86話「制服と建前と公務と」
「おはようございますガーネ様、朝食はいかがなさいますか?」
「……あんま食いたくない」
「いけませんよ、しっかり召し上がらないと。…夜ふかしなんてなさるからです」
翌朝、ガーネを起こしに来た侍女エナは枕元に乱雑に積まれた資料や本の山を見て肩を竦めた。
「…エナ、その本だけ後で図書室戻しといて。朝飯は簡単にサンドイッチとかでいい…向こうで食う」
「かしこまりました。お召し替えはいかがなさいますか?」
「自分で出来る、飯の用意だけしといて」
ガーネは欠伸混じりに寝不足で回らない頭を抱えながらゆっくりとベッドから身体を起こし、深い息を漏らした。
「……いや、エナ。一個仕事頼んでいいか」
「はい、なんなりとお申し付け下さい」
*****
「はい、ガーネくん。まずは『呪具異常出納照合報告書』。管理簿と在庫数の突合結果、報告通り『差異あり』。それを踏まえて外部に漏れたかどうか洗いました、それがこの『外部流通確認結果報告書』でまとめてるけど、裏市場・一般経路含め転売の可能性は照合上かなり低い…ここまでのご報告で不明点は?」
「ねーよ、上出来。やれば出来んじゃん」
ガーネはスメイラからの報告を聞き資料を眺めながら、エナが用意したたまごサンドを齧っていた。
サイフィルはきょとんとした顔でガーネとスメイラを見つめ、首を傾げて口を挟んだ。
「あの、聞いても良い?ガーネ」
「なんだ」
「…つまり、どゆこと?」
「研究所で保管されてるはずのものってのは、基本的に『王立』施設だからアレは全部『女王のモノ』なんだよ。だから普通は一個でも無くなりゃ大問題、管理責任に問われる。…まあ、あの人がそんなしょうもないモンの一個や二個なくなったからってどうこう言いはしねーけど、扱い的にはそういうもんなんだよ。ましてその『女王のモノ』が紛失、それも盗まれて裏市場で流通とかされてみろ。ここから先は言わんでもわかるだろ、そういうことだ。つまるところ、俺もスメイラも『まずその線を潰して理由を作った』だけのことだ」
「そ。それから、きっとこれも君のご所望のものだと思うけど…『呪具流出経路蓋然性分析書』。裏市場、一般市場含め流通の痕跡が一切ないことから犯人がまだ所持している、もしくは『関連組織に流通している可能性』が非常に高いと推定されます。って書いたけど、どう?」
「満点。便利な言い回しだな、さすが」
「君の欲しがった建前、足りる?」
「おー、十分十分」
ガーネが食べ終わったサンドイッチのパン屑を手で雑に払いながら立ち上がると、部屋のドアがノックされエナが顔を出した。
「ガーネ様、お言いつけのものがご用意出来ました」
「サンキュ、部屋置いといて。…じゃあ、スメイラとサイフィルは俺に同行。先に研究所の方行ってろ。カルセは今日は留守番、何かあったらこっちに人寄越すから待機」
「かしこまりました」
「え、ガーネは?」
「せっかくだし『遊んで』やらねーと。準備してすぐ行くから待ってろ」
そう言って笑いながら部屋を出たガーネは、かつての女王がガーネで遊んだ時と同じ笑い方をしていた。ガーネ自身には、その自覚は全く無かった。
「ていうかさ、めちゃくちゃ今更だけど、スメイラさん…バツイチ…?」
「あれ?話したことなかったっけ」
王立大図書館の正面入り口前の広場の東屋でガーネを待つスメイラとサイフィルは、入口の人の出入りをなんとなく見つめていた。
「…ガーネが、『スメイラ結婚してんだろ』って…指輪してたし」
「ああ…ガーネくん、元々私がバツイチなの知ってるはずだけど……からかわれたんじゃない?指輪は、ね…うーん、未練があるとかそういうのじゃなくて、面倒くさいから外さないの」
「前にも言ったけど、そういう人の想いの籠もった特に石って意味も加護もあるものだから、外さなくていいと思うよ。でもそっか〜バツイチか〜てことは僕にもチャンスあるってこと!?」
「無いよ」
「無いな」
「ガーネ!?…ガーネ?」
スメイラの『無い』に被せるように背後から聞こえたガーネの声に慌てて振り返ったサイフィルは、ガーネの姿に思わず目を丸くした。
「おし、行くぞ。ついて来い。余計な話しは一切すんなよ」
ガーネは事前に入手していた入館証石を手に、目当ての呪具物研究院第四調査室へ向かった。
「失礼。こちらの責任者の方はいらっしゃいますか」
「え、け、警察の方が一体何のご用で…?」
「異常出納に関する内部通報があり確認に来ました。確認のための立ち入りです」
ガーネは『警察官の制服』の胸ポケットから警察手帳を取り出して職員に見せ、礼状の入った封筒もちらつかせた。
「…お、お待ち下さい。室長を呼んで参ります」
パタパタと奥に走る職員と、『警察』の登場にざわつく周辺。
サイフィルはガーネにそっと声をかけた。
「な、なんで警察官の格好なの?本物?」
「バーカ、全部本物だよ。まずそもそも俺が警察官なんだ、なんの嘘もない。いいから黙ってろややこしくなる」
「お待たせいたし、まし…た…?」
職員に呼ばれて現れたケントは、ガーネの出で立ちを見て困惑気味に背後のスメイラに視線を投げる。その視線を受けたスメイラは元とは言え夫婦らしくアイコンタクトを送り、ケントもなんとなく了承した様子でガーネに向き直った。
「呪具物研究院第四調査室の統括責任者をしております、ケント・エイメン・グリウと申します。異常出納に関する内部通報があったと職員から伺いましたが、失礼ですが捜査礼状は…一応、機密情報や呪物に関連するものもいくつかございますので…」
ガーネはケントの返しに、さすがスメイラの旦那だけあって察しと頭は良いなと感心した様子で礼状を差し出してから顔を隠すように警帽を少し深く被り直した。
「た…確かに、拝見しました。ご案内します」
こうして、第四調査室の立ち入り調査が始まった。




