87話「警察官」
「グリウ室長、それと担当者。出納原本、補助台帳、保管庫搬入記録、保管責任者のシフト…全て『原本』をここに。担当者以外は触るな、移動は俺の目の前でやれ」
「はい、ただいま…おい、君。担当だね、すぐに用意しなさい」
ケントは自分の補佐責任者である職員に指示をすると、補佐官は慌てて隣の部屋に帳簿の原本を取りに行った。
「それと…スメイラさんでしたっけ、恐縮ですが過去に在籍されていたとのことですので、こちらの出納記録の整合をご確認いただけますか」
「へ、あ…はい、かしこまりました」
ガーネの『警察官』としての動きにスメイラは動揺しつつも、何をして欲しいかと自分が『どういう立ち位置で同行させられた一般人なのか』を瞬時に理解し頷いた。ガーネに差し出された手袋を嵌め、提出された帳簿の突合をしていく。
「お、お巡りさん。これ、ずれてます。この日の在庫と前日の搬出が合いません」
「他にもあるか、見ていただけますか。…サイフィル」
「は、はい!」
「仕事だ。視ろ」
「はぇ…?」
ガーネも両手に白手袋を嵌めてわざと職員に背中を向け、帳簿をスメイラと共に捲り始めた。
サイフィルは一体『何を視ろ』と言われたのかわからず、申し訳程度に徘徊するように室内を歩き回った。
妙におどおどした様子に、ケントの補佐として隣に立っていた職員が「あの方は…?」と怪訝そうに声を掛けると、ガーネは小さく笑って形だけ目を通していた帳簿をぱたんと閉じた。
「アレですか、現場補助官ですよ。俺の目なんで────捜査の邪魔はしないよう、お願いしますね」
無駄にウロウロと徘徊していたサイフィルの足が一瞬ピタリと止まった。そのまま周辺をぐるりと見回し、それからまた同じように室内を徘徊して回った。
────ガーネの視てほしかったものが、わかった。
「ガ────……主任」
恐らく、名前は呼ばない方が良いだろうと判断してサイフィルは適当に思いついた役職でガーネを呼んだ。
ガーネは一瞬だけサイフィルを横目で捉え、掌を上に返して人差し指を二度ほど動かし『来い』と示した。
「泳がせろ」
呼ばれて、サイフィルの視線だけで状況を把握したらしいガーネはそれだけを端的に小声で指示すると、帳簿の束をどさっと机に置きそのまま室内を歩き出した。
「グリウ室長、これは?」
「あ、ああ…これは呪具の測定記録です」
ガーネはわざとらしく手当たり次第に「あれはなんだ」「これはなんだ」と物を引っ張り出して現場を荒らしていく。それを遠巻きに見ながらスメイラは呆れたように方を竦めた。
「…雑な『捜査』」
形式上ということはスメイラもわかってはいる。しかし、こうしてみるとやり方はどうであれ彼が『警察官』だと実感する。若さ故の勢いと傲慢さや傍若無人さだけで動いている訳ではない。育ちの良さと知性と、何よりも圧倒的なカリスマ力。カルセが、『女王と同じ支配者の側』と称したのがよくわかる。
スメイラはそのまま『必要そうなもの』を押収品として分類しながら再度ガーネに視線を向けると、視線に気付いたガーネは手にした呪具をケントに手渡してからスメイラの元に戻った。
「突合結果は」
「これです」
「…位相固定用の測定針に…封蝋筒?これはなにに使う」
「端的に言えば、サンプル保管用ですね」
「なるほど、あとは銀粉…魔法陣描画の補助材か。それと…研究用拘束具?最後は…『呪力遮断布』か……どれも『無くなったからと言って大事になるものではない』な」
「え、ええ。まあ…そうですね」
「よし、じゃあ今日のところは引き上げます。ただ…全て『女王陛下の所有物』であることをお忘れなく。今後は『帳簿の管理はしっかりと』お願いしますよ」
「は、はい。承知いたしました…」
「ああ、捜査で室内を随分荒らしてしまいましたね。ウチの現場補佐官、片付けで置いていくんで使って下さい。…サイフィル」
「はい主任────……呪具特有の呪いの残滓がめちゃくちゃ纏わりついてるのと、均衡教徒の持ってる呪符」
「よくやった、あとは任せる。十分に泳がせろ」
ガーネに呼ばれたサイフィルは、目標の人物に一瞬だけ視線を投げるとすぐに会釈をして『片付け』に戻った。
「室長。我々はこれで失礼しますが、形式上一旦こちらはお預かりしますね」
「はい、かしこまりました」
ガーネは最後警察官らしくにこやかに敬礼をして立ち去る。しかし踵を返した瞬間に一気に表情が冷えた。
背筋を伸ばしていた姿勢を崩して軽く肩を回し、顔を隠す目的で被っていた警帽を指先で押し上げた。
「馬っ鹿らし」
「よく言うよ、しっかり『お巡りさん』だったくせに」
「コレが一番建前には十分だろ。それに…統裁官として出るより、泳がせやすい」
「目星ついたの?」
「おう、バッチリ。見張りにサイフィル置いてきた。ま、序列も無いような下っ端だろうがな」
先ほど現れた警察官が、まさか自分たち均衡教徒にとって最重要の標的────統裁官その人であるなど、思い至るはずもない。
ただ一つ想定外だったのは、施設内での物品管理の不整合が表に出て、わざわざ警察が動く事態にまで発展したことだ。
これまで大仰に持ち出していたわけではない。記録の隙間を縫うような、小さな移動を重ねていただけに過ぎない。
だが、こうして嗅ぎつけられた以上、そろそろ潮時だろう。
────ならば最後に、必要な分だけ確保しておけばいい。
それだけ済ませて、あとは何事もなかった顔で退けばいいのだ。
そう考え、彼は『最後の一つ』を拝借する算段を立てていた。




