をする為にここに来たのではありません。 ロザリカ様の命令に背くつもりですか?」
静かなその声が、火花を散らしていた場の空気をすっと鎮め、糸目と女モンクの熱を引かせた。
糸目はこちらを睨みつけながら振り返り、猫モンクは
「顔、覚えたからにゃ! 今度会ったらブチのめしてやるにゃ!」
と捨て台詞を吐きながら立ち去る。
糸目の男と同じ緑のローブをまとい、金色の髪をポニーテールにしたネイフェルの女性は俺達に頭を下げる。
「連れが失礼しました」
「こっちもすまなかった。 大人気なかった」
「ではお互い様ということで」
振り返り、二人の後をトトと走って追うネイフェルの女魔道士。
跳ねる後髪と錫杖のような杖が印象的だった。
その背中を見つめるニナが言う。
「紫炎の誓いって言ってたからウィンダミアの冒険者だね。」
「知っているのか雷電! いや、ニナ」
「僕、結構ミーハーだからね。 どの国の誰が強いとか、そういう話が好きなんだ」
意外な一面。
が、わかる。
あと俺はその中に自分の名前が入ってたら、それはもう気持ちよくなっちゃうね!
「騎士になって戦場のネームドの首級を挙げてお家再興!っとかって妄想してたんだ。 さっき言ってたロザリカっていう人も超有名人だよ」
「へぇ〜」
「まぁ、もう少し時が経てばワシらも有名人よ」
「パーティー名とかなかったけど考えちゃう? ウチ、ワクワクしてきた!」
「レティちゃんとその従僕」
「却下」
「唯一神レティちゃんとその信者」
「おまえ、ちゃんと脳みそ入ってるか? アンパンマンだってあんこが詰まってるっていうのに」
「ちなみにロザリカは今、最強と名高い魔法使いで紫炎の華って呼ばれてるよ」
「おぉ、最強!」
「良い響き!」
「女神レティちゃんと忠犬達」
「黙れ」
ワイワイと騒ぎながらギルドに入りゴルドバでの登録を済ませる。
これで明日からバトル三昧だ。
アンデッドモンスターとは初めて戦うから楽しみだ。
――
ギルドから少し離れた、高台にある崖縁の広場。
潮風がローブをはためかせる中、先ほどのやりとりを終えた三人が並んで海を見下ろしていた。
「あいつら、ムカつくにゃ! ウチらを知らにゃいとかどこのモグリだにゃ!」
猫耳の女モンク――ジョウジョカが不満げに足を鳴らす。
「行く先々で揉めないで下さい。争いは任務の障害にしかなりません」
冷ややかに返すのは、金髪ポニーテールの女性――ラセルナ。
「あの魔道士二人、私の魔法の発動前に属性を把握して防御魔法を張っていた。」
糸目の男――セリアスがぽつりと呟く。
「ロザリカ様でもそんな事ができるか……」
セリアスは自分の師とあの二人を比べる。
強さは圧倒的にロザリカ様だと思う……しかし……あの魔法技術……
自国で評価され天狗になっていたかとセリアスは気を引き締める。
「他国の冒険者にあの様な者がいるのは……この先障害になるかも知れませんね。」
ラセルナは任務の達成の為に成すべきことを考える。
結果としてあの様な者たちがいることを事前に知ることができたのは僥倖だ。
「できれば戦闘は避けたいですが……」
「邪魔になれば消すにゃ」
「短絡的なところはあなたの駄目なところです。 抜きどころは私達が考えます。 その刃、しっかりと磨いておいてください」
崖下から響く波音が、戦火の前触れのように不穏なリズムを刻んでいた。




