89話「所有証明」
念を入れるように対呪防御衣を纏った衛兵数人に、呪いの反動で何かしらかの負傷をした男を城の地下牢へと運ばせた。
「そこのお前、念の為宮廷巫術官何人か手配しろ。平気だとは思うけど、この一帯呪いの残滓残ってないか確認させろ」
「かしこまりました」
ガーネの指示に衛兵は敬礼して城の方へ走っていく、その背中を見てラズリは呆れ顔で隣のガーネを見上げながらヘッドドレスに装飾を戻して頭頂部に付け直した。
「アンタ心配症?大丈夫だと思うけど。アタシも『見てる』わけだし」
「俺もそのくらいは『見えてる』し平気だとは思うけど、術式組んでなんか企もうとしてた連中だ。後手に回りたくない」
「…まあ、ね。正直、あの程度の術式だったから事前準備も無くすぐに返せたけど、あの類の術式の組み方は初めて見た」
「カルセも言ってたな、なんか癖があるとか」
「………で?アンタは人に仕事押し付けて何すんのよ、そんな警察官のコスプレまでしちゃって」
「コスプレっつーか本職なんだけど」
ガーネはコスプレ扱いされることになんとなく不服そうにしながら警帽を脱ぐと雑に髪を掻き上げてネクタイを緩めた。
「……呼ばれる」
「は?どこに」
不意に何かに反応したガーネが顔を上げると、ラズリは一瞬ぎょっとする。
「あ、正確にはまだ呼ばれてねーわ。ま、城に戻ったくらいで『三秒で来い』とか言うんじゃねーの。しょうがねーよな、うちの可愛い可愛い女王様」
「キモ」
「つーわけであと頼む」
どういうわけだよ、という突っ込みをすることもなく、ラズリは嫌なものを見たような顔でガーネの背中を見送った。
それを見てカルセが心配そうに近寄り首を傾げた。
「ラズリさん?どうなさいました?」
「…カルセ、気付いてる?あのバカの魂」
「…ああ、ええ。『固定』…されましたわね。それ以上のことはわかりませんが。ですが良いのでは無いのですか?苦しそうでいらっしゃいましたし、解消されたのでは?」
状況がわかっていないのか、わかった上で『それもまた導き』と聖職者のような考えでいての発言なのかはラズリにはわからなかったし、カルセの言う通り境界が曖昧でズレた状態でいるほうが医者としても懸念すべき点は多方面に渡って存在していた事を考ええれば、『これで良かった』のかもしれない。
「……アタシには、どうでも良いわ」
*****
「よく妾がお前を呼ぶとわかったな」
数十分後、ガーネは警察官の制服姿のまま女王の執務室を訪れていた。
「わかりますよ、そりゃ」
その返答に、ディアマントは楽しそうに目を細めガーネを見つめた。ガーネは『視線の指示に従って』ディアマントの正面に歩み寄り、彼女の口元が満足そうに孤を描いたことを確認して形式上頭を下げた。
「一応、ご報告です」
「聞こう」
「王立大図書館附属呪具物研究院第四調査統括官、ケント・エイメン・グリウの内部通報により、同第四調査室の立ち入り調査を実施しました。結果、均衡教徒の下っ端かと思いますが、一名捕縛成功。例の呪符は既に発動済みで保管保持不可能だったためラズリにその呪いを返させましたが、返却先がどうにも何重にも中継地点を挟んでいるようで追跡不可。この後、捕らえた男の尋問予定です。盗まれた呪具の行方も確認中です」
「なるほど。良くやったご苦労」
「呪符に関しては下っ端捕らえた程度じゃ結果は変わらないと踏んでます。連中も馬鹿ではないので、こういう反撃されることも想定内でしょうし…まあ、俺としても中継箇所いくつも経由して撹乱させるだろうことは想定の範囲内でしたし」
「まあ、お前に全権一任しておる。好きにせよ」
「じゃあ仮にですけど、尋問行き過ぎて死んでも問題ないですね?用事済んだら生かしておく理由も無いんで」
その言葉に、ディアマントはにんまりと悪どい笑みを浮かべた。ガーネの顔を楽しそうに笑って見つめると、自分と同じような目をした男と視線が絡み大層満足そうに顔を綻ばせた。
その様子を隣で静かに見守っていたヘルソニアが、今更ながら珍しそうにガーネの姿を見て口を開いた。
「それにしても其方、こうして見ると『コスプレ』だな」
「……それ、色んな所で言われますけど俺数ヶ月前まで普通に制服は『コレ』なんですけど?ていうか見たことあるでしょうよ」
「ふむ、そう言われてみれば…だが妾に最初に謁見に来た時は同じ制服でも礼装だったからな。印象は違うな」
改めて物珍しいものでも見るような目で警察官の出で立ちを見られ、ガーネはいよいよ自分のアイデンティティの行方を見失う感覚に陥った。
「…それはどうでも良くて、ディアマント様。一つ欲しいものがあるんですがオネダリしても良いですか」
「なんじゃ、申してみよ」
「ラズリ、思ったより使えるんで正式に俺の部下に置きたいです」
「ぷ、ふふ…何を欲しがるかと思えばあの小娘か…お前、あの娘には大層嫌われておるだろう?」
ディアマントにしてみれば意外そのものだった所望品に、思わず小さく吹き出して笑いながら問い返した。
しかし、ガーネ自身は嫌われているなど些細な問題にもならないようで真顔で返した。
「それはお互い様ですよね、アイツ貴女のことも嫌いじゃないですか。ま、俺にはどうでもいいんですよそんなくだらないこと。アイツ、人の好き嫌いと仕事は分別持てるんで『使えます』よ。それに俺のがあの女より立場は上です」
「いいだろう、面白そうじゃ。…ただし、酷使しすぎて壊すなよ?一応、アレも妾の持ち物じゃ」
「勝手に壊れるような安物、持ってないでしょう」
呪具が持ち去られ一部が均衡教徒に流れている可能性など、どうでもいい。
均衡教徒が『尋問に耐えられずうっかり死んでも』問題ない。
しかと、ガーネが『自分側』に固定されて問題なく稼働している実情を確認できた。
ディアマントにとっては、それが一番の成果であった。




