91話「南南西」
「……まだ呼んでおらぬが」
「いやだな、呼ぼうとしてたじゃないですか」
「…精度が良すぎるのも善し悪しじゃな」
「嬉しい癖に何を言ってるんですか。……で、いかがなさいましたか」
呼ぶ前に現れたガーネにディアマントも珍しく真顔で突っ込みのような真似をしてはいるものの、多少緊迫したような空気が察せないほどガーネは無礼ではない。すぐに表情と態度を切り替え頭を下げた。
「……公務じゃ」
「公務?と、申しますと」
「国境付近の防衛結界の一部に、何らかの干渉の痕跡と今しがた宮廷魔導師からの報告があった」
普段の、女王のお戯れのように命じられる『公務』ではない。ガーネだから任じられている、『本命の公務』そのものであった。
空気がひりつく感覚に、ガーネも考えるように口元に手を当て考えた。言わんとしていることと懸念が混ざり合い、なんとなく嫌な予感だけが全身を支配していくようだった。一応その認識の齟齬が無いかを確認するように、改めてディアマントに視線を向けた。
「……干渉、ですか」
「異界の干渉の痕跡じゃ。侵入は許しておらぬ、だが『測られ』て『座標に触れられた』可能性がある」
「探られた、って認識で?」
「相違ない。宮廷魔導師は『異常なし』と報告してきておる、が…妾の懸念、お前なら理解するな」
「はい。場所は」
「南の国境付近じゃ」
南の国境、と聞いてぴくりと眉が動いた。できれば今はまだ触りたくなかった案件にも抵触しそうな予感に、ディアマントも察した様子で腕を組んだ。
「お前の思っている場所から、少し外れた場所に軍用設備があるじゃろう。その西側…南と言っても、真南では無く南南西側の仮設集落のある近辺よ」
「…そこ、確か『位相観測用の拠点』では?」
「ほう、お前には説明不要か。存外勉強熱心で何よりじゃ。さすが律衡の生まれと言っておこう」
「だってそこ、『ウチ』の管理施設ですよ元は。…あ、あー…なるほど、そういうことですねわかりました」
「妾の懸念もそういうことじゃ。故に、お前に行ってもらいたい」
「承知いたしました。準備を整えてすぐに」
ガーネは自分でそこまで話してなんとなく話しの内容に合点がいった様子で頷くと、敬礼をして執務室を出た。
「ガーネ」
「ヘルソニア様」
追いかけるようにヘルソニアがガーネを呼び隣に並ぶと、同じ歩調で特務室へと向かった。
「国の施設だからな、途中で乗り換えはあるが専用路線がある。其方に伝えよう」
「お願いします」
特務室内で地図を広げ、ルートの確認をする。
地図上の路線図を指でなぞりながら、ふとヘルソニアへ目を向ける。
「現場には?」
「派遣された宮廷魔導師と衛兵が数名、あとは駐在の魔導師」
ガーネは地図を閉じると、ホルスターに予備弾倉を押し込み支度を始めた。
珍しくヘルソニアも深く溜息を漏らしているのを横目で見て、思わず肩を竦める。
「ちなみにですが、どこまで手出ししますか」
「とりあえずは見てくれば良い。また其方に怪我でもされたら陛下も機嫌を損ねかねない」
「不測の事態は俺の判断でよろしいですか」
「構わない」
そんな会話をしている中で、食事を終えたらしい一行がわいわいと戻ってきたが、室内の物々しい雰囲気に空気が一変した。
「おや、おかえり。女王の小遣いでの焼き肉は堪能出来たかな」
ヘルソニアが気を配ったらしく、冗談のつもりとんでもないことを口走る。しかし一同はまさか散々飲み食いした軍資金が女王からのものだったとは思わずに硬直してしまった。
「ヘルソニア様、今日の飯代は俺のポケットマネーですよ。財布の証書は俺の個人名義のです」
「はは、そうか」
「丁度良い、お前ら。俺は出かける、留守番頼んだ」
「え?ど、どこ行くの?」
「秘匿案件公務」
ガーネはホルスターを隠すようにいつものように官服を羽織ると、スメイラに預けた財布を受け取りポケットにねじ込んだ。
普段とは明らかに異なる雰囲気に、一同は何も言えずにいた。
「…連絡手段が無いと困りますわ。せめてわたくしだけでも同伴を」
「命令だ、全員待機。それに何かあれば陛下もヘルソニア様もわかるだろ。…あれ?わかりますよね?」
「まあ、其方に何かあるとは思わんがな」
随分と信頼されているな、とガーネは乾いた笑みを浮かべて向き直る。
「…あんま過信しないでもらえますかね?俺は普通に人間なんで、こないだだってどこぞの女王様の怠慢で肋骨折ってるんですよ」
「ほう、お前、アレを妾のせいと申すか」
「…なんで貴女まで『こんな所』に来てるんですか」
突然現れた女王の姿に、ヘルソニアたちは慌てて膝をついて敬礼をした。その姿を一瞥してからディアマントはガーネに歩み寄り、腕を組んで彼の顔を見上げた。
「お前に言い忘れたことがあってな。良いか、失敗は許すが────見誤ることは許さぬ」
「わかってますよ。…最悪の場合、『突っ込む』んで何かあればお願いします」
「お前が『突っ込む』と国土が消失しかねん」
「まあ、最悪の場合の話しですよ。土地柄上手いこと行くかもですし。やったことないんでわかんないですけど。…ということで、行ってまいります」
その足で、深夜発の汽車に乗り込み南下し、途中ヘルソニアの指示のあった駅で軍用線に乗り換え目的地を目指した。




