93話「魔法少女フィジカル」
「誰ですって?怪しい男に名乗る名前なんて無いわ!あたしのこと、いかがわしい目で見てついうっかり犯そうったってそうは問屋が卸さないんだからね!」
月明かりを背に、顔の判別がつかない。
因縁の付け方も意味がわからなすぎてガーネは珍しくリアクションがワンテンポ遅れた。
「────…ッおわ…!」
長杖らしき装飾のついた武器を振り下ろされ、慌てて腰の剣を引き抜いて受け止めるも、あまりの力の強さに手がビリビリと痺れるようだった。
月が雲に隠れ、周囲に闇が差した。
「ふぅん?やるじゃない」
目の前の人間が得物を見つけたかのようにぺろりと舌なめずりするのが見えた。
容赦なく振り下ろされる長杖が、あの時と同じように地面に沈む。
いつだったかの均衡教徒のように、あまりダラダラやっているとまたどこかを負傷しかねない。
ガーネは邪魔になった呪力遮断布を外すと剣を構え直した。
「…ん?あらやだ!いい男!」
月を隠した雲が流れて再び月明かりが差した。
向こうもようやくガーネの顔を視認したが、ガーネも初めて相手の相貌を確認した。
どこぞのロリ医者と趣味が合いそうな、フリルたっぷりのワンピースに淡い紫色のセミロングヘアは緩く巻いてツインテールにされていた。
手に持つ長杖は、やはり想定通りきらびやかな装飾がついている。
身長はガーネとほぼ同じくらい。
「野郎じゃねぇか!紛らわしい喋り方と服装しやがって!!」
「んま!失礼しちゃうわね!!あたしは『心』は立派な女の子なんだからねっ許さない!」
目の前の自称女の子が目の色を変えて長杖を振り回してくると、ガーネは身を翻して物理攻撃を避ける。先程ガーネがいた場所の地面は深く抉れ、まともに喰らえば肋骨粉砕どころでは無さそうでますます以前の戦いを想起させる。
均衡教徒にしては独特の『嫌な感じ』がしないものの、目的もわからず攻撃を繰り出されては溜まったものではない。
ガーネは一度剣で長杖を受け薙ぎ払うと、きんと金属のぶつかる高い音が周辺に響いた。
「おい、一応聞いておく。突然仕掛けて来てやがるが『人違い』じゃないって解釈で間違いねーか」
少し距離を取って、ネクタイとシャツのボタンを少し緩めた。
「あたしを男扱い…しただろーが!!」
怒りの原点はガーネが「野郎じゃねぇか」と発したことにすり替わっているようで、まるで話しにならないとガーネは仕方なく相手をすることにした。とは言え怪我のせいでまともに動いていない期間が一ヶ月近くあり、どうにも身体が自分の意識の動きについてこない。左腕も思うように力が入らず、今までのようにまともに剣が触れない挙げ句、相手の力が強すぎて攻撃を受ける度にじんじんと妙な痺れと重さが疲労として蓄積していく。
ついに相手の力に耐えられなかったらしく、何度目かの剣と杖の接触でぱきんと呆気なく剣が折れた。
「なんつー馬鹿力だよ!それで女自称すんじゃねぇ怖いだろうが!」
役に立たない剣を捨て、相手のどう見ても男の体躯であることでこちらも力技で押すことにしたガーネは拳を握り懐に入り込んで至近距離から鳩尾目掛けて殴り込んだ。しかし、堅牢な筋肉に阻まれ思うように拳は入らなかった。
「女の子相手になにすんの、よっ!!」
再度容赦なく振り下ろされた杖を避け、距離を取り直す。向こうも余裕が消えた様子で先程までの『女の声を無理矢理模したような裏声』では無く明らかに男の地声になっている。
ガーネは一瞬の隙を見逃さず、再度懐に入り込むと掌底で相手の顎を力いっぱい突き上げると、呆気なく意識を飛ばして男は倒れた。
「────…ッは、はぁ…な、なんだこいつ…!…っき、…均衡の連中じゃ、ぜってーないだろ…!おかしいもん色々!!」
珍しく息も絶え絶えに肩を上下させながらガーネはその場で座り込んで呼吸を整えた。
たったの一ヶ月で、ここまで身体が動かないとは思わなかった。
