94話「監視継続」
「ガーネ様でした、らっ」
ガーネは目の前の自分がその人本人であると口を滑らそうとした兵士の向こう脛を持っていた杖で容赦無く殴りつけた。そのまま立ち上がり、痛みで目に涙を浮かべる兵士に「目的も素性もわかんねーのに下手なこと吐かす馬鹿がどこにいる」と小さく耳打ちした。
他の兵士も互いに小さく目配せして頷き合い、ガーネは改めて自称魔法少女の目の前でしゃがんで視線を合わせた。
「その『ガーネ様』に会って、何するつもりだ。暗殺か」
「えー、まっさかぁ。ビーテン区で呪いの遺物が出土して大変、って聞いたから。超いい男って聞いたから、あたしの地位と権力でお近付きになりたくってぇ。その遺物の封印とかあたしが担ったら…ね?」
「……そのビーテン区遺物出土の話し、一ヶ月以上経過してんだよ。情報が旬じゃねぇな。大体、ビーテン区とここヴェルトラウリ区じゃ場所が違い過ぎる」
ピンポイントに自分を狙いに来た均衡教徒では無いにしても、依頼を受けた暗殺者の類かと警戒心露わにガーネは目の前の相手を睨みつける。
自分たちと同じ『女王の認定者の証』を持っているとは言え、たまたまスメイラたちが自分に殺意の類を抱く理由が無かっただけでこいつはわからない。ガーネは左肩に手を突っ込み銃に手を掛けるも、件の自称魔法少女はあろうことかきょとんとした顔で首を傾げた。
「うーん…正直、迷子になっちゃったのよね。でもほら、南の大樹海を背中に国境に向かって歩いて、『左』に行けば『王都から西側』の地区には行けるでしょ?」
「行けねーよ方向音痴かお前!王都から見て真南の樹海を背中にして左に行ったら王都の東側地区に行くだろうが!」
「………え?あれ?」
嘘をついている時の独特の視線の揺らぎも間も無い。余程息をするように嘘をつけるような嘘に罪悪感を持たない人間でなければ、言っていることは全て『本気』だろうと察したガーネは、深く溜息をついてがしがしと髪を掻き乱した。
「……最後に一個確認だ。そのガーネ様にお近付きになって、…どうするつもりだ」
もはや聞きたくは無いが、ここまで来たら一応聞くしか無いとガーネは力なく問いかけた。
「どうって…既成事実作るのよ」
「…き、…既成事実?」
「そ、既成事実。だってものすごーくいい男なんでしょ?あんた会ったことある?背が高くて、顔は超イケメンで、地位も名誉もある!こんなハイスペ男、ぜーったいモノにしたいじゃない!」
「怖い」
ガーネは自身の貞操の危機に純粋に怯えて一歩後ずさった。
思わず兵士に救いを求めるような視線を向けるも、全員から見事に顔を背けられた。
「お前ら覚えとけよ」
「そんなことよりっ手錠外しなさいよ!なにかあたしが悪いことしたみたいじゃない!ぶっ壊すわよ!」
「ハッ、丁度良い。やれるもんならやってみな」
ガーネの煽るような物言いと何が『丁度良い』のかわからず、魔法少女は両腕に力を入れて鎖を引きちぎろうとした。
「フンッ!おらぁああ!!!」
周辺に野太い声が響くも、手錠は壊れる気配が無い。
「ふむ、拘束術式も出力安定。さすが『魔女の地』、問題なしか」
「……あたし、こんな術式知らない。あんた何者…?『魔女の地』に踏み込もうとした不届き者…!」
「秘密。おい、見張っとけ。余計なことは言うなよ」
ガーネはこの自称魔法少女が自分をある意味狙ってはいるものの明確な殺意の類の害を持っていないことを確認すると、いつものように急に興味が失せた様子で立ち上がり、先程の結界の観測地点に戻り改めて測定を始めた。
