92話「26時間と12分」
王都からまっすぐに南下すると、『南の大樹海』がある。鬱蒼とした樹海地域から少しだけ西にずれた、王都から見て南南西の国境付近の軍用施設。『集落』に見せかけた、かつて律衡家の管理していた『位相観測用の拠点』が存在している。
ガーネがこの場所に到着したのは、翌日の夜。王都からの移動には丸一日を要する場所であった。
「お、お疲れ様です統裁官殿!」
「状況は」
合流した兵士がガーネに敬礼する中、宮廷魔導師数名はガーネに対し怪訝そうな視線を向け一瞥するのみであった。元々、魔導師たちがガーネを毛嫌いしていることはガーネ自身も知ってはいた。向こうにしてみれば、実績も何もない若造が急に女王に気に入られてしゃしゃり出ている『寵愛人事』のように見えるのであろう。事実、ガーネは魔法も霊力もその力を公に使ったことは無いため、端的に言えば舐められているのは把握していた。
しかし、そこは今どうでもいいとばかりにガーネは舌打ちを漏らして魔導師を睨んだ。
「おい、公私混同すんな。状況はと聞いている」
「…異常、無しです」
ガーネは無言で周囲を見回し、国境ギリギリの結界線に近寄る。
────『あの時』と同じ感じがする
妙に音がぼやけるような、ズレまでは行かないまでも体感として覚えのある違和感。
視線を周囲に投げると、異様に静かすぎる景色。
「観測指針一式貸せ、地図とコンパスも」
「はい」
ガーネは預かった指針の針の向きと地図を照らし合わせ、時計の針、星の動き、風向き全てに意識を凝らす。
「…ふん、こんな若造が位相観測と結界監査の真似事か?位相観測は繊細な作業だ、外部の人間に触られては困る」
「そうだ、それに統裁官は異界『対策』であって結界『保守』ではないだろうに、宮廷の結界監査は我々の────…」
「小言がうるせぇ、女王がなんで俺を寄越したのか考えろ。あの人がそういう無駄なことすると思ってんのか、俺の権限で王に対する不敬で処罰してもいいんだぞ。邪魔だから少し黙ってろ」
「……チッ」
口やかましい魔導師を黙らせ、再びガーネは観測に戻る。
ふと、一点で立ち止まると改めてコンパスの針を確認し地図を見比べた。
「おい、異変の報告は現在時刻から26時間前と聞いているが間違いないか」
「…ええ、正確には26時間と12分前ですね」
厭味ったらしく宮廷魔導師の一人が返すと、ガーネはその場所から方角を確認し、地図に目を落とす。
「ここだ」
「え?」
「開いたな、これ」
ガーネは背後の結界壁を振り返り、隈無く歪みを確認していく。
「開いた?そんな記録は…まして我々宮廷魔導師が持ち回りで番に当たっている。外から開けられたとなれば絶対に気付く」
「外じゃねぇよ、内側だ。それに記録に残るわけねーだろ。開けて、ご丁寧に閉じて戻してんだよ」
ガーネが靴の先で指し示した結界杭を見て、魔導師は眉を寄せた。
「なんの異変も見受けられないが」
「テメェの目は節穴か、何年宮廷魔導師やってんだ。良く見ろこの杭だけ張り直しの微妙な癖があるのと…何より、根本の封印土の銀粉、ここだけ僅かに新しいだろ。記録じゃここの杭の打ち直しは2か月前のはずだ」
「…、…た、確かに…」
宮廷魔導師が本格的に黙り込んだ所でギリギリ触れない程度に結界に手を翳し、『開かれた箇所の方角』を確認する。
「定規とペン」
ペンで地図に線を記し、座標の確認をしたガーネは小さく舌打ちが漏れた。
約26時間前、ガーネがいた場所と座標が交差した。
「…なにかわかったのか」
「結界を試したんじゃねーなこれは。おい、封蝋と封筒…あと封蝋筒あれば寄越せ」
ガーネは用意された便箋に要件のみ走り書きし、近くにあったナイフで指の先を軽く切ると溢れた血を封蝋筒に入れて一緒に封筒にしまい、厳重に封をした。
「宮廷魔導師全員でこの密書を至急陛下に届けろ。ことのついでだ、俺の『疑似座標』をこれに移した。持って走れ。これは『魔導師』にしか出来ねーからな」
この場において恐らく大した戦力にならない宮廷魔導師を、魔導師だからこその体の良い理由を作りガーネはこの場から下げさせた。ついでに密書の運搬と目眩ましが何処まで通用するのかの確認も兼ねているので丁度良かった。
────食いつくなら、こっちだ。
「では統裁官殿、我々は増援でも呼びましょうか」
「増やすな。向こうは結界の穴じゃなくてこっちの反応を見てる。増援は反応がデカすぎる」
「しかし…」
「いいか、見張りは『いるように見せろ』。あくまでも『現状異常なし、しかし異常が見つかった可能性があるので警戒をしている』、この体は崩すな」
「は、かしこまりました」
「俺は周辺を見てくる、一箇所気になる場所がある…誰か剣よこせ」
ガーネは兵士の一人から剣を借りると、脇に差してその場から離れる。
「ここで早速使うことになるとはな…横流しさせてみるもんだな。実験には丁度良い」
懐から、ケントから半ば無理矢理強奪した呪力遮断布を取り出して広げる。どの程度の隠匿になるかは未知数ではあるが、無いよりはマシだろうとローブ代わりに頭から被った。
目視出来る比較的近くに例の大樹海があり、足はそちらへと向いた。
近寄るに連れて独特の空気感が足元を掬うように纏わりついてくる感覚に、ガーネは思わず眉を寄せる。
樹海の入口はすぐなのに、足が進まない。
恐怖ではない。拒絶でもない。
通す気が、最初から無いと理解した。
「…なんのつもりだクソ魔女め、わかってて引き籠もってやがんな」
国の防護結界とは異質の、古い術式で侵入を拒む大結界が樹海全体を覆っていた。
ガーネは苛立ち露わに結界を蹴りつけると、不意に背後からその行為を叱責するような声が聞こえた。
「ちょっと!あんた、なぁにしてんのよ!」
「……誰だお前」