左肩も、正直な話し全く『完治』している感じもしない。
これは帰ったらラズリに怒られるぞまた、と溜息を漏らしながら、筋肉の引きつるような痛みを覚える肩を軽く撫で擦った。
ガーネは一先ず、自分を襲ってきた相手の身元を確認しようと腕に手錠を掛けてから身体をまさぐろうと手を伸ばした。しっかり主張するように喉仏もあるが、女性だからといって存在しない訳ではない。
一瞬、『本当に女だったらどうしよう』と、不同意わいせつ罪が脳裏を過った。しかし、相手が本当に均衡教徒であった場合はそんなことを言っている場合ではないと意を決して身体に触れた。
「…あ、なんだよやっぱ野郎じゃねぇか」
手っ取り早く下半身を確認し、同性であることにとりあえず安堵したガーネは躊躇無く懐やポケットを漁る。
胸元に輝くダイヤのブローチに加工された徽章に目が止まり、『認定魔導師』であることが確認出来たが、そのダイヤの気配が自分の指輪やスメイラのネックレスなどと同じ『証』の気配を感じ取るとガーネは思わずほくそ笑んだ。
「こいつか。────…しかし目的がわからねぇからな…頭悪そうだし…」
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「あ、あの…と、統裁官殿。その…女性?だ、男性??は…一体…」
先程の現場にこの自称女の子に手錠を掛けた状態で担ぎ込むと、色々な意味で顔を強張らせた兵士がガーネに問いかけた。
「俺が聞きたい」
ガーネは疲れ切った顔で真顔で言い返すと、容赦なく担いでいた身体を地面に投げ落とした。
「きゃっ!いたぁい!!」
衝撃で目が覚めたらしい人物は周囲をキョロキョロと見回し身体を起こすも、後ろ手に手錠を掛けられていることに気付き目の前の自分を投げたと思わしき人物に目を向けた。
「あら!さっきのいい男!…と、やだ怖い!男の人ばっかり!」
「俺はお前がこえーよ」
色々とドン引きを隠せないガーネが溜息混じりに返すと、視線を合わせるようにしゃがんだ。
「…あそこで何してた。この周辺一体は国家軍事施設であそこの樹海も含め民間人は立ち入り出来ないはずだ。事と次第によっちゃ、この場で処分する」
「んまぁ!いい男の癖に何様!?あたしにそんな事言っちゃっていいワケ!?」
「質問に答えてくんねぇかなァ」
苛立ちを隠すことも無くガーネが顔を引きつらせながら、この相手が所持していた杖で先程ガーネが力いっぱい突いた顎先を小突いた。
「随分とふんだんに魔法石あしらった特注品だな。火、水、風、土、雷の属性か。こんなん所有許されるの、『認定魔導師』くらいなもんだが?……お前、『女王の認定者』だな」
「あら、詳しいのね。そうよあたしはこう見えて第一級魔導師認定、さらにその中でもディアマント女王の特別認定貰ってる魔法少女なんだから!」
「…魔法……………少女…?」
魔法少女、というパワーワードにガーネ筆頭にその場に居合わせた兵士も言葉を無くした。
「待て。色々突っ込みたいことはあるんだが一個聞いていいか」
「なぁに色男。あたしのスリーサイズ?」
「ちげーよ馬鹿が!お前、魔導師の癖になんで魔法の杖でゴリ押しでぶん殴って来てたんだよ!完全フィジカル頼りだったろ!」
「あ、いっけなーい。あたしカッとするとつい腕っぷしに任せちゃって」
「……いや、うん、…で?なんであそこにいたんですか」
すっかり疲労困憊したガーネは、こんなにやりづらい相手は久々かもしれないと思わず頭を抱えた。
「あ、そうそう。あたしビーテン区に行きたいのよ。会いたい人がいて」
「…ビーテン区?ここは王都南南西の国境間際のヴェルトラウリ区だぞ」
「えーっうっそー!やだぁ!」
「大体、ビーテン区は地区全体遺物の浄化で封鎖中だ。誰に会いたいのか知らねーけど今は立ち入り出来ねぇぞ」
「そんなぁ、じゃあ今はそこにいないのかしら、ガーネ様」
「……は?」