周囲はすっかり夜が明けて日が差し始めている。魔導師を出立させてからの時間から逆算し、想定される現在地を算出し観測座標と照らし合わせる。
「……追ってやがるな」
「…いかがなさいますか、魔導師を呼んで塞ぎ直しますか?」
「触るな、このままにしろ」
「しかし…」
「塞いだら次はこっちからも見えなくなる。泳がせろ」
立ち上がったガーネは手にした観測用具一式を兵士に手渡し、結界を振り返った。
「心配すんな、連中の狙いは『観測』だ、観測対象も『陛下ではない』。それが確認出来たところでまずは十分だ。お前らは引き続き周辺の警備────『こういうの』、立ち入らせんな」
こういうの、と言いながらガーネは顎で先程捕らえた魔法少女を差す。兵士に多くは語らず、ガーネがここで観測をした痕跡を均すように草や土を靴裏で軽く撫でるとその場を離れた。
「いいか、『連中』に気取られるな。陛下には『使い物になる魔導師』を要請している、あとはそいつらにここを監視させろ。次に触りに来た時に…ここで捕らえろ。どうせ来たとしても下っ端かせいぜい序列下位くらいだろ」
「かしこまりました」
「代わりの魔導師が来たら、俺はこいつ連行して王都に戻る」
「んま、連行って言い方イヤ。デートって言いなさいよ、あんたも超かっこいいから特別に許してあ・げ・る」
「王都に着く前に息の根止めたろか貴様」
【14−6】
同日昼過ぎ、女王より再派遣された宮廷魔導師数名が現地で合流した。
「随分早い到着だな」
「高度な魔導師にしか扱えない転移魔法があるからな、お前ら若造とは違う…して、我々は何をすればいい?」
前日追い返した魔導師連中とは違い、『分別』はしっかりある様子でガーネは安堵した。女王の采配も、さすがとしか言えない。
「端的に…まずはここの『観測』に使われた拠点。触るな動かすな塞ぐな」
「………ふむ、泳がせるおつもりか?」
「ご明察。観測対象は『王都』及び『女王陛下』ではないことは確認出来ている。故に目的を炙るため敢えてこの場はこのままにしたい。次にここを弄りに来た奴を捕縛しろ、俺が王都に戻ったら宮廷巫術官も何人か手配する。…先日の研究院での件、耳に入っているな?」
「勿論です」
「…ちなみに、陛下は何か言ってたか」
「ええ、『お前は悪知恵ばかりよく働くな』と仰せでしたよ」
「そうか」
ディアマントのその言葉は、つまるところ『お前の判断は間違えていない』と解釈できる。
「昨日の連中とはちげーな、さすが話しが早くて助かる。…連中も、序列の高い奴がわざわざこんな『雑用』しに来るとは思わない。来たら拘束して……巫術官に『保管』させろ。最悪、持ち合わせてる呪符の方は消されても致し方ない。回収したあとの尋問は俺がする、速やかに王都に送れ」
「承知した」
*****
王都に戻る汽車の中。念の為、車両の前後には兵を配置して一車両を封鎖し、個室に押し込めた自称魔法少女と監視役のガーネ。
「ね、二人っきり…だね」
「そうだな、俺に何かしてみろよ。大声出してお巡りさん呼ぶからな」
「それあたしのセリフなんだけど!…ねえ、あんたほんと見れば見るほど顔はかっこいいわね。口は随分と悪いけど……噂のガーネ様とどっちがイケメンかしら」
「さーな。どうだろうな」
「あんた名前は?」
「人に名前を聞く前にまずテメェが名乗るのが礼儀だろうが」
ガーネはもはや相手にするのも面倒そうに肩を擦りながら正面に座ったオネェと称して遜色のない男を睨みつけた。
