103話
帝国兵が歓喜し、連邦兵は涙した。
シリウスとロザリカ、二人を囲う兵士達はまるで観客のようだ。
そうだ、ケージの中で俺は笑っていた。
下馬評の不利を何度も覆し、あらゆる敵を倒してきたのだった。
そんな絵が二人に重なる。
気付くと拳を握った手が震えていた。
ロザリカは真っ向から世界最強の男と戦ったのだ。
場所も違えば世界も異なる、そこでチャンピオンになるために、彼女は全力を出した。
シリウスにしか使えない反射魔法を用意し、自らの才能で危機を打開した。
それでもなお届かない世界の頂がそこにあっただけだった。
「なぁ……」
「ん、そろそろ行くかの? 見つかる前に退散じゃ」
「いや、そうじゃなくて……」
喉から出かけた言葉が出なかった。
この世界にきて、別に強さだけが全てではないと、そんな風に考えが変わっていた。
それが……
「おぉおおおお!」
連邦軍の中にどよめきが起こった。
ロザリカが立ち上がったのだ。
胸に打ち込まれた傷からとめどなく血が流れ続ける。
それでも回復魔法をかければ一命は取り留めるはずだ。
だが、ロザリカは思いもよらない行動に出た。
彼女の杖の先から小さな紅蓮の炎が現れる。
もはやロザリカの代名詞である紫炎を生み出すことも叶わず、その命から絞り出すように紡いだ魔力を使ってちっぽけな魔法を行使した。
命よりも勝利だと、朦朧とした瞳でシリウスを捉えて……ロザリカは未だ勝利を目指していた。
その姿に俺の心はシビれた。
あの姿は……あの時置いてきた俺なのだ。
がむしゃらに走っていた当時のアツい記憶が呼び覚まされる。
その時、ふと皆の視線が俺に集まっているのに気付いた。
なんかめっちゃ見られてる。
「はぁ……仕方ないのぅ」
「まぁ、割と考えがコロコロ変わる方ですし」
「柔軟な思考だよね」
「優柔不断!」
俺は何も言っちゃいないんだが……
「どうせやりたくなったんじゃろ?」
「でも皆を巻き込むから……」
「けど、やりたいんだね」
「意志薄弱! カス!」
……この人たち、人の心でも読めるの?
それとも俺がサトラレ?
人をカス呼ばわりした娘のコメカミを拳でぐりぐりしながら、皆を見回す。
「いいの?」
「ヌシが望むならの」
「高くつきますよ?」
「責任は取ってよね」
「痛い痛い痛い、割れるぅううう〜」
チラリとレズンを見た。
「我にとってはアヤツは父の仇だ」
「ごめんよ。そして皆、ありがとう!」
俺は深々と頭を下げた。
わがまま言ってすまんね! 言うこと二転三転してごめんよ!
だけど、そう思った時がやる時だよな!
「よし、急ぐぞ! ロザリカが死んじゃうからな! レティとレズンはカッコいい登場シーンの演出だ! ローザはロザリカを回復、メイとニナは俺と一緒にカッコつけにいくぞ!」
そう皆に号令を出した。
ロザリカの魔法がシリウスの眼前で震えて消えた。
もはや完全なる魔力の枯渇だ。
そしてロザリカは今度こそ意識を失い、糸が切れたあやつり人形のように崩れ落ちようとしていた。
その時、帝国軍の眼前に巨大な氷の刃が現れた。
底が見えないほどに深く大地を切り裂き、そのまま周囲を一瞬にして凍らせていた。
その時、連邦軍の周囲に雷が振り注いだ。
その様は巨大な龍が何度も大地を叩くようで、この世のものとは思えない光景だった。
誰もが何が起こったのか、わからずにいた。
あとに訪れたのは静寂だけだ。
そして気付けば、彼らの視線の先にはロザリカを抱き上げる男の姿があった。
傍らには3人の女性。
全員が怪しげな仮面をつけていた。
「天知る! 地知る! 月が知る! 貴様の悪行、このクレセントムーンが……って別に悪行じゃなくない?」
「おい、折角の演出を台無しにするな!」
「父ちゃんがノリで突っ込むから!」
「僕の名前はオーロラジュピター! 愛と希望の戦士だよ!」
「勢いでなんとかしようとしている!」
「慣性の法則! 迷いに迷ったオーバーラン!」
「私の名前はムーンラビット。愛と美を司ります」
「まさかの月かぶり! ついでに愛までかぶってる!」
「適当が過ぎる!」
「……そして俺の名は、ファイヤーマーズ! 熱き心の漢!」
「さっきまで燻ってたじゃん」
「再燃!」
静寂の中、響き渡る名乗り口上。
そのあとに続くのも、また静寂であった。
「とぅ! ワシの名はビーナスビーナス!」
「ははは、ドラゴンアース参上だ!」
演出で巨大魔法を行使していたので、レティとレズンが遅れて現れた。
「……」
静寂は続く。
空気が冷たい。
眼の前で繰り広げられたアツいバトルとの温度差で皆が風邪を引いてしまいそうだった。
「それで……なんのおつもりですか?」
シリウスが咎めるように冷たく問いかけてくる。
「いや、あの、その……」
「もう勝負はついたんじゃから、コヤツはもうえぇじゃろ」
「そっちではなく、このコントについてです」
「それは見なかったことにしてくれ」
「まぁ、あなたたちが生きていてくれて良かった。私の前に現れてくれたということは……」
「あぁ、お前と戦うぜ! よくもまぁ、こんなアツい闘いを俺の前でやってくれたな!」
「よくもまぁ、こんな寒い茶番を見せつけてアツい台詞が吐けますね」
「やめろ、その言葉は心に効く!」
「それでは、今からやりますか?」
「はっ? 流石に舐めてるだろ。今のお前で俺たちに勝てるとでも思ってんのか?」
「そちらこそ……舐めているのですか?」
「まぁ、お互いベストな形でやろうぜ。悔いが残るのは嫌だろ?」
「良いでしょう」
「時と場所についてはまた連絡するわ。それまでに回復しとけよ? 負けた時の言い訳にされちゃかなわんからな」
「ゆめゆめ唯一の勝機を逃したとお嘆きにならぬように……」
「オーケーオーケー。それじゃ、またな」
そう言って俺たちは移動魔法でシリウスの前から消えたのだった。
結局ロザリカは一命を取り留めた。
流石にあの根性を見せて死ぬとは思えなかったけど、ローザじゃなかったら助けられなかっただろう。
愛と美を司るムーンラビット様に感謝しとけよ。
ちなみに連邦軍は大敗した。
あの後に待っていたのは帝国軍による蹂躙だったそうな。
ロザリカという将を失った連邦軍は統率を失い、敗退。
ついに帝国軍は全土を統一したのだった。
それは千年ぶりのことだったらしい。