「まぁ、それもそうね。あたしはアメジ・トレランツ・ライア。ピッチピチの23歳独身彼氏募集中の魔法少女!エイミーって呼んでね。趣味はお菓子作りで特技は瓦割り!第一級認定魔導師で女王特別認定証持ちの超〜〜〜〜〜〜優秀な魔女っ子よ」
日頃キレキレの突っ込みが炸裂するガーネだったが、言葉も出なかった。むしろ突っ込んでは負ける気さえしていた。
「なによ!何か言いなさいよ!」
「…いや、色々ツッコミどころがありすぎて俺の理解の範疇を軽く超えてきた。怖い」
まず『エイミー』はどこから出てきたのか、23歳は果たして『少女』と自称して許されるのか、性自認が女なのは否定はしないが、それにしても色々とおかしい。しかし、第一級認定をその歳で取得してあまつさえ『女王認定』の徽章を所持していることから、魔法に関しては相当な実力があることは想像に固くない。
「あんたは?兵士がぺこぺこしてたし、何より態度がものすごく偉そう俺様!ってことは、あんたもそれなりの地位はあるんでしょ?でも若そうね、いくつ?」
「19」
「やぁだまだお子様じゃない!」
「……」
ガーネはついに無視を決め込んだ。あからあさまに面倒そうに窓の外に視線を投げ、日が沈んでいく景色を睨んだ。順当に行けば、翌日の昼過ぎには王都に戻れるだろう。
「ていうか!名前くらい言いなさいよ!女の子の名前聞いといて!」
「やだよお前に名前言うと妊娠しそうじゃん、俺が」
「しねーよ!」
盛大に野太い声で突っ込みが入り、すぐに「あらやだ、うふふ」と女性を模した声でくねくねと身を捩ったアメジを一瞥し、ガーネは思わず鼻で笑った。
「お前、魔導師の癖に簡単に真名明かしていいのか。俺が崇高な呪術師の類だったらこの瞬間にも呪い殺してんぞ」
「馬鹿にしないで。そのくらい探知出来るわ。だってあんたからは『魔力も霊力もほとんど感じない』し、そんな芸当できそうだったらあたしだって警戒してるわ」
「ふーん」
────呪力遮断布は、意外と使えそうだな
ガーネは改めて足を組み直し、アメジに再度視線を向けた。いい加減喧しいのでそろそろ黙って欲しいと含ませ口を開いた。
「とりあえず寝たらどうだ、乗り換えの駅で起こしてやる」
「あら優しい。そうね、寝不足はお肌の大敵だし…お言葉に甘えようかな!昨日は徹夜しちゃったし」
少しして、無防備にも寝息を立て始めたアメジを見てガーネは深く溜息を漏らした。
ガーネ自身も、前々日の移動から含めてほぼ二徹状態である。久しぶりの単独行動と状況も状況であるため、周囲を警戒しすぎて移動中も軽く目を瞑ることはあっても眠ることは無く過ごしていた。当然のように、相当に眠気は募っている。
挙げ句、前夜のアメジとの戦闘でかなり体力を消耗しており、今すぐにでも眠りたいところではあったが、呪力遮断布が上手く自分を隠しているとはいえ所詮はただの目眩ましにしかならない。連れている兵士も一般兵が4名と、戦力としては心許ない。
ガーネは腕を組みつつも右手はしっかり懐に差し入れ銃を握りながら、夜に空が溶けていく景色をぼんやりと眺めて過ごした。
数時間後、昼を少し過ぎた時分。
汽車は無事に王都に到着し、ようやく窮屈な車内から解放されたガーネはゆっくりと身体を伸ばすも左肩に筋肉の攣れるような痛みが走る。
「あーあ、めんどくせぇな…」
左肩を擦り、ロリ医者ラズリの小言を想像してげんなりと溜息を漏らしながら手錠に繋げた鎖を引いた。
「ちょっと!やだぁもう!手錠外してよ!ほんとに連行されてるみたいじゃなーい!」
「ほんとに連行してんだよ、騒ぐな恥ずかしい」
「恥ずかしいって何!?」
「暴れんなコラ!!」




